ザ・マミ

第一章 ミイラ復活(1)


 ”クリスマスまで二週間と少し、町はすっかりクリスマスの装いになっています” 

 「他に言うことは無いのかね」宿直室のTVに向かって文句を付けたのは、壮年の警察官山之辺一心、通称『山さん』だった。

 山さんが、ズズッーと音を立ててカップラーメンを啜るのと、ガラリと古ぼけた宿直室の扉が開くのが同時だった。

 「山さんここだったんですね」不機嫌な顔で文句を言ったのは『酔天宮署のお局様』こと原摂子巡査。大台を超えて焦っていると言う

もっぱらの噂だ。

 「今は午後二時です、それはおやつですか」

 「報告書は出した、昼飯がまだだったんだ」

 「自分の机で食べれば宜しいでしょう」

 「あそこだと何かとやかましくてね。それに仕事をしてる連中の真ん中でラーメンを啜るのは気が引けてな」

 山さんがすました顔でやり返し、残った汁を一気飲みしていると、捜査課と鑑識の若手が飛び込んできた。

 「や、山さん! ミイラです!」

 その叫びに、山さんは飲んでいたラーメンの汁を吹き出した。


 ここ酔天宮署に取って、『ミイラ』は不吉な言葉だった。

 発端は今年の夏に起こった連続ミイラ変死事件……いや、ミイラは最初から死んでいるから、『ミイラ化した変死体が連続して発見され

た事件』と言うのが正しい。

 とにかく、その不可解な事件を捜査中に、今度は不審な女による『ミネラルウォータ毒物、幻覚剤混入事件』が発生、二つの事件で炎

天下を駆けずり回らされた。

 さらに夏の終わりに、地元の私立大学でガス爆発事故が発生、その時にこの『ミネラルウォータ毒物、幻覚剤混入事件』で回収されて

いなかった毒物が原因とされ、本庁から大目玉を落とされるは、残業は増えるはと碌な目に会わなかった。

 記録上は別々の事件なのだが、捜査を担当した『山さん』達に取っては、『ミイラ』が発端でひどい目にあったという記憶になっていた。


 「何で今頃ミイラなんだ! もう真冬だぞ」

 「ミイラは夏の季語と言うわけではないと思いますが」

 「暑い所に出てくるイメージがあるだろうがよ。雪道を傘をさして歩いてくるミイラなんて変だろう?」

 「そう言えば……そうじゃありません! 例のマジステール大学です。あそこでミイラ化した変死体が発見されたと」

 「ええい、そこで作っているんじゃねえのかよ! 川の字、俺と現場。谷は鑑識、原は消防に救急車が手配されているか確認、それと

応援の連中を集めて後から来い」

 文句を言いながらもすばやく指示を飛ばす。

 谷鑑識課員は鑑識に、原巡査は捜査課に、そして川の字こと川上礼二刑事と山さんは駐車場に向かった。


 サイレンを鳴らしたパトカーがマジステール大学の門をくぐったのは、それから僅か10分後だった。

 「先に誰かはいっているのか」山さんが運転している若い警官に尋ねる。

 「大学前交番の警官が……うわっ!」

 パトカーの前に銀色の物体が立ちふさがり、パトカーは危うくそれを避けた。

 「何だこれは」 川上刑事が呟いた。

 それは出来の悪い人間のオブジェに見えた、身長3mほどの。

 『オブジェ』が腕を振り上げ、意味不明の言葉を叫ぶ。

 メイドンガー!!

 パトカーが慌ててバックすると同時に、オブジェの後ろから中年の白衣を着た男が現れた。

 「こら、この時間は『試作動骨格メイドンガー』のテストをするから通行止めになっているはずだぞ」

 パトカーに駆け寄り、まくし立てる中年の男に、山さんが手帳を開いてバッジを見せる。

 「酔天宮署の山之辺と言います、我々はこの先の第13号実験棟で怪我人が出た通報を受けて来ました。救急車はまだ来ていません

か」

 「何?そう言えばさっきから騒がしいが」

 「先を急ぎます。すみませんが、その『冥土送りの戦闘ロボット』とやらをどけて下さい」

 山さんが言うと、白衣の男は真っ赤になって怒った。

 「戦闘用とはなんだ! この緑川が開発しているのは、純粋に人間のサポートをするロボット・メイドだ!」

 「は、それは失礼しました。でもこの大きさでは家に入りませんね」

 「え……」 根本的な問題を指摘され、固まってしまった緑川助教授を見て、山さんは額を押さえて首を横に振る。


 急いで飛び出して来たのにメイドンガーに邪魔された為、山さん達と鑑識と救急車が同時に第13号実験棟に到着した。

 ストレッチャーを従え、『解析室』に飛び込んだ山さん達は、中の惨状に言葉を失う。

 「これは酷い……」

 乾燥しきったミイラが一体、『石棺』の脇に転がり、他に二人の男らしき物体もある。

 「手と足は、皮が直に骨に張り付いてるみたいだ……頭と胴体はそれほどでもないが」

 「古い絵巻物に出てくる『餓鬼』がこんな感じですね」

 床に転がっている三人を、救急救命士がてきぱきと診察し、ストレッチャーに乗せて行く

 「まず犠牲者三人の身元を調べないと」と川上刑事が言うと、谷鑑識課員が訂正した

 「いえ、犠牲者は一人です」

 「え?」

 「こっちの二人は生きています。それどころか意識もはっきりしていますよ、絵張助教授と火靴助手と名乗っています」

 一瞬あっけに取られた山さんは、すぐ我にかえる。

 「川の字、原、二人の顔写真を取って関係者に確認、いや、そこに落ちている身分証の顔写真と比較。それから身分証を大学の事務

局に持っていって確認」

 「はい」 川上刑事と原巡査は白手袋をすると落ちていた白衣から身分証を外す。

 「何か表面に張り付いてるわね……蜘蛛の糸かしら?」

 「こっちのもそうだ……そんなに長いこと落ちていたのか?」

 首をかしげながら川上刑事と原巡査は身分証を読み上げる。

 「絵張助教授と火靴助手、残る一つは鷹火車研究員、女性です」

 「谷」

 「……ミイラは女性です。多分これが鷹火車研究員でしょう」

 「鑑定が済むまで憶測も断定もするな、それまではミイラの身元は不明だ」

 「すみません」谷鑑識課員が詫びた。

 「三人とも考古学部の関係者です」川上刑事が締めくくる。

 「そうか」山さんは辺りを見回して呟く「『ミイラ取りがミイラになった』訳か……」

 全員がため息をつく『べただ……』

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