ザ・マミ

第二章 闇に舞う者たちの宴(4)


 「正面!ターンした、谷!」

 「後ろに抜けましたぁ!酔天宮5もかわされています」

 「Uターンします。 注意してください」

 三人乗りの覆面パトとパトカー酔天宮5は、タイヤをきしませながら十数度めのUターンを行う。

 ”酔天宮12より連絡。 署から応援が5台、白バイも2台出たそうです”

 「数だけ来ても混乱するばかりじゃありませんかね」 谷鑑識課員はハンディタイプのビデオを回しながら言った。

 「かもしれんが……おおっと!」

 覆面の屋根すれすれをミイラ女が逆さまになって掠めていった。

 キヒヒヒヒッ……

 「畜生!からかってやがる」 ダッシュボードを叩きながら山之辺刑事が言った。 「疲れるという事を知らんのか?」

 「背後に……いや、戻ってくる」 谷鑑識課員が後席の窓から身を乗り出しながら言った。 右手にカメラを、そして左手に何かを握って

いる。

 「こいつめ、どうだぁ!」 叫びながら差し出した懐中電灯から一条の光が伸び、ミイラ女の顔を照らした。

 キィィィィィ!…… ミイラ女が甲高い声で叫び、左手を振り回す。 ミイラ女の左手から、白い包帯がムチの様に伸びて谷の手から懐中

電灯を叩き落とした。

 「うわぁ!」 驚いて後席に転がる谷鑑識課員。 

 「谷やん」「谷!?」 車を止め、振り向く川上、山之辺の両刑事。

 「だ、大丈夫。 びっくりしただけです。 奴は?」 ズレタ眼鏡をかけ直し、カメラを確認しながら谷鑑識課員が言った。

 「おぅ、脅かすな……ありゃ、どこ行った?」

 「酔天宮5、川上だが奴を見失った。 どこに行った?」

 ”スタバとスィーツショップの入っているビルの屋上に消えました。 ビルの反対側に酔天宮12と8が回り込みました”

 「了解、山さん」

 「おう、急げ!」

 覆面パトは、すぐ近くでパトライトを明滅させている酔天宮5に向けて走り出した。


 (えーと……) エミは困惑していた。 彼女がパトカーとミイラ女の追跡劇を見物していたビルの屋上。 そこにミイラ女が飛び上がって

きたのだ。

 キッ?…… ミイラ女も屋上に人(?)がいるとは思わなかったのか、エミを見つめたまま動かない。

 (下が騒がしい……すぐに警察が来るわね) ちらりと階段に通じるドアを見て、ミイラ女に視線を戻すと、『魔力』を感じるセンサーであ

る二本の角に意識を集中し、ミイラ女の実力を推し量る。

 (たいして『力』を感じない……たぶん小物……この様子だと言葉も話せない、知性があるか怪しい) 遠慮の無くミイラ女を値踏みしな

がら、下で見た警官たちを思い出す。

 (川上刑事はあたしの正体を知っているけど、ほかの人たちは知らない。 私が羽と角を出しているところを見られるのはまずいし、この

ミイラ女を庇う理由も無い)

 カチカチカチ……チーン! エミの打算機が答えを出す。 (警官が来ない内に逃げましょう) エミはじりじりと後ずさりを始めた。

 キッ…… ミイラ女の青い瞳がすっと細められ、エミは剣呑な気配が漂い始めたのを感じた。

 (向こうも友愛精神に溢れているわけじゃなさそうね……これを投げつけてみようかしら?) エミは、右手に下げたクリスマスケーキの

箱に視線を落とす。 第三者が見たら、結構間抜けな格好でにらみ合っていたわけだ。


 不意にミイラ女の青い瞳が爛々と輝き始め、エミの角に感じられる『魔力』が跳ね上がった。

 (えっ?) エミがミイラ女に視線を戻すより早く、ミイラ女の右手から伸びた包帯が、白いムチとなってエミを襲う。

 「きゃっ!」 小さく叫びつつ、右手で包帯を払うエミ。 その右手が包帯に触れたとたん、金色の火花が激しく飛び散り、ケーキの箱が

落ちる。

 (ただの包帯じゃない!?) 

