ザ・マミ

第三章 決戦!酔天宮署(5)


 酔天宮署の中は意外に閑散としており、男性更衣室付近に居たのは川上刑事達だけだった。

 川上刑事は上着を脱ぎながら考える。 (ずぶ濡れのまま銭湯に行ったか、残りは表で後片付けかな) 

 脱いだ上着はずっしりと重く、ボタボタ音を立てて雫が床を濡らす様に川上刑事は渋面を作った。

 「更衣室はまずかったかな……」

 その時、薄い壁の向こうから何かが倒れる音がした。 そこは女性用の更衣室だ。

 「隣か?……原君!?」

 絞っていたワイシャツを放り出し、川上刑事は女性更衣室に飛び込みかけ、はっと気がついて怒鳴る。

 「原君!どうした!?」

 しかし、返答は無い。 川上刑事は、純粋に原巡査を心配して中に入った。

 「原君?……原君!」

 原巡査は、ブラジャーとショーツだけのあられもない姿でロッカーの前に倒れていた。 川上刑事は赤面して顔を背けつつ、跪いて彼女を

抱き起こす。

 「……」 パチリと彼女の目が開かれた。 そして川上刑事に抱きついてくる。

 「おい、原君……うっぷ」 

 控えめがちにルージュのひかれた唇が、川上刑事の唇を奪う。 訳がわからないままに、上下が逆転して押さえ込まれる川上刑事。

 川上刑事は、薄い布越しに小ぶりな乳房が押し付けられるのを感じ、男性自身が反応するのに困惑した。 乱暴にならない様に気をつ

けながら、彼女の肩を掴んで引き剥がそうとする。

 「原く!……」 叫びかけ、慌てて声を落とす。 「なにを……」  

 原巡査は、濡れた髪を額に振り落としつつ、熱っぽく囁く。

 「欲しいの……」

 絶句する川上刑事。 その隙をついて襲い掛かる原巡査。

 熱い唇が再び重ねられ、濡れた舌が川上刑事を犯そうと滑り込んでくる。 そして、彼の足の間に原巡査の太ももが滑り込み、固くなっ

ている息子を盛んに挑発する。

 (い、いかん……なんとかしなければ) そう思うものの、具体的にどうすべきか思いつかない。 逃げ出そうともがくと、原巡査が甘い

声でよがる。 

 カチリ……コッコッコッ…… 

 (誰か来た!?……ああっ!) 人の気配に慌てる川上刑事。 その隙を突いて、彼の息子をズボンの上から掴む原巡査。 

 「ああん……こんなに……ひっ!」 

 突然、原巡査が硬直し、川上刑事の胸に崩れ落ちた。

 川上刑事は呆然として、気を失った原巡査と、彼らを見下ろしている人影、エミを交互に見やった。


 「……彼女に何をした!?」

 声を荒げる川上刑事に、冷ややかな目つきのエミが手をさすりながら答える。

 「ナニをしていたのは貴方達でしょう? どうやらお邪魔だったようね。 私は消えるから続きをどうぞ」 

 「あ……いや、すまない。 そうじゃないんだが……」 『何故ここに?』と目で問う川上刑事。

 「引き上げようと思って貴方を探していただけよ」 エミは原巡査に上着を掛け、背中に担ぎ上げる。

 「彼女を寝かせられる場所はない?」 

 「仮眠室かな……すぐ其処だ」


 エミは意識のない原巡査を布団に横たえ、毛布をかける。 毛布に隠れていたハエトリグモが数匹、畳の上を逃げていく。

 「で?生死をともにした男女が燃え上がったとか?」

 「違う!」 力いっぱい否定する川上刑事 「隣で着替えていたら、彼女が倒れる音がして、駆け込んだら彼女に抱きつかれて……」

 「ふーん?」 エミが首を傾げた。

 「う、疑ってるか?」

 「いえ……ほっといてもよかったのかなって」 

 「おい……」 


 うーん 原巡査が声を上げ、額を抑えながら体を起こした。 毛布が滑り落ち、ブラジャーだけの上半身が露になる。

 川上刑事は慌ててそっぽを向き、背中で原巡査に話しかけた。

 「お、起きたのか?さっきはなんで……」

 彼の質問に、嗚咽が返ってきた。 驚いて振り返ると、原巡査が泣きじゃくっている。

 なんで……あんなことを……ひどい……どうして……

 真っ青になる川上刑事。 何か言おうと口を開きかけるが、彼は泣いている女性に何か言える性格ではなかった。

 ぱくぱくと金魚の様に口を開け閉めし、赤くなったり青くなったりしている川上刑事を、エミは面白そうに眺めていたが、やがて彼を促し

て仮眠室を出た。

 「おい!僕は」 川上刑事が何か言おうとするのを押しとどめるエミ。

 「落ち着いて。 私が彼女になにがあったのか聞いてきてあげるから。 貴方はここで誰も入らないように見張っていて」

 「そ、そうか……」 エミに任せる事に不安が無いわけではないが、他に頼める人いない。 「よろしく頼む……」


 エミは、布団の上で泣きじゃくっている原巡査のそばに座った。

 「落ち着いて。 何があったの?」

 原巡査はしゃくりあげながら答えた。

 「わ……判らないんです。 気が遠くなったと思ったら……えぐっ……川上さんがあたしを見ていて……そこからは何か夢を見ているよ

うで……わたし、わたし……もうお嫁にいけない!」

 「そう……ね、私の目を見て」

 原巡査が顔を上げ、その目がまん丸になる。 エミの目が金色に光っている。 原巡査は声を上げようとして、体が動かない事に気が

ついた。

 (あ……ああ……) エミは、怯える原巡査の背後に回り、背中からそっと抱きしめた。

 (い……いや……) ビクリと大きく震える原巡査。 

 エミは目を細め、すっと撫でるように耳に唇を這わせ、囁く。

 「忘れましょう」

 (……)

 「それは夢だったのよ……だれだって夢では大胆になるわ」

 囁くエミの唇から、蛇のような舌がするりと伸びた。 微かな滑りを残しつつ、それが原巡査の耳に滑り込んでいく。

 (夢……)

 ”そう……夢。 だからそれは貴方だけが知っている……殿方は知らない貴方だけの秘密……”

