ザ・マミ

第四章 疑惑、暗躍、探査、そして祭りの準備(1)


 ミレーヌが、ザ・マミの正体について考察を始める少し前。 エミが花束を持って妖品店「ミレーヌ」を訪れた。

 「……ザ・マミは捕縛されましたか……」

 エミが頷いた。

 「警察は頑張ったわね。 もっとも、署員の1/4は風邪をひいたらしいけど……あら」

 白いエプロンをした緑色の女の子が、大きなお盆にティソーカップを載せ、とことこと歩いてきた。 紅茶の香りがする。

 「オチャー……」 女の子は紅茶をおずおずと突き出した。

 「ありがとう」 エミは礼を言って紅茶を受け取った。 「この子……スライムタンズが分裂したの?」

 「違うよ〜その子はスライムチャン。 略称『スーちゃん』。 スライムタンの妹分だよ〜」 ミスティが店の奥から顔を覗かせて言った。

 「へー……」 エミはスーちゃんとミレーヌを交互に見る。 ミレーヌは黙って紅茶をすすっている。

 そこにミスティがやって来た、背後に赤いスライムタン・リーダを連れている。

 「えへへ、スライムタンは植物性の精気を主食にして活動できるでしょ。 それをミレーヌちゃんがほめてくれちって、もう一体小さいのを

作ってくれたの」

 「あ、そう……」 エミは首をかしげ、ミレーヌを見た。 目線で理由尋ねたが、ミレーヌは黙って紅茶を飲むだけだった。

 「植物の精気で活動できるのが、メリットになるの……あれ?」 エミは袖を引かれて下を見た。 スーちゃんがエミの袖を引っ張ってい

る。

 「すーちゃん、ソレホシイ」 そう言って、エミの抱えている花束の百合の花を指差した。

 「いいけど、まだ開いてないわよ」 エミは、まだ蕾の百合を一本抜き取って、スーちゃんに渡す。


 スーチャンはにっこり笑い、百合のつぼみ軽く口付け、先端が薄緑色の唇に僅かに沈む。

 ピク…… 微かに百合が震えた様に見えた。

 スーチャンは目を細め、するりと蕾を口に迎え、口の中で筋の部分に舌を這わす。

 ビクン……ビクン…… 錯覚ではない、白い蕾が生き物の様に(生き物だが)震えている。

 アム……アム…… 若い百合の蕾が、かわいらしい唇に何度も出入りし、そのつど蕾が膨れ上がっていく。

 ビクビクビクビクッ!! 蕾は激しく震え、ついに開花してスーチャンの前に全てをさらけ出す。

 ウフフフ…… あどけない顔に、淫らな影が重なり、スーチャンは緑色の舌をそっと伸ばし、まだ開いていないおしべの先端を捉える。

 ヒッ! 哀れな百合が叫んだような気がした。 黄色い花粉をはじけさせ、おしべの一本があっけなくしおれる。

 チュバ……チュバ…… 白い花弁を汚した黄色い花粉を、スーチャンは緑色の舌で丹念になめ取る。

 ベろり。 スーチャンは唇の端に着いた花粉を舐めると、なまめかしい目つきで残りのおしべ達、そしてめしべを見つめる。 百合は恐怖

に震えたが、もはや逃れるすべは無かった……


 「ゴチサーサマデシタ!」 行儀よく挨拶するスーチャンの手には、精気を吸われきって黒く干からびた哀れな百合の残骸が残っている。

 (なるほど……これが人間のだったら……ザ・マミより問題よね……) エミは納得した。

 「スーチャン。 クリスマスのおめかしするから、お買い物行こう。 エミちゃん、お金ちょーだい」

 「なんで」

 「情報料。 『水魔』の時と……」

 「判ったわよ」 過去にエミは、ミスティ経由でミレーヌから情報を得て、トラブルを解決していた。 他で得られぬ貴重な情報なのエミも

認めており、それゆえ素直にお金を出した。

 「無駄遣いしないよーに」

 「はーい、スーチャン行こう。 コンビニで買い食いしよっか。 何がいい?」

 「ンートネ……ばなな!」

 ブー!! エミが紅茶を吹き出した。 さっきのノリで、スーチャンがコンビニでバナナを食したらどうなるか……

 「ま、待ちなさい。 それは駄目!」

 「えー」 「ドーシテ?」

 「あー、それは……買い食いは、悪い行いだからです!」

 「ミスティは悪魔だもん。 悪い事して当然じゃない」 (買い食いをする悪魔がなど、とんと聞いた事は無いが)

