ザ・マミ

第三章 決戦!酔天宮署(1)


 ザ・マミとミスティ、エミ達の人知れぬ戦いがあった翌日の午後、酔天宮署の大会議室で、署の幹部と捜査、交通、警邏課の全員、

谷鑑識課員を集めてザ・マミ対策会議が開かれた。 

 「では、ザ・マミに対する対策会議を始める」 捜査課長の重石が会議の開始を告げた。

 隣に渋い顔で座っているのは、酔天宮署署長の建前だ。

 (よくまあ、一日で対応が変わったものだ……) 川上刑事は寝不足で重くなったまぶたを揉み解しながら思った。 (やっぱり『くしゃみ』

のせいかな)


 昨晩、ザ・マミを取り逃がした山之辺刑事以下は、今朝詳細な報告に谷鑑識課員の取ったビデオ画像を付けて提出し、朝一の捜査課

会議で捜査体制の増強を願い出た。

 課長や担当外の刑事達も、ビデオ画像を見てザ・マミが、用意ならざる相手であることは理解した(何人かはビデオ酔いで気分が悪く

なったが)

 しかし、同席していた署長は捜査体制の増強に難色を示し、山之辺との間で険悪な雰囲気となった。

 そこで川上刑事が、ミイラの名前が『ザ・マミ』で、この名前を馬鹿にすると呪いがかかると言い出したのだ。

 当然、山之辺と谷以外馬鹿にしたように笑ったのだが……なんとその直後、笑った全員が一斉にくしゃみをしたのだ。 全員が顔を見

合わせ、以後、ザ・マミという名前にケチをつけるものはいなくなった。

 これが効いたのか、署長が折れ、署をあげての対策会議が午後に開かれることになったのだ。

 (まあ、本当はミイラ自身の呪いじゃないんだけどな。  しかし、本当にミイラの呪いだったら、名前の悪口でくしゃみがでるなら、ミイラ

退治なんかしたら風邪をひくか肺炎になるんじゃないか?) 川上刑事は脱線気味に考えた。

 ちなみに、同時刻の『妖品店ミレーヌ』では……

 ハックチュン!ハックチュン!ハークチュン! ……「連続、噂リプライー!」 ミスティが立て続けにくしゃみをリプライしまくっていた。


 「さて問題は、空中を自在に移動するザ・マミを、どうやって捕まえるかだ」 重石課長が皆に意見を求めた。

 「すみません。いいですか?」 谷鑑識課員が挙手をして意見を求めた。 「奴の隠れ家を探し出し、室内で捕縛すれば済む話では無い

のでしょうか」

 何人かが頷いたが、川上刑事が異を唱える。

 「奴の隠れ家の見当が付かない。 ローラー作戦で民家を一軒ずつ当たっても、完了するまで一ヶ月以上かかるだろう。 第一、民家

に隠れているとは限らない。 捜査は続行するにしても、次に奴が現れた場合、奴を捕まえる手段の検討は必要だ」

 「川上君の言うとおりだろう」 重石課長が賛同した。 「そうなると空中を移動する犯罪者を捕縛するにはどうするかだが」

 「銃器を使用するしかないでしょう」 若手の警官が意見を述べた。 「この際犯人が死亡してもやむを得ないのでは?」

 「空中を動いてる相手に弾をあてられるか? 拳銃はもちろんライフル銃や麻酔銃でも難しいぞ」 山之辺刑事が指摘する。

 「皆で一斉に撃つんです。 一発ぐらいあたるでしょう」

 「外れた弾はどうなる。 ビルに当たるか、悪くすれば通行人が巻き添えをくう」 これは重石課長。

 出席者の何人かが難しい顔で頷く。

 「一発必中で空中の相手に当てるなら……猟銃か」 ぼそりと山之辺刑事が呟いた。

 「そいつはだめだよ、山さん」 重石課長が穏やかにさえぎる。 「警察の装備じゃない。 第一丸腰の相手に猟銃を撃てば、業務上傷

害、いや殺人未遂は免れない」

 「奴は人とは思えん。そんな配慮が必要か?」 言い放つ山之辺刑事。

 「署の中でも半信半疑なんだ。 上級庁や検察、司法は納得しないし、認めないだろう。 私は部下を刑務所送りにすることはできん」

 「うーん、これは人手も機材ももううちの署だけでは手に負えないな」 建前署長が口を開いた。 「上級庁に対応をお願いしよう」

