ザ・マミ

第二章 闇に舞う者たちの宴(6)


 「あっち……いえこっち」 エミは角に感じる気配を頼りに、マジステール商店街の裏通りから表通りに出た。

 (いた……) 人通りの絶えた商店街に白い人影。 黒い車のそばに佇んでこっちを見ている。

 軽い駆け足だったエミの足が止まる。 (しまった。 つい一人で追いかけてきたけど……)

 ザ・マミはエミよりも、その背後を気にしている。 ザ・マミが警戒しているのは、エミに対してではなく、ミレーヌの方に違いない。 エミは

左足を引いて構えた。

 二人の間で、見えない緊張の火花が散る。


 「両手を挙げてこちらを向け!」 凛とした声が、ザ・マミの背後からした。

 キッ…… ザ・マミは両手を挙げる。 と、両手から包帯が放たれ、商店街の街灯に巻きついた。

 ビン! ゴムが弾けるような音がして、ザ・マミの体が宙に飛び上がる。

 「逃げるか!」 ザ・マミの向こう側で、川上刑事が拳銃を構える。 しかし、ザ・マミは商店街の屋根へ、そしてビルへと飛び移っていく。

 「ちっ!」 川上刑事は、ザ・マミを追いかけようと覆面パトに駆け寄り、そこでやっとエミに気がついた。

 「エミ……」 

 「え……こんばんわ」 エミはすばやく角と羽と尻尾を引っ込め、とぼける。 「お仕事大変ね、今の何?」

 「……」 川上刑事はエミの顔をじろじろと見ていたが、覆面パトの後部座席から、何か取り出した。

 「落し物だ」 それはケーキの箱だった。

 「ありがと……」 エミはそれを受け取ってしまう。 (……しまった)

 川上刑事は腰に手を当てて、厳しい顔でエミを見つめ、尋ねてきた。

 「今の奴は、お仲間か?」 彼はエミが『人』でないことを知っていた。

 「よく知らないわ、今夜が初対面だから」

 「……」 川上刑事は拳銃をホルスターに戻しながら、エミをねめつける。

 「ついでに襲われたけど」

 「何! 無事なのか?」 ちょっと心配そうな顔をする川上刑事。

 「大丈夫よ、それより私のほうが聞きたいわ、あれは何なの?」

 「捜査中、話せない」

 「一般市民に被害が及んでいるのに?」

 「う……」

 「ギブ・アンド・テイクよ。 情報交換しましょう」

 川上刑事は、両手を挙げて、降参の意を示した。


 深夜の商店街に停めた覆面パトの中で、川上刑事はエミに、ザ・マミについて警察が掴んでいることを話す。

 マジステール大学の一件、行方不明の鷹火車研究員、ザ・マミに餌食にされた男達、そしてザ・マミの人間離れした能力。

 「最初は鷹火車が、何か理由があってミイラのふりをしていると思ったんだが……あの動きは人間には無理だ。 そしてあの被害者達、

奴は吸血鬼か何かなのか?」

 「人間離れしているのは確かだけど……」 エミは腑に落ちない様子だ。 「どうにも何か引っかかるのよね」

 「何かとは?」

 「判らないけど……まあいいわ、それで警察の方針は?」

 「逮捕」

 「動物には見えないし、公式に怪物と認められない限りその対応しかないわね。 でもどうやって?」

 「こっちが聞きたい」 むすっとした顔で川上刑事が応じた。 「あれをパトカー数台と警官10名程度で捕まられるか!警視庁を総動員

してほしいよ」

 「マンパワーもリソースも予算も足りないプロジェクトを、気合と根性と工夫だけで達成しろって言ってるようなものね」

 「どこの業界の話だ?」 げんなりした顔で川上刑事が応えた。 「それで?こっちはギブしたぞ。テイクはどうした?」

 「奴の名はザ・マミ」

 「名を知っているのか!?」

 「いえ、さっき知り合いが命名したの」 済まして応えるエミ。

 「なんだいそりゃ……だいたい『ザ・マミ』?語呂が悪くないか?」


 ハックチュン! ミスティがくしゃみをした。

 「風邪か?」 スライムタン達を介抱していたボンバーが聞いた。 そばにプロンディもいる。 この二人は神出鬼没である。

 「うんにゃ……ミスティのセンスを誰か馬鹿にしたみたい」 口を尖らせてミスティが言って、自分の鼻をきゅっとつまむ。 「秘儀、噂リプライ!」


 「あー、命名した子は悪魔の眷属らしいから、センスにケチをつけると呪われるかも」 エミは真顔で言った。

 「は?まさか……」 川上刑事は、笑いかけて言葉をとぎらせた。

 ハックチュン! 妙にかわいらしいくしゃみをする。

 「ほら」

 「……」 気味悪げに、鼻をこする川上刑事。

 「奴は包帯をムチの様に使って攻撃してくるわ。 私も何回か叩かれた。 そして其れを受けると体が痺れるのよ」

 「なんだって」

 「ザ・マミには直接触らない方がいいかもね」


 川上刑事がエミの言葉を考えていると、山、谷コンビが寒さに身震いしながら帰って来た。

 「だめだ、見つからん……お?『訳ありのエミ』じゃねえか」

 「あー、川上さん何サボってるんですか」

 川上刑事は、自分の上着をエミに掛け、覆面パトの外に連れ出す。

 「彼女が奴に襲われました」

 「何!怪我は無いか」

 「大丈夫です」

 「そうか……で奴は」

 「向こうのビルに飛び上がって、そこで見失いました」

 山之辺刑事は、川上刑事の示した方に走り出し、川上刑事と谷鑑識課員が続こうとする。

 「お前らは彼女を送れ!」 山之辺刑事が二人に言った。

 「山さん一人じゃ危険です!」 川上刑事が反論する。

 山之辺刑事は立ち止まり、悔しげな顔をする。

 「やっぱり人手が足りねえな。 仕方ない、先に彼女を送ろう」

 四人は覆面パトに乗り込んだ。


 角を二つ曲がったところで、エミは近くに知り合いの家があるからと言って車を降りて路地に姿を消し、山之辺刑事達は近くで応援を待

つことにした。

 「『ザ・マミ』?」

 「ええ……エミの友達が……新聞を見て名づけたとか」 

 「ふーん、いまいちだな」

 「センスあまり良くないですね」

 山之辺、谷両氏がそう言った途端。

 ハックチュン! ハックチュン! 

 覆面パトの車内にくしゃみが響く。

 「この名前を馬鹿にすると、呪われるとエミが言ってましたけど……」

 三人は、なんといえない表情で顔を見合わせた。

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