ザ・マミ

第二章 闇に舞う者たちの宴(2)


 「『呪紋』のノウハウなんて覚える必要があるの?第一、『呪紋』を体に書き込む事で、知識を植えつける事だってできるじゃないの」


 とがった口調でまくしたてているのは如月麻美、マジステール大学付属高校2年。

 「……『呪紋』で植えつけることのできるのは文字にできる知識のみ……そう、貴方達の習慣で言えば学校の試験には合格できても、

実際の仕事に応用するには程遠いもの……」

 つぶやく様に喋っているのは『ミレーヌ』、年齢不詳だがフードの付き黒いローブから覗く口元から判断すれば20前後にしか見えない。

 この二人は『赤い爪の魔女』、両手(ときに足)の赤い爪で人の体に『呪紋』と呼ばれる文様を描くことで、魔性の技をふるうことができる。


 「贅沢言っているわね」 エミは店の奥に足を踏み入れながら言った。

 「でたわね、この泥棒蝙蝠女!」 麻美は色気無縁のセルフレーム眼鏡越しに、炎のような視線をエミに投げつける。 「また学君を狙っ

てるんでしょう!」

 「さあ?」 肩をすくめるエミ。 「それより、彼のことは『ご主人様』じゃなかったのかしら?」

 「う……仕方ないでしょう……学様……じゃなかった学君が嫌だって言うから……」

 「おやおや……微笑ましいこと」 くすくす笑うエミ。


 エミがこの二人と知り合って、まだ三ヶ月経っていない。

 この年の初秋、『ミレーヌ』がこの古道具屋『妖品店ミレーヌ』をここに開いた。

 最初の客となった麻美が巻き込まれた(当人が引き起こしたという説もあるが)『マニキュア』事件において、この三人と話題の主『小池

学』はめぐり合い、麻美は『赤い爪の魔女』の力を得た。

 それは人の心を操り、人の体を変貌させる技であり、およそ人の世に受け入れられる力ではなかった。

 また、その力の源は男の精気であり、大きな力を振るうには多数の男を支配下に置く必要があった。

 麻美は力に振り回され、また正体不明の意思に操られて、自分を見失いかけたが、ボーイ・フレンドの『小池学』にかけた『愛の奴隷』

の呪縛が失敗し、自分自身が『小池学』に呪縛されてしまった。

 正体不明の意思からは解放された麻美だったが、今度は『小池学』に呪縛され、同時に魔力の供給源が『小池学』に限定され、魔女と

しての力もセーブされることになった。

 但し、一番迷惑を被っているのは『小池学』なのだが。


 「それよりもミス・ミレーヌ?呼び出した用件はこれ?」 エミはスポーツ新聞の見出しを見せる。

 「……ミスは無用……」 ぼそりと呟くローブの魔女 「……呼び出したのはミスティ……」

 「あの子が?何の用なの」エミは眉をひそめた。

 ヤッホー! 天まで突き抜けるような声を上げ、エミを呼び出した当人が店に入って来た。

 「いやー!日本人てほんとにお祭り好きねー!」 言いながら被っていた三角帽子を取る。

 「あなたほどじゃ……待って!?」 エミがミスティを止めた。

 ミスティは三角帽子を逆さにし、天辺の飾りを下に引こうとしていたのだ。

 なんとなくそれを見ていた麻美はいぶかしげな表情をし、ミレーヌは店の奥に置かれた巨大なカウンターの向こう側に身を隠している。

 エミはミスティの持っている三角帽子を指差し、次に右手で帽子を持って左手で紐を引くようなゼスチュアをし、最後にぱっと両手を広げ

て見せた。

 するとミスティはにっこり笑って、こくこくと頷いた。

 「あー……ミスティ、そういう事なら表でやった方が良くない?」 エミが恐る恐る言った。

 「そうかな〜そうだね〜」 ミスティは三角帽子を捧げたまま、ドアを開けて再び表に出て行く。

 ドアが閉まると同時にエミは両手で耳を塞いだ。

 ズーン!!

