ザ・マミ
第一章 ミイラ復活(4)
ダンダン!
扉が激しく叩かれる。
「池さん、寮長です! 入りますよ!」
ノブが回り、初老の男性が池煮得太の部屋に入って来た。
「池さん……なんだこれは」
彼が目にしたのは、白く絡まる糸の塊……一見して巨大な繭の様な物であった。
ヒュン!
首をかしげる寮長めがけ、繭の中から白い帯が絡みつく。
「ひえっ!」
が、寮長が腰を抜かしたのが幸いし、白い帯は狙いを外して扉にあたった。
寮長は転がるように廊下に飛び出し、後も見ずに逃げ出した。
「課長、山之辺です」
山さんは第13号実験棟を出て、12月の夜の冷気に身震いしながら、パトカーの無線で酔天宮署と連絡を取っていた。
”山さん、絵張助教授と火靴助手は病院に収容された。そちらの状況は?”
「関係者の中で、行方がわからないのが一名。 氏名、鷹火車望、職業はマジステール大学日本校、吉貝教授考古学研究室の常勤
研究員、年齢は26、女性。 三日前に解析室に入出記録あり、以後の行動は不明で自宅には帰っていませんが……」
”が?”
「解析室の中に男性二名、女性一名分の衣服が発見されています。 コート、上着、下着、靴下、靴まで全て」
”……”
無線が沈黙した。 課長は山さんの言葉の意味を考えているらしい。
”病院に運ばれた二人は全裸だったから、男性二名の衣服はこの二人の所持品として……女性一名分の衣服は、鷹火車研究員のも
のなのか?”
「その様ですな。 それと、解析室からミ……いや、全身に包帯を巻いた不審人物が逃走したとの証言がありました。 年齢、性別、人
相は
不明。 何らかの事情を知っている可能性があり、重要参考人として捜索中です」
”不審人物が鷹火車研究員なのか?”
「最初はそう考えたんですがね……鷹火車研究員の服が残っていますから、彼女が不審人物だとすると裸の上に包帯を、それも死体
に巻かれていた年代ものを巻いていったことになります」
”そんなことをする理由が考えられんな。第一物理的に無理がありすぎる”
しばらくの間、課長との間で情報交換がなされる。
「で課長は?」「うむ……」
パトカーの中で川上刑事と山之辺刑事が相談していると、谷鑑識課員がやってきた。
「山さん、帰るんだったら乗せてってください」
「谷やん?鑑識は引き上げたんじゃなかったのか?」
「トイレに入っている間に置いてきぼりを食らったみたいで」
「呑気な奴だ」
谷鑑識課員が、パトカーに乗り込んで来てコートを脱ぐ。「川上さんが運転ですか?」
「ああ」 川上刑事頷くのと、無線が鳴るのが同時だった。
「はい、酔天宮21」
”川上巡査、まだマジステール大学ですか?”
「原巡査か。ああそうだけど?」
”マジステール大学の男子学生寮から通報です。 暴漢が進入し、学生の一人が乱暴されているそうです”
「了解、急行する」
パトランプを点灯させ、サイレンを鳴らしてパトカーは第13号実験棟を後にする。
「男子学生寮は……隣町か」
「おい、方向が逆だぞ」
「ここからだと出口はあっちなんですよ」
大学内で、パトカーがサイレンを鳴らして走っていくので、学生がわらわらと出てきて、なかなか速度が上げられない。
ようやく校門を出ると、塀に沿って大学をぐるりと回りこんで行く。
「隣町と言っても、大学と隣り合わせ……ごていねいに、さっきまで俺たちのいた所から塀ひとつ隔てただけじゃねえか」
「塀を乗り越えたほうが早かったですね」
通報を受けてから5分もたって、ようやくパトカーは男子学生寮の前に到着した。
山之辺刑事、川上刑事に続いて谷鑑識課員も寮に入ると、玄関の前で寮長が待っていた。
「さ、三階です!暴漢は、池さんが白ずくめの奴に!」 口から泡を飛ばしてまくし立てる寮長を川上刑事がなだめる。
「落ち着いて下さい、侵入者は三階なんですね」
その時、ガラスの割れる落ちがした。
「今の音は!?」「裏庭の方です!」
寮長の案内で、刑事たちは寮の裏庭に回る。
彼らが雑草が茂った寮の裏庭に入ると、すぐに細い人影が目に入った。
部屋からカーテン越しにもれる明かりが、そのシルエットを浮かび上がらせている。
「誰だ!?」 誰何しながら寮長が懐中電灯を向ける。
光の輪の中に浮かび上がったのは、全身に包帯を巻いた女の姿だった。
「山さん……」
「ああ、どうやらこいつらしい」
山之辺刑事、川上刑事が一歩前に出て、谷鑑識課員は二人の背後に立って上を見上げた。 三階の部屋の一つのサッシ戸が外れて
いる。
「あそこから飛び降りたのか?無茶な事を」
山之辺刑事が警察手帳を取り出し、バッジを見せながら近づく。
「住居不法侵入、並びに器物損壊の現行犯で逮捕する。同行してもらおう」
キッ? 包帯女は小首をかしげ、何か呟いた。 そして万歳するように両手を高々と差し上げる。
「?」 刑事たちは女のポーズの意味を図りかね、一瞬立ち止まる。
ビン! 風を裂く音がして、包帯女の右手から白いものが放たれた。
「おっ!?」 驚いて身構えるる刑事たち。 次の瞬間、包帯女が消えた。
「消えた!?」 川上刑事が叫ぶ。
「上だぁ!!」 谷鑑識課員が空を指差し、寮長が向けた懐中電灯の光の中を白い女体が一瞬舞って、寮の屋上に消える。
「ばかな……ミイラが空を飛んだだと!?」 山之辺刑事はそう言うと、辺りを見回し非常階段に突進する……が。
ビン! 再び空を切る音がして、屋上から一条の白い帯が放たれた、第13号実験棟の屋上めがけて。
「山さん!」 川上刑事の声に山之辺刑事が振り向く。
そして三人と寮長は、ミイラが白い帯に引かれるように宙を飛ぶのを、再び目撃した。
「今のは……やつの包帯? 包帯をムチかロープ代わりにしたと?」 呆然と呟く川上刑事の言葉を、谷鑑識課員が否定する。
「有り得ません!あんな勢いでで手を引っ張られたらよくて脱臼、悪ければ骨折して大怪我します!第一、伸縮自在のロープがあった
としても、あらかじめ引っ張っておかなければ人間を5階以上の高さに引き上げるなんて……」
「解説は後回しだ!」 山之辺刑事は二人を促してパトカーに戻り、ミイラ女の追跡を依頼した。
しかし警官が第13号実験棟に集まるに30分。 その間にミイラ女は姿を消し、その行方は杳として分からなかった。
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