 「いや……そう、お行儀が悪いからです!」

 ミレーヌが頷いて賛意を示す。

 「お行儀が悪いのかぁ……仕方ない、スライムタンズの分も買って、ここで食べよう。 スーチャン着替えて」

 スーチャンは頷くと、エプロンをはずし、そばにあった空の植木鉢にしゃがみこんだ。 そして、もこもこと形を変え、鉢植えの樅の木に化

けてしまう。

 そこにボンバーがやって来て、植木鉢ごとスーチャンを持ち上げた。

 (なるほど、これならただの植木にしか見えないわね)

 そして、ミスティはボンバー、ブロンディを伴って妖品店ミレーヌから出て行った。


 ミスティ達が居なくなると、店の雰囲気ががらりと変わる。 妖しさと儚さ、そして鈍く光る刃物のような剣呑さが辺りに漂う。 エミは、唐

突に話し始めた。

 「ザ・マミの正体は判らずじまいだった。 私は行方不明の鷹火車かと思っていたのだけど」

 「……根拠は?……」

 「ザ・マミの行動」 エミは即答する。 「ザ・マミが数千年前の中東に生きていた人間だったとしたら、現在の東京は異世界そのもの。 

逃げる事も、隠れる事も容易ではなかったはず。 なのに……」

 ミレーヌは頷いた。 「……確かに……しかし、これをどう考えます……」

 ミレーヌはカウンターの上に木の箱を置いた。 中には白い布の切れ端が入っている。

 「……これは、ザ・マミの『包帯』の切れ端……貴方が身をもって体験したように、これはただの包帯ではありません……そう、『魔法の

道具』と言ったところでしょうか……」

 エミは黙って包帯の切れ端を見つめる。

 「……これは、誰にでも扱える道具ではありません。 私でも無理です。 まして……」

 「つまり、ザ・マミがこれを作った本人だろうと?」

 ミレーヌが頷き、エミは腕を組んであごに手を当てる。


 しばしの沈黙の後、エミが口を開いた。

 「まぁ、ザ・マミは最後に包帯を飛ばしてしまったんだから、ミイラ女ではなくなった訳だけど……」

 ガタン! ミレーヌが音を立てて立ち上がった。

 「……いま、なんと言いました……」

 エミはあっけに取られ、そして自分の言葉を繰り返す。

 「えと……ザ・マミは包帯を飛ばしてしまったから、ミイラ女ではなくなった……」

 「……包帯とザ・マミ……これが不可分だとしたら?……いえ、だったらなぜ包帯を……」 

 ぶつぶつ呟くミレーヌ。 エミは辛抱強く待った。

 ほどなく、ミレーヌはエミに向き直って言った。

 「……私は、ザ・マミが最後に包帯を飛ばした理由が気になります……」

 「私も、まだ何かあるような気がするわ。 だからこれからザ・マミの棺を調べに行くのよ」

 「……そうですか……どうでしょう、取引しませんか……」

 「取引……ああ棺を調べた結果を教えて欲しいという事ね」

 「……それもありますが……私は、この包帯の残りを調べます……その為に貴方に手に入れて欲しい物があります……」

 ミレーヌはエミに何事か告げる。

 「は?パソコンとUSB接続の顕微鏡?」


 カサコソ……カサコサ……

 蜘蛛が行く。 無数の蜘蛛が。 町のあちこちで。

 ハエトリグモ、コガネグモ、ジョロウグモ…… 種類を問わずに集まっていく。

 ザ・マミを再び復活させる為に。

 誰かがそれを見つけていれば、その後の事件は起こらなかったかも知れない。

 だが幸か不幸か、誰もそれに気がつかなかった。 

【<<】【>>】


【ザ・マミ:目次】

【小説の部屋:トップ】