ザ・マミ

第三章 決戦!酔天宮署(4)


 「放水班。 装甲車の放水準備急げー!」

 「ポンプ起動したぞ」
 「装甲車、放水銃を一番、二番。散水ポンプを三番、四番とする」 ポンプの使い方を知っていた谷鑑識員が、放水の準備を任されてい

た。 「低圧で、上に向けて放水。そのまま待機」

 気まぐれに吹き付ける木枯らしと、吹き上げた水が、待ち受ける酔天宮署の面々に冷たく降り注ぐ。

 「準備はできけど……頼むよ誘導班。 失敗したら後が無い」 祈るような想いで、サイレンの聞こえるほうを見る谷鑑識員。

 その隣で、重石課長が山之辺刑事に拡声機を渡していた。

 「奴を一番見ているは山さんだ、指揮を頼めるか?」

 山之辺刑事は黙って拡声機を受け取り、動作するか確かめていたが、ふと顔を上げ尋ねた。 「署長は?」

 重石課長は黙って酔天宮署の建物を示し、山之辺刑事は渋い顔で辺りを見回す。

 重装備の警邏隊や、レインコートを着込んできた交通課や捜査課の警官達が、寒風に震えながら待機している。

 「そりゃぁ、署長がここにいても役にたたねえけどよ……」


 そのころ複数のパトカーが、強力なハンディ・ライトを使って、ザ・マミを誘導していた。

 ”酔天宮4! 奴がライトを狙ってるぞ!”

 ”うわっち!…… 大丈夫だ、ライトは落としていない”

 ”奴はこっちを追っている。このまま署正面から駐車場に突入する”

 箱乗りしてライトを振り回している警官もいる為、暴走集団『親方日の丸』と化した誘導班はきっちりと与えられた役割を果たし、ザ・マミ

を駐車場に引っ張ってきた。

 白布に包まれた女体が、風を裂いて駐車場の上空に飛び込んで来る。


 「おおー来たぞ」

 「みろ、本当に宙を飛んで来る!」 駐車場に待機している警官達がざわめく。

 『一番、二番、よーい』 拡声機越しに山之辺刑事が命じると、二台の装甲車の上で、放水銃の銃手担当が緊張に身震いした。 放水

銃から迸る水の勢いが一気に強まる。

 ビン! 音を立てて宙を奔った包帯が、警官たちの頭上を超え酔天宮署の屋上に絡みつく。

 キキキキキッ! 叫び声を上げながら、ザ・マミは包帯にひかれ、警察の敷地内上空に侵入した。 

 『……てぇ!!』 合図とともに、白い水柱がザ・マミを叩き落す勢いで打ち振られた。

 ギィー!? 片方だけでも、立っている人間をなぎ倒す威力のある放水銃、その十字砲火を浴びてザ・マミの勢いが殺がれる。

 ギッ!   ザ・マミは、半ば水柱に押されるようにして酔天宮署の4階の窓付近に取り付く。

 「いかん!あそこは署長室だ」 だれかが叫んだ。

 『なにぃ!署長が危ない、それ集中放水だぁ!』

 散水用ポンプも放水に加わり、四本の水柱がザ・マミを4階の壁に釘付けにする。

 「……山さん、署長室の窓が割れ……今、窓際で吹っ飛ばされたのは署長じゃないか?」 思わず顔を覆う重石課長。

 「事故です事故。 不幸な事故」 答える山之辺刑事。 その背中が震えていたのは、寒さのせいばかりではないだろう。

 キーッ……キーッ…… 悲鳴のような声を上げるザ・マミ。 包帯一本でぶら下がり、放水で身動きが取れない様子だ。


 「やるわね」 エミは、休憩所でコーヒーを飲みながら、格子とガラス越しに戦況を見ていた。 「あれじゃ、包帯も飛ばせないでしょう……

あっ、落ちた?」


 キーッ ザ・マミは、水から逃れるために、自分から地上に降りた。

 『警邏隊、突入!』 すかさず指示を飛ばす山之辺刑事。

 うおおおお! 雄たけびを上げ、プラスチックの盾と警棒を構えた、重装備の警邏隊が集団で突撃する。

 キキキッー! びしょ濡れのザ・マミが、突入した警官でできた濃紺の人間ピラミッドの下敷きになってしまった。

 「ふむ、ミイラの最後にはちょうどいいかな」 と谷鑑識員。

 「なに、つまらん事を……おおっ?」

 ボシュゥゥ!! 激しい白煙が人間ピラミッドから上がり、続いて警邏隊が吹っ飛ばされて地面に転がった。

 たちまち薄れる白煙の中に立つ白い影はザ・マミだ。

 『どうした!』

 「煙?……違う、蒸気?……一瞬で体を乾かしたのか!」 川上刑事は呟くと、ザ・マミめがけ走り出した。 

 包帯を飛ばそうと、手を上げるザ・マミ。 そこに、”パン!”乾いた音が響いたき、ザ・マミはがくりと体勢を崩した。

 束の間、沈黙が辺りを支配する。


 キッ…… ザ・マミが足を押さえた、包帯が見る見る赤く染まっていく。

 「やった……」 だれかが呟く。 と、ザ・マミに異変が生じた。

 チッ……チチチチチチチチチチチチッ…… ザ・マミの体から鋭い連続音が聞こえてきた。 警官隊が緊張する。

 『また、何かやるぞ!警邏隊奴を……おっ!』

 ザ・マミの体が白い霞に覆われた……と思ったら、一陣の冷たい風が吹いてきて、霞を吹き払ってしまう。

 きゃっ! 小さな悲鳴が警官隊の背後で聞こえたが、それに気がついたものはほとんどいなかった。 なぜなら、皆の注意はザ・マミに

包帯がなくなって露になった褐色の豊満な女体に向けられていたから。


 「あの霞は……包帯がばらけたの?……煙幕のつもりだったのかしら」 エミは首をひねった。 「でも足を撃たれた後では、意味が無

かったわね」


 キッ…… ザ・マミは小さく鳴いて、ぱたりと倒れた。

 「やはり、鷹火車じゃなかったのか……」 山之辺刑事が呟く。 目の前で倒れているザ・マミは、褐色の肌に堀の深い顔立ち、青い瞳

で鷹火車研究員とは似ても似つかなかった。

 『救急車!奴を担架に固定しろ』

 倒れたザ・マミに、警邏隊がおっかなびっくり近寄り、数人がかりで抱えあげると救急車に運び込む。

 バタンと扉が閉まり、救急車はサイレンを鳴らして走り去っていった。


 「やった……やったぞー!!」 おおー!! 山之辺刑事の叫びに、びしょ濡れになった警官隊が呼応する。

 バンザーイ! バンザーイ! バ……バックション! バックション!! バークション!!! 

 勝利の万歳三唱は、途中から盛大なくしゃみ三唱に変わり、激闘を終えた警官たちは冷えた体を温めるために近くの銭湯や、署内の

シャワー室に急ぎ足で向かう。


 「原君、大丈夫か」 川上刑事は、ザ・マミが最後に放った『霞』に巻かれて倒れた原巡査を助け起こした。

 「あ、ありがとうございます」 かすかに顔を赤らめて礼を言う原巡査。

 「君も濡れてしまったな。 すぐに着替え無いと風邪をひくぞ」

 「そうします。 川上さんもびしょ濡れですよ」

 「いや、後片付けが……」

 『服が濡れた奴はすぐ着替えて体を温めろ。 服が濡れていない者は、すまないが後片付けを頼む』

 「だそうですよ。いきましょ」 原巡査は半ば強引に川上刑事の腕を掴み、署内に引っ張っていった。

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