ザ・マミ

第二章 闇に舞う者たちの宴(5)


 「あれ?変わったケーキだ♪」 エミの背後から、ミスティの声がした。 騒ぎを聞きつけ、様子を見に、妖品店の裏口から出てきたらし

い。

 「違ーう!」

 「なんだ、ケーキじゃないの。 で、この『怪奇!恐怖のミイラ女』はどなた?」 問われてエミは返答に窮した。 説明しようにも、エミも

この『ミイラ女』が何者なのか知らないのだ。

 「その……『謎のミイラ女』よ」

 「わーい、ミスティとセンスが一緒♪」

 「喜ぶな!」

 「じゃあこれは新種の生物なんだ……」 ミスティは手をあごにあて、何か考え始めた。 ポンと手を打って高らかに宣言する。 「命名!

『ザ・マミ』!」

 「あんたね……」

 キキッ……? この間くだんの『ミイラ女』転じてザ・マミは、サキュバスと悪魔の漫才が理解できないらしく、首をかしげて様子を見ている。


 ミュ……ミュ…… さっきまで地面にへたり込んでいたスライムタン・ズは、ようやく痺れが取れ人間の女性型を取り始めていた。 

 エミはスライムタン・ズの様子を眺めながら考えた。 (ひょっとして、この子達が回復するまで時間稼ぎ?……まさかね)

 ミュー…… スライムタン・ズの一人がよろよろと立ち上がり、ミスティの足にすがり付いて何か訴えている。

 (あれ……この子ちょっと小さい?)

