ザ・マミ
第二章 闇に舞う者たちの宴(3)
加賀病院、10F特別病室。 名札は出ていないが、患者が入院中である事を示すランプが点灯している。 絵張助教授はここに収容
されていた。
なお、火靴助手と池煮得太は5Fの一般病室に入っており、待遇の違いはそれぞれの家族の懐具合の差だった。
目を閉じて横たわっていた絵張助教授の目が突然開かれた。
点滴のが抜けるのも構わず、ギクシャクした動きで立ち上がると、ぺたぺた音を立てて無駄に広い病室を横切り、窓のクレセント錠をは
ずして窓を開ける。
冷たい風が渦を巻き、ミイラ女が幽霊のように滑り込んできた。
うつろな目でミイラ女を見つめる絵張助教授の顔に、喜びの影が薄く広がる……
あぅ……あぅ……
深夜の特別病室に、肉欲の喚起にあえぐぎ絵張助教授の声が響く。
病院の関係者が見れば目を疑ったであろう。 病室にあったの機能的だが無機質な病院用のベッドだったはずだ。 その場所に、白一
色の天蓋付きのベッドが出現していた。
ひぃ……ひぃ……
其処に横たわる絵張助教授に、肉感的な肢体をさらけ出した褐色の肌の女が跨っていた。
メリハリの利いた若い女の体は、だらしない中年の肉体と見事な対象をなしている。 激しい動きに、西瓜のような乳が激しく上下し、こ
ぼれ落ちそうだ。
アハァ……
月明かりが彫りの深い異国風の女の顔を照らしだす。
気品と知性にあふれた表情と、激しい欲望に狂う表情がその顔を交互に支配している。
ぐふぅぅぅ……
助教授は歯を食いしばり、女の腰を突き上げる。
情熱的に動く褐色の腰の中で、無数の襞が肉棒を上に下にと這いずり回り、妖しく熱いタールの沼の様に助教授に粘りついて離さない。
「いいぞぉ……ひひぞぉぉぉ……」
若いとはいえない骨ばった男の腰の上で、むっちりとした質感の褐色の女の腰が這いずり、ときに深く、ときに激しく、上下左右前後に
動き回る。
時折根元だけが見える助教授の男根は、異様なほどに硬く、猛々しく見え、上で激しくよがる女にふさわしい力強さを備えていた。
ハゥゥゥ……ウハァァァァァ……
己が乳をもみしだき、激しくよがり狂う女が、助教授のモノをギリギリと締め上げ、あたかも口で吸うかの如くに激しく吸引してきた。
ひひ……ひっ……げひっげひっげひっ……
助教授の全身が、熱い痺れに硬直し、手がこわばって、空を掴む。
痺れは蕩けるような甘いうずきに変わり、体の力が抜けて……いや、力が股間に集まって、激しくイチモツが震えだす。
げっげっげっ…… ドクッ……ドクッ……ドクッ……
陰嚢の中身が全部溶けて流れ出すかのように、大量の粘る精がイチモツから迸る。 まるで熱い快感に溶けた助教授の体と命を、彼の
イチモツが吸い上げ、女に捧げているようだ。
ハヒィ……ハヒィ……ハヒィ……
助教授の精を胎内に吸い上げながら、女は歓喜の呻きをあげた。
暗い廊下に靴音を響かせ、いかにも「医者」という格好の二人が特別病室に向かっていた。 中年の先輩医師が若手の医師を連れて
特別室の患者を検診に来たらしい。
「フン、特別室とはね。 大方その金で『助教授』の地位も手に入れたんだろう。 高校の同窓生のなかでも最低の男だったからな絵張
君は」
胸に『戯背』とプレートを付けた男が中年の医師が言った。
「おっと、聴診器を忘れた。 日雅君、とって来てくれたまえ」
「は、どこにですか?」
「君、私の部屋に決まっているではないかね。そんなことも判らんのかね」 軽蔑のまなざしで日雅と呼んだ若い医師を見る。
日雅はむっとした様だが、何も言わずに聴診器を取りに行った。
戯背は、そのまま廊下を進み特別室にやって来た。
「……?」 特別室の厚い扉を通して、中からうめき声が聞こえる。 「いかん!ナースは何をモニタしておるんだ!」
戯背は慌てて扉を開き、照明をつけようとした。
が、何か柔らかい物が飛んできて、彼の首に巻きつき、口を塞いだ。
「むぐぅぅぅ?」
戯背は闇の中に引きずり込まれた。 ほどなく、肉欲の独唱の歌い手は戯背に変わる。
マジステール大学の『解析室』で山之辺刑事と谷鑑識課員が『現場百辺』をやっていたところに川上刑事が飛び込んできた。
「山さん、署から連絡です!絵張助教授が襲われたそうです」
「何だと!ミイラ女か!?」