 舌先で囁きながら、エミは原巡査の顔や胸を羽の様に愛撫する。 母親が赤子をあやすように、原巡査の体をほぐし、心を安らかにさ

せ、そして信じ込ませる、あれは夢だったのだと。

 原巡査は、静かに安らかな眠りの中に沈んでいった。


 「さて……」 エミは、すやすやと眠る原巡査に毛布をかけ立ち上がる。 と、その視界に妙なものが見えた。 窓の辺りで、黒いものが

一列になって動いている。

 「?」 エミは壁に近寄って、それを観察する。 「クモ?」

 それは小さなハエトリグモだった。 それが数匹、一列になって窓の隙間から出て行くところだった。

 「へー、ハエトリグモが集団で行動するなんて。 こんなのはじめて見たわ」 興味深そうに呟くエミの耳に、ドアの外で人が話している

のが聞こえてきた。

 「と、残念ながら自然観察をしている場合じゃないか」 残念そうに呟くと、原巡査を残して部屋を出る。


 扉を開けると、川上刑事が年配の婦人警官と何か話していた。

 「原さんは、中なんですね」 「はい、ですから……」 

 エミは微かに笑って割って入った。

 「勝手をしてすみません。 婦警の方が倒れられたようでしたので、こちらに運んで寝かせてました。 貧血か何かではないかと思いま

す」

 「まあ、それは。 民間の方の手を煩わせて申し訳ありません……」

 エミと川上刑事は、原巡査を年配の婦人警官に任せ、その場を後にした。


 「記憶をいじって夢だと思わせたぁ!」 エミを送る為のパトカーの中で、川上刑事が叫んだ。 運転手は川上刑事自身が務めており、

二人だけだ。

 「人の記憶をいじるなんて!許される事じゃない!」 川上刑事の声には怒りがこもっている。

 「そうかもね……でもあのままだと」 エミは気にする様子もなく応じている。 「彼女は激しい自己嫌悪に悩むか、自分自身を守るため

に無意識に記憶を変えてしまうかも」

 「君は心理学者かなにかか?」 今度は皮肉っぽい口調で言う川上刑事。

 「そして、彼女は貴方に言うの、『責任とってね』」

 激しいブレーキ音とクラクションが響いてパトカーが止まる。


 川上刑事は必死で呼吸を整え、動揺を無理やりに飲み込んでから、エミに謝った。 

 「今回は、やむをえないかもしれないが、それにしても彼女はどうして……」

 エミは、しばらく原巡査の事を考え、そして口を開いた。

 「更衣室で彼女の首筋に触った時、火花が散ったわ……ザ・マミの包帯の一撃を受けたときみたいに」

 「なに!それはどういうことだ?」 川上刑事の問い掛けに、エミは首を横にふる。 

 「判らない。 火花が散ったと思ったら、彼女が気を失うし……正直焦ったわ」

 「あの時、君が彼女を失神させたんじゃなかったのか?」

 「振り向かせて、『瞳』を使おうと思ったの、結果は同じだったけど……」

 二人は黙り込んだ。 

 「なあ……ザ・マミが捕獲されて終わったんだよな、この事件?」 半ば期待を込めて、川上刑事が聞いた。

 「……明日付き合って」

 エミの申し出に、川上刑事が目を丸くする。 「おい……」