 「署長、上級庁への増援依頼は当然ですが、今の時点で対応してもらえますかね」 重石課長が建前署長に尋ねる 「ビデオと現場の

報告書があって、それでも署長は信じていなかったようですが?」

 「被害が拡大すれば腰を上げざるを……」

 「署長!被害者が増えるのを待つつもりか!」 山之辺刑事が声を荒げた。

 「しかし……」


 「ちょっと待ってください」 谷鑑識課員が割って入った。 「僕が奴を懐中電灯で照らしたとき、奴は懐中電灯を叩き落としました。 思うに、

あいつは光に弱いのでは」

 「光か……懐中電灯やサーチライトならすぐ手配できるな」 重石課長が呟く。

 「はい、それで奴を捕らえる手段ですが、地上発射の対空兵器は、その原理から二種類に大別できます」 何か言おうとした署長を手

で制し、谷鑑識課員は続ける。

 「一つは『網』です。 多数の弾辺を空中にまいて、まぐれ当たりを期待します。 さっきの拳銃一斉発射や猟銃も原理は同じです」

 「ふむ」 山之辺刑事が頷く。 「ビル街に『網』でも張れと?」

 「予算と時間、人手があればこの方法がその方法も可能でしょう。 逆に言えば、我々だけではビル街に『網』を張るというのは現実的

ではないと思います。 そこでもう一つの方法ですが、こちらは『棒』です」

 「棒?」 

 「はい、高速機関銃を連射すると、空中に仮想的な『鉄の棒』が作られます。 これで敵機を叩き落すイメージです」

 「棒ねぇ……竹ざおでも用意して、ザ・マミを叩き落とすのか?」 と山之辺刑事。

 「いえ、水を使うんです。 淡水魚のテッポウウオは口から水を吹いて虫を叩き落します。 同様に、本庁の装甲車に装備されている

暴徒鎮圧用の放水銃、これで奴を叩き落すんです」

 「なるほど」 「悪くない」 参加者が口々に賛意を示す。

 「他にも、消防署からポンプ車を借りてくるか、イベント会社から散水用のポンプとホースを借りて来ても……」

 「待ってくれ」 重石課長が谷鑑識課員を制止した。 「ポンプ車も装甲車も、移動しながら放水は難しいのではないか?」

 「ええ、ですから前もって一箇所に装甲車を配置して待機、奴が出現したらパトカーからサーチライトや懐中電灯で奴を誘導し、装甲車

の待機場所に追い込みます」

 「なるほど……我々の扱える範囲で何とかなりそうだが……待ち伏せ場所をどこにするかだ」 重石課長が呟く。

 「放水銃の水圧はかなりのものです。 窓に当たればガラスが割れるでしょう。ですから……」 一瞬言いよどむ谷鑑識課員 「この

酔天宮署の駐車場が最適かと。 そうすれば被害は警察の建物だけになります」

 「おいおい」 渋い顔になる建前署長。

 「署長、細部は検討しますが、基本的にこの方向でどうでしょう」 重石課長が聞いてきた。 「もちろん、何もせずに被害の拡大を待っ

 て、上級庁が出てくるのを待つというのも……」

 「判っている、やりたまえ。 本庁と消防庁への要請は私から行う。」 不承不承頷く建前署長。

 「よし!」 山之辺刑事が重々しく頷いて立ち上がる。 「ここ酔天宮署の総力を結集して、ザ・マミと対決する! 以後、これを『テッポウ

ウオ作戦』と呼称する。」

 おおおー! 体育会系のノリで盛り上がる一同。 不承不承頷く建前署長。

 「他に、何か意見は?」 重石課長が言うと、原巡査がおずおずと手を上げた。 「原君、なにか?」

 「はい……あの、お風呂屋さんを予約してはどうかと」 顔を赤くしながら、原巡査が

 「え?風呂」 きょとんとする一同。

 「いえ、この寒空に水の掛け合いをすると、皆さん風邪を召されるのでは、悪くすると肺炎に……」

 文字通り冷や水を浴びせかけられたように全員が黙りこみ、続いて恨めしげな視線を発案者である谷鑑識課員に投げかけた。

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