 赤いスライムタン・リーダーと他の緑のスライムタン・ズは人型では大人の女性のプロポーションになる。 しかし、ミスティの足にすがり

付いているスライムタンは小学生程度の背丈で、体型は五頭身ぐらいだ。

 「スライムチャン、どうしたの……え?ザ・マミがいじめた?」

 『スライムチャン』と呼ばれた小型スライムタンが、ザ・マミを指差してこくこくと頷く。

 「むー、じゃザ・マミはいじめっ子なんだ」

 ミスティはスライムチャンを背後に庇い、ザ・マミに鋭い視線を投げつける。

 ビー…… ザ・マミの顔めがけ、時速30kmで飛んできたミスティの『鋭い視線』を、ザ・マミはハエでも追い払うかのようにぺしっと叩き

落とした。 結果、ミスティは、包帯を弾け飛ばしそうなザ・マミの巨大な乳を見せ付けられる事となった。

 「むかむかぁ!……エミちゃん、この女、敵……あれ?どったの?」

 「いえ……もう好きにして」

 エミは脱力し、地面に突っ伏していた。


 ミスティはスライムチャンに身振りで離れるよう指示し、ザ・マミと10歩ほどの距離をとって対峙する。

 キッ…… ザ・マミはすっと右手を上げ、そして鋭く手刀で空を切った。

 ヒュン! 風を切り咲き、ザ・マミの『包帯』がミスティめがけて襲い掛かる。

 「たぁ」 気の抜ける掛け声とともに包帯を払うミスティ。

 カッ!  辺りがピンク色の閃光が満たされる。


 ロロロ…… 覆面パトに乗った山、川、谷トリオはマジステール商店街まで来ていた。

 「どこに行きやがった」

 「いませんねぇ」

 「この辺りはビルが少ないし、ミイラ女は移動しにくいんじゃないですか?」

 「うーむ」

 その時、辺りにピンク色の閃光が走った。

 「何だ!?稲妻か?」

 この時覆面パトは、『妖品店ミレーヌ』の近くまで来ていたのだか、三人がそれを知るはずも無かった。

 「山さん、手分けして辺りを調べてみましょう」

 「そうだな」 相槌を打ち、山之辺刑事は覆面パトを降りた。


 キキキーッ!? たじろぐ、ザ・マミ。

 「うそ……」 絶句するエミ。

 ミスティは、ピンク色の閃光でザ・マミの包帯の一撃を弾き飛ばし、平然としていた。

 「へへーん、どうだ♪」 くいっと胸を張る。 「今度はこっちから行くぞぉ」

 つかつかとミスティはザ・マミに歩み寄り、ずいとザ・マミの顔に自分の顔を近づける。 ザ・マミは気圧されて一歩引いた。

 「むっ!」 ミスティがくわっと目を見開き、ザ・マミはついその瞳を見つめてしまった。 するとと、そこに光の渦が現れた。

 「あ、そーれ♪目玉がぐ〜るぐる♪の〜みそぐ〜るぐる♪」 

 キッ……キキキッ…… ふらふらと、ザ・マミがよろけたのは、ミスティの輝く瞳の魔力か、能天気な歌声にあてられたのか。

 「まだまだ! あ、そーれ♪目玉がぐ〜るぐる♪の〜みそぐ〜るぐる♪……」

 よろよろ後ずさるザ・マミ。 それをミスティが追い詰めていく、目を見開いたまま。

 「それトドメ……おりょ?」

 ザ・マミが、ミスティを押しのけるように両手を突き出し、ミスティは足を止める。

 シュルルル…… ザ・マミの両手の包帯が、ぐるぐると回りながら解けていく……と思ったら、両手を軸にして包帯が扇風機のプロペラの

様に回りだした。

 「やややっ?」 ミスティはたじろぎ、後ろに二歩下がった。

 ヒュンヒュンヒュン…… 包帯が白い二重の渦を作り出すと、今度はミスティがよろけ始めた

 「あらあらあら……ミスティく〜らくら♪……」

 ミスティは、包帯の渦で目を回し、ばったりとひっくり返ってしまった。

 キッキッキッキッ…… ザ・マミが勝ち誇って笑う。

 「あ……あんたの頭はトンボ並みかぁ!」 エミが突っ込む。


 ヒョォ…… 風が舞い、黒いフードを被ったミレーヌが、滑るような歩き方で裏口から現れた。

 「……夜中に騒ぐのは……近所迷惑ですよ……」 静かな声に、ザ・マミが笑いを収め、ミレーヌに視線を移す。

 (真打ち登場……かしら) エミはじりじり後ずさりし、逃げ出すタイミングをはかり始めた。

 キッ!…… ザ・マミがミレーヌに包帯の一撃を見舞い、ミレーヌ左手でそれを受けとめた。 と、左手にくるりと包帯が巻きつく。

 「……」 フードから覗く赤い唇が微かにゆがみ、ミレーヌの左手に赤く光る無数の文様が浮かび上がる。

 (あれが『呪紋』……) エミは赤い文様を注視する。


 ミレーヌと如月麻美の二人は、全身にこの『呪紋』が刻まれていて、二人を魔女たらしめているのはこの『呪紋』の力らしい。 しかしエミ

はその詳細を知らされていない。


 「……」 ミレーヌは右手を上げ、左手を捕らえている包帯を撫でた、いや、包帯に何かの『呪紋』を書き込んだ。

 じりじりと音を立て、ミレーヌの左手に巻きついた包帯が黒ずみ、崩れ散った。

 キィィィ! 甲高い声を上げ、ザ・マミは包帯を巻き戻す。

 「……ではこちらから……」 ミレーヌは左手をかざし、人差し指と中指を立てた。 指の間で白い紙のような物がくるくると回っている。 

 「……余りものので申し訳ありませんが……」 そう言いながら、右手の指先で紙片に『呪文』を書き込み、紙片を宙に飛ばした。

 紙片が地面に付く前に、そこから白いものが飛び出して来た。 それは人の形になりながら、宙で一回転しトンと降り立つ。

 キッ!? 

 「獣人?狼女!?」

 オーーーン! 月に向かった吼えたそれは、次の瞬間ザ・マミに飛び掛る。

 キイッ! ザ・マミの放った包帯の一撃が、狼女の胴体を薙ぎ、一瞬で幻の様に消える狼女。

 「……ふむ……」 再び左手をかざすミレーヌ。 今度は五本の指を立て、四つの紙片が回っている。

 キキッ…… ザ・マミはじっとミレーヌの左手を見ていたが、クルリときびすを返すと、裏庭を囲っている垣根を飛び越えて逃げた。

 「逃げた!?」 エミは思わず立ち上がり、垣根の一角に設えてある木戸を開け、後を追って飛び出した。

 バタンと木戸がしまり、裏庭に静けさが戻る。


 「用意がいいんだ、ミレーヌちゃん」 地面に転がっていたはずのミスティは、いつ気が付いたのか、寝そべった姿勢でミレーヌを見ていた。

 「『切手』をそんなに用意しているなんて」


 ミレーヌが使ったのは悪魔の『記念切手』。 かってミスティが作ったもので、短時間だけ女型の使い魔を作り出す事ができる、言わば

式神のようなものだった。

 これに『呪紋』を追加して書き込むことで、ある程度使い魔をアレンジする事も可能なのだ。


 ミレーヌは無言で左手を振る。 宙に待った紙片はすべて白紙だった。

 「あざとい……ハッタリだったんだ」

 「……あいての力量が判らない……むやみに『呪紋』を使って消耗するのは危険……」

 そう言ったミレーヌの背後で、もう一人の魔女、如月麻美が青い顔をして震えていた。

 「何よあれ……どうしてあんなのが来るのよ……私、嫌よあんなのと関わるのは!」

 そう言って麻美は身を翻して店の中に消えた。 すぐに表のドアが開いた音がしたから、店から逃げ出したらしい。

 「あら?弟子が逃げちゃったよ」 ミスティはスライムチャンやスライムタン・ズを集め、いい子いい子して慰めながら呟いた。

 「……どの道を選ぶか、それは彼女が決めること……」 ミレーヌは飛ばした紙片と白くなった『切手』拾いながら応じた 「……その結果を

受け取る覚悟があればですが……」

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