ザ・マミ

第二章 闇に舞う者たちの宴(1)


 「署長!あのミイラ女を捕まえないと被害者が増えるばかりなんだ!」 会議室に山之辺刑事の怒鳴り声が響く。

 「学生、絵張助教授、火靴助手。 もう三人もやられた。 被害者は全員、魂を抜かれたみたいになっちまった」

 山之辺刑事より10は若いキャリア組の署長は、メタルフレームの眼鏡越しに、不快げな視線を投げる。

 彼が口を開くより前に、山之辺刑事と同期の課長が口を挟んだ。

 「落ち着け山さん。 ミイラ女を捕まえないとは言っていない。 他の仕事もあって捜査に割ける人手が足りないんだ」

 「年明けのマラソン大会の準備とか大掃除でしょうが」 憤然として山さんは抗議する。 「被害者が増えてからじゃ遅いんだ!」


 ミイラ女が姿を消して二日、捜査会議は紛糾していた。

 ミイラ女に襲われた学生が原因不明の意識障害を起こし、絵張助教授、火靴助手も同じ状態になっていることが判明し、警察はミイラ女を

三人に対する暴行傷害容疑で手配し、あわせて鷹火車研究員を重要参考人として探していた。

 しかし山之辺刑事達が目撃した、ミイラ女が包帯を使ってビルの上に飛び上がれると言う事実は、酔天宮署の中だけにしか知られて

いない。


 「無理もない、直接見た僕達が信じられないんだから……」 呟く谷鑑識課員。 「しかし、ミイラ女を捕まえたとして……やっぱ取り調べ

るのかなぁ」

 彼はその様子を想像してみた。

 −− 取調室に座ってうな垂れるミイラ女。

 −− 山さんがカツ丼を差出し。 ”ま、食えや昔はこんな食いものなかったろうがな”

 −− 黙ってカツ丼を口にするミイラ女に、”国のおふくろさんは泣いているぞ”

 −− 箸を持つ手を下に落とし、ぽつりと呟くミイラ女。 ”母は……三千年前になくなりました”……

 (なんだかなぁ)


 「少ない!せめて5台、10人!」

 「3台、6人。 これで我慢してくれ」

 「……」 山さんは首を横にふり、唸りながら手を上げた。

 (終わったのか?)