「それは判りませんが、原君の連絡だと犠牲者が出たとか」
山、川、谷トリオは慌てて覆面パトカーに戻った。
「山之辺だ、状況を知らせてくれ」
”はい、それが……えーとヒガイシャがギセイシャで、ハッケンシャがヒガイシャ、通報してきたのはカガイシャとの事です”
「はぁ?」 狐につままれたような顔の山之辺刑事。 原巡査の無線の向こうで困惑している様だ。
「代わります」 川上刑事が代わってマイクを取握る。 「原君、確か彼らは『加賀病院』に収容されたはずだな。 あそこには『日雅』『戯背』
という性の医師がいて、院長は『加賀』という性だったはずだ。それで聞き間違えたんじゃないか?」
”あ……確認します” あたふたしている様子がスピーカ越しに伝わってくる。
「なんだ、その紛らわしい名前の医者は」 憮然とした顔の山之辺刑事。 たいして待たずに、原巡査の声がスピーカから聞こえてきた。
”すみません。 襲われたのは絵張助教授と『戯背』医師で、暴行を受けていたのを『日雅』医師が発見、『加賀』院長が通報を指示した
との事です”
「それで犯人は?」
”人相は不明ですが性別は女、体に密着した白い衣服をまとい、10Fの窓から飛び出したと……緊急連絡!マジステール大通りで、不
審者がビルからバンジージャンプのパフォーマンスをしていると”
「奴だ!」 山之辺刑事がマイクをひったくった。 「商店街か?」
”いえ、大型電気店がある大通りの方です”
「俺達はそちらに向かう。ミイラ女追跡に待機させているパトカーも向かわせろ。それと加賀病院に……」
”吉田巡査と森巡査が向かいました”
「よし、川の字、谷やん、行くぞ」
川上刑事がハンドルを握り、助手席に山之辺刑事、後部座席に谷鑑識課員が収まり、サイレンを響かせて覆面パトカーがマジステー
ル大学を飛び出した。
(被害者の所にまた現れたのか……まるで吸血鬼だな) 谷鑑識課員は思った。 (実は太陽に弱い……なんてね)
「うわ……映画みたい」 マジステール大通りに面したビルの屋上から下を眺めながら、エミは呟いた。
覆面パトカーと普通のパトカー3台が、サイレンを鳴らしながらマジステール大通りを疾走していた。 彼らの先には……ミイラ女がいた。
「化け物か!あの女!」 パトカーの一台で運転席の警官が呻く。
ミイラ女は地を走っているのではなかった。 両手から『包帯』をロープのように伸ばし、それをビルの屋上に引っ掛けて、『スパイダーマ
ン』か『ターザン』の様に空中を移動しているのだ。
「有り得ない!」 谷鑑識課員が唸った。 「あれがロープだとしても、次々にビルに引っ掛けて、先に進むなんて!」
ミイラ女は、右側のビルに右手の『包帯』を引っ掛け、それににつかまって振り子の様な動きで宙を飛び、今度は左手の『包帯』を左側
のビルの屋上に引っ掛け、右手の『包帯』を引き戻す、それを交互に繰り返していた。
「失敗すれば地面に落ちるか、ビルに叩きつけられるぞ」 山之辺刑事が言った。 「第一体力が持たねぇ……おおっ!?」
ミイラ女は急に方向を変え、覆面パトカーの上を行き過ぎて反対側に抜けてしまった。
川上刑事も慌ててブレーキをかけようとする。
「止まるな!」 山之辺刑事が叫ぶ 「後ろから追突されるぞ!」
川上刑事はブレーキから足を離し、バックミラーを確認する。 同時に背後で車がぶつかる音がした。
「ちっ!」 山之辺刑事はマイクを取る。 「酔天宮8!酔天宮5!酔天宮12!無事か」
”こちら酔天宮8、バンパーが凹みました”
”酔天宮5、怪我はありません。 12は避けたようです”
「くそ……」 山之辺刑事は悪態をついてから指示を飛ばす 「酔天宮8の田崎は酔天宮5の後部座席に移れ!」
”はい?”
「頭の上を移動する奴を運転手が注視すると危険だ。 事故を起こしかねん。 覆面と酔天宮5に三人ずつ乗って、運転手は車の運転
に専念、他の二人が前と後ろを見て指示を出す」
”なるほど、覆面と酔天宮5がフォワードですね”
「そうだ、酔天宮8と酔天宮12はバックアップとして後から来い。くれぐれもミイラ女に気を取られて事故るなよ」
”了解。しかし、どうやって捕まえます?”
「追い回して疲れさせる」
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