ザ・マミ

第一章 ミイラ復活(2)


 鑑識が写真を取り始める頃、『解析室』に一人の警官が入ってきて山之辺刑事に耳打ちした。

 「第一発見者達だと?何処にいたんだ」

 「すみません、事情があって話を聞くのに時間がかかって」そういって若い警官が廊下にいた三人を部屋に招きいれる。 警備員の制服を

着た初老の男性が二人と、眼鏡に白衣の浅黒い肌をした彫りの深い顔立ちの女性だ。

 「警備員の嗚呼田さん、甲田さん、そして留学生の……」

 「ハイ、私インド系中国人でフェン・シータいいますねん。お見知りおきを宜しくたのんまっせ」

 「……これが時間のかかった理由か」 げっそりした顔の山之辺刑事。

 「は、大学内のネット端末を借用して、筆談で機械翻訳を……」

 山之辺刑事は警官の苦労話を制止して、要点を説明させる。


 「記録では三日前に、鷹火車研究員が数回入室、その約二時間後に火靴助手が入出した記録が残っています」

 「絵張助教授は?」

 「一度扉が開けば、次に閉まるまでに外へも中にも自由に何人でも通れます。火靴助手と同時に入出したのでしょう。その後、退場記録も

ドアが開いた記録もありませんでした」

 「……ふむ、つまり警備記録だけでは、中に人がいるかどうか特定できないのか」

 「はい。火靴助手から、しばらくこの部屋に近づくなと厳命されていたこともあり、警備員は今日まで確認しなかったとの事であります」

 「で、今日になって絵張助教授が姿を見せないことに気が付いて、中を確認しに着たと」

 「いえ、絵張助教授は大変うるさい方なので、いない事はとっくに判っていたそうですが、その方が静かでいいと言うことで……」

 警官の話が脱線しかけたのを止め、話を戻させる。

 「失礼しました。中には温度や湿度管理が必要なものがあると言うことで、考古学部の留学生に立ち会ってもらい、マスターIDプレート

で中に入ったところ、あの二人と干からびたミイラが転がっていたそうです」

 「他に誰もいなかったんだな」

 「いえ、それがもう一人ミイラがいたそうです」

 「なに?」 メモを取っていた手を止め、山之辺刑事が聞き返した。

 「は、三人が確認の為中に駆け込んだ時、背後で足音がしたで振り返ると、ドアから包帯を巻きつけたミイラが走り出て行ったと……」

 「この大馬鹿野郎!!なんでそれを先に言わねえんだ!!」 その場の全員が飛び上がるような大声で、山之辺刑事は若い警官を

怒鳴りつけた。

 「原!……は事務局か。おい、緊急手配だ!ミイラの格好をした……いや、もう着替えてるかも知れんな……とにかく署に連絡してミイラを

手配。それとお前達!」 山之辺刑事は手近にいた警官を呼びつけた。

 「事務局に行っている川の字か原と合流、鷹火車研究員の家に行け。当人がいたら任意で署に来て貰え!」

 命じられた警官たちは、山之辺刑事の剣幕に押されるように『解析室』を飛び出していった。


 「山さん。すみません、ミイラの手配は判りますが、なぜ鷹火車研究員が家にいると?」『石棺』の周りの指紋を取っていた谷鑑識課員が

手を止めて聞いてきた。

 山之辺刑事はじろりと谷鑑識課員の顔を見た。 

 「いいか、ここには三日前から三人の人間がいた、絵張、火靴、鷹火車だ」

 谷鑑識課員は頷いた。

 「今日ここで、絵張、火靴は発見された。するとここから出て行ったミイラの格好をした奴は鷹火車しか残らない」

 「あれは?」谷鑑識課員は床に転がっているミイラを指差す。

 「そこにあるのは『棺』だ。その中に入っていたって事だろう」

 「……なるほど。しかし、鷹火車研究員は何でミイラの格好で逃げ出したんですかね?そもそもここに三日間もこもっていたのは何故で

しょうね?」

 「判らん」あっさりと山之辺刑事。「当人に聞いてみるしかないが……そうだ、この手の『棺』にはミイラと一緒にいろいろ値打ちモンも入っ

ているんじゃないのか?」

 山之辺刑事は警官と話していたフェン・シータ留学生を呼び、副葬品の有無を尋ねた。

 「わかりまへんなぁ。わてらは『石棺』がある事も知らされてませんによって」

 「ふむ、知っている奴が限られていた……となるとますます鷹火車が怪しいか」

 「山さん、憶測、憶測」谷鑑識課員が突っ込む。

 「あ?ああそうだな。とにかく逃げだしたミイラを逮捕しないと」

 「そうですね。ところで山さん、困ったことが一つ」谷鑑識課員は、床に転がっているミイラを見ながら続ける「そうなるとこれは『被害者』

じゃなく『証拠物件』になりますが……『研究資料』下手をすると『文化財』ですよ。どう扱いましょう」 

 「あ……」

 しかし、鷹火車研究員は家に帰っておらず、警察の懸命な捜査にもかかわらずミイラの行方も判らなかった。


 その晩、マジステール大学に隣接する男子学生寮の一つ……

 マジステール大学機械科二年、池煮得太は三階にある自分の部屋で、格安で購入した中古のパソコンを相手に格闘していた。

 コン……

 テラスのサッシ戸を何かが叩き、彼はなんだろうと其方をみる。

 「!?」

 青白い月光を背にして、人影がそこに居た。

 「誰だ?何の用?」 見た瞬間は驚いたが、直ぐ平静に戻って尋ねる。 

 テラスには部屋単位で仕切りがあるが、入寮しているのは男子大学生ばかり、乗り越えることは容易である。 だれか知り合いが、悪

ふざけでも思いついたのだろうと思ったのだ。

 ギッ……チッ…… 金属が軋む音。 続いてカラカラと開くサッシ戸。

 (あれ、錠かけてなかったっけ) いぶかしむ間に、人影が12月の冷たい空気を伴って入って来た……ミイラが。

 「へ……ミイラのコスプレかい」上ずりかけた声を抑えこむ池煮得太。(驚いて見せたら負けだな)

 クッ……ククククッ…… ミイラが喉で笑ったように見えた。 

 (なんだよ……あ、女の子なのか) ミイラの胸はしっかりと膨らんでいる。 

 彼がそこに気を取られている内に、ミイラが滑る様に近寄ってきていた。 そして、彼の顔をミイラの手が掴んだ。

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