 エミにはいくばかの『魔力』があり、それを使うときには金色の光を伴う。 火花が飛んだと言う事は、『包帯』に何かエミとは異質の『魔

力』が込められ、それがエミの体に満ちている『魔力』と反発した事を意味している。

 キキッ?…… 『包帯』が弾かれたことに首をかしげるミイラ女。 その青い瞳は、獲物を狙う肉食獣の様にエミを見ている。

 ガチガチャッ! 下の階へ通じる階段、その鉄の扉が乱暴に鳴った。

 キッ! ミイラ女の注意がそちらに向いた。 その隙を逃さずエミは空中に身を躍らせる。

 ダーン! 壊さんばかりの勢いで扉が開き、川上刑事を先頭に山之辺、谷、制服の警官が飛び出してきた。

 キキキッ! ミイラ女もエミに続くように、白い残像を残して空中に身を躍らせる。

 「逃げたぞ!」 山之辺刑事達はビルから身を乗り出して、ミイラ女を目で追った。

 「酔天宮8に追跡させろ。 俺達も後から行くぞ!」

 「了解……ん?」 川上刑事は、屋上に転がっている白い箱に気がついた。 「なんだ?」


 (追ってくる!?) エミは二三度羽ばたいて、速度を上げようとする。 しかしエミの出せる速度は、海抜100m以内の水平飛行で時速

40kmがやっとだ。 

 (ビルが高ければ降下して速度を稼げたかな……来る!?)

 背後から一直線に迫って来る『気配』、それを体をよじって避けるエミ。

 ヒュン! さっきまでエミが取っていた進路を、一条の白い帯が貫いた。

 (『包帯』!?)

 空振りに終わった『包帯』は、そのまま先にあるビルの屋上の縁に絡みついた。 そして、激しく震えながら縮んでいく。

 エミは腰につけたポーチからコンパクトを取り出し、背後を伺う。 このコンパクトは鏡が凸面鏡に換えてあり、飛行時にバックミラーとし

て使えるようにしてあった。

 エミは、鏡でミイラ女が飛んでくるのを確認すると、舌打ちして羽ばたきを強め、再度強引に進路を変えた。

 エミの左側を、ミイラ女があっさりと追い抜いていく。

 「速い!」 エミに比べればミイラ女は動きが直線的だが、加速と減速の勢いがエミとは比較にならない。

 (まるで空母艦載機ね。 カタパルト発進で急加速して、アレスティングワイヤーで急減速している)

 その上、ミイラ女は『跳び』ながら包帯をムチ代わりにして攻撃してくる。 エミは『気配』を頼りに交わしているが、このままでは何れ

直撃を受けるだろう。

 (安全な場所に……) エミは無意識のうちに『安全地帯』に向かっていた。


 「酔天宮8、奴はどうした!」 山之辺刑事が覆面パトに乗り込みながら聞いた。

 ”すごい勢いでジグザクに飛び回っています。 何かを追っかけているようにも見えますが暗くて判りません。 今は大通りの外れです”

 「すぐ行く。見失うなよ、川の字!」

 「出します」 川上刑事はアクセルを踏み込んだ。 


 ビシッ!  鋭い音がして、エミの姿勢が崩れた。 

 (羽が!) エミの羽の付け根に、包帯の一撃が命中したらしい。 羽のコントロールが狂って、エミはくるくる回りながら斜めに落ちていく。

 (あれ?) 回転するエミの視界の中に、突然見覚えのある『妖品店ミレーヌ』の屋根と樅の大木が飛び込んできた。

 ソージューキッ!?

 樅の木に化けているスライムタンの声がして、エミの体は高さ10m程の『樅の木』の中ほどに突っ込んで、いや受け止められていた。

 「スライムタン?……そうか『妖品店』の結界の中に落ちたのね……」 

 頭を振って体を起こすエミ、その角に再びミイラ女の気配が感じられた。 

 慌てて気配のする方を向くと、白い弾丸の様にミイラ女が突っ込んでくるところだった。

 モミノキー!! スライムタンは太い枝を腕の様に振り回して、ミイラ女に掴みかかる。

 「いけないスライムタン!奴の武器はー!」

 ビュン! ミイラ女の右手から、包帯が稲妻の様に放たれ、スライムタンの枝を叩く。

 ミャァァァァァァァ!! シビビビビビビビビビ!!

 おかしな声でスライムタンは叫び、続いて『樅の木』が一瞬で溶け崩れてしまう。

 エミは空中に放り出されたが、器用に宙返りをして地面に降り立った。 その周りに緑色の半透明をした塊がぼとぼとと振ってくる。

 地面でヒクヒクのたうつ緑色の塊の中に、一つだけ鮮やかな真紅の塊があり、エミはそれに声をかけた「スライムタン・リーダー……大

丈夫なの!?」

 シビビビビ…… 返事の代わりにのたうつ赤いスライムタン・リーダー。

 この塊達が、スライムタン・ズ。 赤いスライムタンをリーダとして、緑色の11体のスライムタンが合体し、大木に化けるていたのである。

 スライムタン・ズの各々は、分離した状態では人間の女性型をとって行動するのが普通だ。 今も人型を取ろうとしているらしいのだが……

 シビビビビ…… ミイラ女の一撃のせいか、皆自由に動けないらしく、不定形の形でヒクヒク震えている。

 キキキッ…… ミイラ女が勝ち誇ったように笑った。

 (こいつめ……あたし達をどうする気?) エミはいざって逃げながら、ミイラ女を睨みつけた。

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