 谷鑑識課員が物思いにふけっている間に、会議は当面の対策を決定したらしい。

 会議室の全員が立ち上がり、どやどやと部屋を出て行く。


 「山さん、どうなってたんですか?」 会議室を出る山之辺刑事を谷鑑識課員が呼び止めた。

 「聞いてなかったのか。 パトカー三台と警官6人、それと別に覆面を一台使わせてもらうことになった」

 「?」

 「ビルからビルに飛び移れるミイラ女だ。 見つけたとしても、人間の足じゃ追いつけねぇ。前もってパトカーを待機させておくんだ」

 「なるほど……しかしパトカー三台では少ないのでは?」

 「仕方ない。これでやるだけだ」山之辺刑事そう言って窓に目をやり、沈み行く夕日に目を細める。

 「さて、もう少し頑張ってみるか」


 日が落ちても、都会の喧騒はすぐには収まらない。 そして聖夜が近づくにつれ、清く静寂であるべき夜は、猥雑さを増していくのが常

だった。

 混沌に満ちた人工の光が乱舞する様を、ビルの上から見つめている黒い人影があった。

 「……恐れを知らぬ者どもが」 苛立った調子の呟きから、それが女であることが知れる。

 女はビルの屋上の縁に立ち、すっと手を横に広げる。 その動きにあわせるように、黒い翼が背後に広がった。

 「闇に住まいしこのサキュバス・エミが、淫靡なる罰を持って、その心根を正してくれようぞ……フフ……フフフフフフフフ」

 エミの含み笑いは次第に哄笑に変わっていき、やがて腹を抱えて笑い出す。

 「……やっぱあたしのキャラじゃないわ、これ」

 エミはビルの端に腰掛、すらりとした足を宙で遊ばせながら、小脇に抱えていたスポーツ新聞を広げる。 

 「『マジステール大学、吉貝教授の研究室で事故?ミイラの呪いか』……」

 中身のない記事を一読し、首を傾げた。

 「『あの』吉貝教授の研究室の関係者だもの、盗掘か異物の不法持ち出しで警察沙汰になったと言うなら判るんだけどねぇ」

 顔を上げて、そこからそう遠くないマジステール大学の方を見た。

 「あそこの体育館で『灯心』騒ぎがあってから四ヶ月。 『蛍』ちゃんの分身でも残っていたのかしら」

 エミは新聞を細かくたたんみ、小脇に抱えなおす。

 「なんにしても、警察が動き出したなら手出しは控えたほうがいいわね」

 彼女は無造作に体を宙に躍らせ、落下しながら翼を広げと、広がった翼が風を受け、黒い体を宙に舞わせた。

 そのままエミは、ビル街の上を音もなく飛びながら、近所のマジステール商店街の外れを目指した。


 ここ、酔天宮町では、最近になって変な事件が連続し、それとともに奇妙な怪談や噂が発生していた。

 一つ、黒服の女とすれ違って振り向くと、女が消えている。

 一つ、駐車場に突然木が生えて、すぐに消える。

 一つ、光る美少女を夜道で見かけると神隠しにあう。

 一つ、赤い刺青の女に声をかけると、化け猫をけしかけられる。

 一つ、ピンク色のコスプレ女を見ると不幸になる。

 一つ、マジステール商店街の外れにはつぶれた古道具屋があったが、いつの間にか消えた。

 これらの噂の幾つか発生には、今マジステール商店街の上を飛んでいる自称『サキュバス・エミ』が関わっていた。

 (これ以上、ここに定住するのは危険かな……でも、情報源としてのミレーヌは捨てがたいし……)

 エミは噂の発生源の一つ、『消えた古道具屋』に向かっていた。


 個性的な店が立ち並ぶマジステール商店街、その家並みに沿ってエミは飛んでいた。

 ふっと空気が変わったと思うと、彼女は『消えた古道具屋』の上空にいた。

 「結界を張って、店一つ消してみせるんだから、すごい魔法よね」

 エミはゆったりした螺旋を描いて緩降下しながら下を見渡す。

 (店舗、物置、裏庭、地下室付で住居部分は3DK、駅から5分の優良物件……いえ、優良魔界かしら)

 店の裏庭には立派な『樅の木』が生えているが、ビル街から近い商店街の一角にしては不釣合いだ。

 と、あろう事か樅の木が身動きし、話しかけてきたではないか。

 ミュミュ、ソージューキ!

 「その呼び方はやめて」 苦笑いするエミ。 「『樅の木』も覚えたんだ」

 モミノキー!


 この樅の木は、『スライムタン』という名で、その正体は魔法技術で作られたスライム状の擬似生物だった。

 擬態能力を持っているが、杉の木の精気で大きくなった為、もっぱら樹木にしか化けられない。

 擬態すれば本物の木と見分けがつかないので、樹木生い茂る山中にでもいれば、絶対に見つからない。

 しかしここは町の真ん中。 擬態で隠れようとすると、昨日まで何もなかったところに突然大木が生えるので、かえって不審がられてし

まい、役に立たない。

 自然とこの結界の中に隠れるようになった。


 エミは斜めに宙を滑って、古道具屋の前に降り立った。 

 店の正面では、ラメ色紙製の三角帽子を被ったショッキングピンクのボディペインティングをした、尖った耳の女の子が金槌をふるって、

歌いながら古道具屋のドアに何かを打ち付けている。

 ガン、ガン、ガン、ガン 「若い命が真っ赤に燃え〜て♪」

 「古い……」 エミがポロリと漏らすと、ピンク色の女の子はリズムを変えた。 

 ガンガンガーンガンガンガン ガンガンガーンガンガンガン 「迫る悪魔の影だ〜♪」

 「悪魔はあんたでしょう、ミスティ。 なにやってるの?」

 「飾りつけ〜♪どうだ!」 得意そうに彼女が見せたものは、クリスマスリースだった。 それも日本の誇るアニメのロボットがずらりと飾

られた、ある意味とってもクリスマスらしいのものだった。

 「あなたらしいけど……悪魔が祝っていいのかしら?」

 このピンク色の『ミスティ』と言う名の娘は、自称『電脳小悪魔』である。

 もっとも、ワープロすら打てないこの娘のどこが『電脳』なんだろう、とエミは思っていたが。


 ミスティにことわって古道具屋のドアを開け、中に入るエミ。

 埃っぽい空気に、濃密な魔性の者達の息遣いがブレンドされた空気がエミを出迎える。

 「なんでこんなややっこしい模様を覚えなきゃいけないのよ!!」

 ヒステリー気味の少女の声が店の置くから響いてきて、エミは顔をしかめた。

 「ヒステリー魔女っ子の怒声は頭に響くわ」

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