ザ・マミ

第四章 疑惑、暗躍、探査、そして祭りの準備(2)


 コツコツコツコツ 磨り減った革靴の先端が苛立たしげなリズムを奏でる。

 川上刑事は腕時計に目をやり、次に駐車場入り口を見る。 そして自問する、何度これを繰り返したと。

 傍目には、女と待ち合わせている男にしか見えない。 背にしているのがパトカーでなければ。

 ブルッ 大きく震え、コートを引き寄せて男は待ち続ける。

 十何度目かの確認で、駐車場の入り口に黒ずくめの女性を認めて顔を綻ばせかけ、慌てて顔を引き締める川上刑事。

 エミ屈託の無い笑顔を見せ、片手を挙げて挨拶する。

 「30分の遅刻だ」 ぶつくさ文句を言う川上刑事に、エミは大胆に腕を絡める。

 川上刑事は大きなため息をつき、エミをエスコートしてマジステール大学の構内に向かう。


 「こちらの女刑事さんは初めてどすなぁ。 この間の婦警さんもそうやったけど、旦那はんところは別嬪さんが多いでんな」

 留学生のフェン・シータが、解析室のドアを開け、照明をつけた。

 明かりの中に浮かび上がった『石棺』は、ずっと昔から其処にあったかのようだ。

 エミ達は、無言で『石棺』に歩み寄る。 蓋は外されて、隣の台の上に置かれており、中には何も入っていない。

 「ミイラは?」 川上刑事が聞いた。

 「保管用のカプセルに入れてあります」 フェン・シータが壁際の白いカプセルを指差し、それから首を傾げる。「なんか、へんどす……」

 「……うん……この間と何か違うな」 『石棺』ほ覗き込んで頷く川上刑事。

 「そう?私には判らないけど……何千年も前のものにしては、なかはずいぶん綺麗なのね」 エミが呟いた。

 「それや」 フェンがぽんと手を叩く。 「中がえろう片付いてるんや」

 「そうだ。 前に見たときは埃か何かで、中が真っ白だったんだ」 川上刑事が納得した様に言った。

 エミは二人を見て、再び『石棺』の中に視線を戻す。 『石棺』の底には石や砂が積もっているが、壁面は拭ったかのように綺麗になっ

ている。

 「掃除でもしたの?」

 「まさか」 フェン・シータが首を横に振る。 「『石棺』の中のものは埃だって貴重な資料でっせ」

 「ふーん?」 エミは首をかしげ、白手袋をはめた指先で『石棺』の内側を微かに触る。 しかし、何も感じない。

 川上刑事はエミの背中を黙って見ていた。


 三人はそれから『石棺』とミイラを調べたが、特に新しい発見はなかった。

 特に、川上刑事とエミは複雑な思いでミイラを調べた。 ザ・マミの中身が鷹火車でなかったという事は、ここにいるミイラがその変わり

果てた姿かもしれないのだ。 しかし……

 (どうみても、年代物のミイラね……)