 「マジステール大学の考古学解析室。 石棺を調べたいの」 エミは言った。 「始まりに戻ってみましょう」

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 翌日、ミレーヌは妖品店のカウンターに座り、そこに置かれた物体を眺めていた。

 「……警察が、ザ・マミの捕獲に成功……」 呟いて

 「……『ザ・マミ』の『包帯』……」 それはザ・マミがミレーヌを襲ったとき、彼女の手に残った包帯だった。

 彼女すっと立ち上がり、店の奥に消え、すぐに古びた箱を持って戻って来た。

 「……」

 無言で箱を開け、中に入っていたものを箸でつまみ出すと、『包帯』の脇に並べる。 それは編まれた糸の束に見えた。

 「……『魂のともしび』の『灯心』……」 それは、少し前にエミが遭遇した「ともしび」事件、その原因となった魔道具と同じ物だった。

 二つを見比べ、何かを考えている。

 「……この二つは……同じ種類の糸で作られている様に感じますが……」


 燃えあがーれ〜♪燃えあがーれ〜♪

 調子の外れた歌と共に、ミスティがボンバー、ブロンディを従えて店に入ってきた。

 「飾りがいくらあっても足らんが。 この赤い奴で少しは賑やかになるかな」

 「うむ。 きっと日本の警察の市民サービスと言う奴だな。 しかし、あの特大の奴は店の中を通らんぞ」

 「これを運んでから、裏から入れてしまおう」

 重たそうにダンボールやプラスチック製の三角コーンを抱え、店の奥に消える二人。

 三角コーンに『酔天宮警察署』というシールが貼って合ったのが気になる所である。

 ミスティだけが残って、持っていた古いアニメの設定集をカウンターに広げて嬉しそうにめくる。

 「きゃー♪ランバ・ラルのおじ様〜♪」 

 ミレーヌは、ミスティの見ている本に視線を移した。

 「……それは?……」

 主人公の乗るメカと、TV版のパワーアップパーツの組み合わせイラストが紹介されている。

 「あー、これは……」 ミスティがミレーヌに、○○ダムとG・○ァイターの解説を始めた。


 「……なるほど、本体を包み込んでパワーアップする……」 ミレーヌは再び『包帯』と『灯心』を前に考え込んだ。

 「……これがG○ァイター……」 ミレーヌは『包帯』を指差す。

 「……では、ザ・マミはG○ーマーと考えれば?……」

 「えー! じゃあザ・マミは、自由にタイプを変えられる多用途型の人外女なの!?」

 訳のわからんつっこみをいれるミスティ。

 「……いえ、そうではなくて、警察が捕獲したザ・マミは、もうザ・マミではなくなっているのでは……」

 ミスティはしばらく黙っていたが、やがて一言「わかんなーい!」と言ってどこかに行ってしまった。


 ミスティがいなくなると、ミレーヌは再び二つの品を眺めていたが、やがてポツリと呟いた。

 「……これが、コ○・ファイターだとすれば?……」 と『灯心』を箸で摘みあげた。

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