 低い爆発音がして、店全体が大きく揺れ、天井から埃がパラパラと降ってくる。


 ドアが静かに開いて、煤けたミスティがうっすらと煙をまとわり付かせて入ってきた。

 「あはは……ミスティ特製ビッグ・クラッカー大成功……」 そう言うと、ゆらりとピンク色の体が揺れた。

 彼女が床に倒れる前に、風のように白と黒の影が現れ、両側からミスティの体を支えていた。

 「今回は成功かな」 黒い女、ボンバーが言う。

 「さて、もともと爆発するものだからな」 白い女、ブロンディが受ける。

 (どこにいたの、この二人……) エミは心の中で呟いた。


 この年の早春、エミはミスティと出会い、散々な目に遭わされた。

 それから何度か不可思議な事件に出会う中で、ミスティを通じて解決に結びつく情報を入手していたが、最近になって情報源がミレーヌ

だったことを知った。

 ミスティから改めてミレーヌを紹介された際、この二人、ブロンディ、ボンバーに初めて会ったのだが……二人はその場にエミが、いやミレーヌすら

存在しないような態度を取ったのだった。

 ミスティ、ブロンディ、ボンバーそしてミレーヌ。 この四人がどの様な関係なのか、エミは未だに知らなかった。 いや、知ろうとしなかった。

 (興味がないわけじゃない、でも興味本位で覗けるほど軽い間柄とは思えない)  そう感じていたからだった。


 「それでミスティ、何の御用かしら」

 顔を洗ってさっぱりしたミスティを前にしてエミ、ミレーヌ、麻美が尋ねる。 ちなみにボンバーとブロンディはどこかに姿を消してしまった。

 「うん!なんでもこの辺でお祭りがあるらしいから、私達もお祭りの準備をしようと思ってぇ」  楽しそうなミスティ。

 「へー、悪魔がクリスマスを祝うとは思わなかったわ」 皮肉半分

 「……クリスマス?」 ミスティの笑顔が固まった。

 「そう、クリスマス」

 「……あの、赤い……赤い聖者が……煙突から入ってくる……クリスマス?」 引きつった声で言うミスティ。

 「そう、サンタ・クロースが……」

 「サンタ・クロース!!」 ミスティが恐怖の叫び声をあげた。 「クリスマスの夜に、トナカイに引かせた橇でやって来て、どれほど厳重に

戸締りをしても、煙突から音もなく忍び込む赤い影!!」

 「えーと……」

 「『悪い子いねがー』とのろいの言葉を吐きつつ、逃げ遅れた小悪魔たちを、背負った白い袋に詰め込んで連れ去る、赤い神の使い!!」

 「あんたの所のサンタは秋田県出身なの?」

 「北極に連行された小悪魔たちは、北極の玩具工場で24時間三交代、時給666円、連続雇用1年間の契約で、その実寮費、作業服費、

福利厚生費を引かれながらコンビニすら無い北の果てで働かされ続けるのよ!!」

 「妙に契約条件が具体的ねぇ」

 「つらい労働に耐えかねて、逃げ出した小悪魔たちは、待ち受けるトナカイ達の角にかけられ、白い雪原をに骸をさらす!! サンタの

赤い服は、小悪魔たちの血で染められたものなのよ!!」

 「トナカイの角ってそんなに鋭かったかしら」

 「サンタ・クロースを追い返すには……贄よ! 贄がいるのよ!! それがないとミスティはサンタに連れて行かれてしまうのよ!!」

 「贄?」

 ミスティがいきなりエミの両肩を掴み、そのまま前後に激しく揺さぶる。

 「お、お、落ち着きなさいって」

 「ケーキよ!!デコレーション・ケーキを暖炉の前に置くの!!そうすればサンタは其れを食べて去っていく、あれはサンタ除けのお呪い

だったのよ!!」

 「え、え、そうだったの?」

 「そうよ!!今すぐケーキがいるの!!さあ買ってきて!!」

 激しい揺すぶりで、目を回しかけているエミの背中を押して、ミスティはエミを店の外に外に送り出した。

 「作りおきのバタークリームケーキじゃなくて、ちゃんとした生クリームのケーキで、サンタさんが乗っていないとだめだからね〜♪」

 エミを送り出すと、ミスティはクルリと向き直り、「わーい、ケーキだ! ケーキだ!」と両手を挙げてはしゃぎだした。

 「あ、鮮やか……」 あっけにとられていた麻美が呟く。

 「……よく覚えておきなさい。 あれが『魔法も使わず、その場のノリと勢いだけで人を操る悪魔の術』……」

 ミレーヌはケーキ皿とナイフとフォークを用意しながら、大真面目に言った。


 「ありがとうございました」 マニュアル・トークとスマイル顔をインストールされた売り子の声を背に受け、エミは深夜営業のケーキ屋を

後にする。

 右手に下げたクリスマス・ケーキの箱をちょっと持ち上げ、天を仰ぐ。

 「うーん、勢いだけでこんな物を買わされる羽目になってしまった。 あいかわらず油断できない奴」

 エミは、ミスティが見てくれよりはるかに危険な相手だと思っていた。 事実、初めて出会ったときも、ちょっと油断した隙に魂を持って

いかれそうになっている。

 「まあいいか、ケーキ程度なら……待って、クリスマスまでまだ大分あるじゃないの。 当日はあらためて用意させられるの?」

 呟くエミの背後から、騒々しいサイレンの音が聞こえてきた。

 同時につややかな黒髪の間から、二本の角が伸びる。

 「この感じは……」 振り向くエミの瞳が金色の光を帯びている。 「まさか新聞の奴?……」

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