 カプセルに覆いかぶさってミイラを調べていたエミは、体を起こして肩を叩きながら呟いた。

 「このミイラは事情を知っていたんでしょうけど、いったい誰なのかしら」 

 「ああ、それは判っておます」 フェンがのんびりと言った。

 『はぁ!?』 エミと川上刑事が振り向いた。

 「『石棺』に刻まれていた文様は、この地方だけで使われていた文字どしてな、棺の中身についても書いてありまして……」

 「おい!なんだってそれを言わないんだ」 つかみ掛からんばかりの勢いで、川上刑事が聞いた。

 「いや……そないゆうたかて、警察が探しておるんは助教授と助手と学生を襲った犯人でっしゃろ? 『石棺』の中の人が判ったかて…
…」

 常識的にはフェンの言うとおりだったが、川上刑事はおさまらない。

 「何が手がかりになるか判らないんだ! いいから教えてくれ」

 フェンは首をかしげながら、手近のコンソールを叩いて、棺の文字の解析結果を表示する。

 「ほとんどは、神への祈りの言葉や。 しかし……『……犠牲者をここに封じる。 蜘蛛の女王に神の裁きを……』これや」

 「……なんだこれは?」 拍子抜けした様子の川上刑事。 「この『蜘蛛の女王』が『石棺』の主なのか」

 「いえ、『石棺』の主は『犠牲者』の方よ……でも何故、犠牲者を封じる必要があったの?」

 「さぁ……悪魔にでも取り付かれましたんやろか」 フェンの言葉は、静かな部屋に妙に響いた。


 二人が駐車場まで戻ってきたのは、日も落ちて大分立ってからだった。

 「結局何も判らなかったか」 

 「そうね……」

 その時、川上刑事の携帯が鳴った。

 「はい、川上です……山さん?どうして電話で?……え!……そんな」

 ニ、三分話した後、川上刑事は電話を切った。

 「話せない内容?」

 「いや……ザ・マミが、昼間潜伏していた場所が判った……鷹火車のマンションだったそうだ」

 「それは……どういう事なの?」 エミの疑問には答えてくれる者はいなかった。


 一方、買い物に出かけたミスティ一行は、ボンバーとブロンディのバイクの後ろにリヤカーを繋ぎ、戦利品が詰まった段ボールを積んで

酔天宮町をうろついていた。

 「町内会長さんが親切でよかったー♪ 捨てる予定の古いツリーの飾りだからって只でくれるんだもん」

 「我々が、資源ごみの回収業者と間違われた可能性もあるぞ。 リヤカーにこんな物を乗せていたから」 ブロンディがリヤカーに乗せた

、樅の木の鉢植えを見ながら言った。

 「すーちゃん、資源ごみ、チガーウ!」 リヤカーに乗っている鉢植えの樅の木(スーチャン)が文句を言う。

 「これは玩具なのだろうな……」 ボンバーが眺めているのは、『トイテック M134バルカン』と書かれたダンボールに突っ込んである電

動エアーガンだった。「ずいぶんと大きいが」

 リヤカーは満杯だが、スライムタンが化けている、高さ10mはある樅の木を飾りつけるには、まだ飾りが足りない。

 新たな獲物を求めていた一行は、酔天宮署のあたりに差し掛かった。


 酔天宮署では、昨日の『テッポウウオ作戦』の余波で、署内のあちこちが水浸しになり、早めの大掃除が始まっていた。

 「おい!倉庫の中も、一度からにして片付けて置けよ」

 「やれやれ、昨日の騒ぎであちこち水浸しだ……駐車場に置いとこう」

 若い警官が倉庫に入って、中の物を運び出している。

 「でっかいなぁ。 これは何に使うんだ?」 汗だくで、高さが2m以上ある巨大カラーコーンを運び出しながら誰かが聞いた。

 「それは新春マラソン大会の折り返し点だろ」

 交通課の備品のカラーコーンと巨大カラーコーンが、駐車場にずらりと並べられる。

 「荷物置き場は……おお、ここか」

 誰かが、玄関に飾ってあった警察のマスコット人形を、カラーコーンの脇に並べて置き、署内に戻っていった。


 「忙しそうだな」 警察の様子を見ながらボンバーが言った。

 「すーちゃん、アレガイイ!」 スーチャンが警察の駐車場を枝で指し示す。 その先には、巨大カラーコーン他がずらりと並んでいる。

 「わぁ、あれをスライムタンに下げると賑やかになりそう♪」

 「そうか?……しかし、あれは捨ててあるわけではなさそうが……」 ブロンディが視線を走らせる……と、視線がマスコット人形でピタリと

止まる。 マスコット人形は片手にビラを入れるための箱を持ち、肩からタスキを掛けていた。 そこにはこう書いてあった……『ご自由に

お持ちください』

 「持って行ってかまわんと書いてあるな」


 一時間後、酔天宮署の交通課長は、備品のカラーコーンとマスコット人形が紛失したとの報告を受ける事になる。

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