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17.『知恵』と『色気』と『力』と『技』と


椎と出井が2階の寝室に飛び込んだのを見て、鶴組長はミスティに向き直った。

「さて…悪戯にはお仕置きと相場が決まってる。 覚悟はいいな」ドスの聞いた声に「よくないよぉ…」とか細い声でミスティが応じる。

ソファを挟んで鶴組長とミスティが向かい合い、組長の右に栄一郎、左に美囲次郎。 空を飛べないミスティでは、囲みを破って逃げるのは難しい。

じりっ、じりっと囲みを狭める3人に流石のミスティもボケをかます余裕がない。 小さな拳を握り、脇を締めて占めて胸の前で構えた。

組長達が意外そうな表情になり、そしてニタリと笑った。

「ぶっ…ボクシングかいお嬢ちゃん?」「やる気だネェ…へっへっへっ…」嘲る様に言う。

ミスティはそんな言葉にかまわず、拳で顔をガードする。

「ち…ちぃかぁよるなぁ〜…そ…それいじょぉ、ちぃ…近寄るとぉ…」震える声で言う。

「へっ…近寄ると?…」笑いながら美囲。

ミスティはピタリと目の下に拳を当てて力強く宣言した。 「…泣くぞ!!…」

リビングの空気が白くなり、三人の顔からニタニタ笑が消えた。

鶴組長は左右に目配せをし、英と美囲と顔をつき合わせて相談を始めた。

「どうします?」「うーむ、泣き喚くガキをやるのは趣味じゃねぇし…」「捕まえて尻を叩くだけにしますか?」


ミスティはそのままソファの影に座り込んだ。

リビングの真ん中では、3人組がミスティをどう料理するか相談している。

わずかな時間稼ぎはできたが、根本的な解決策がある訳ではない。

「神様、仏様、観音様、アラーの神様…いたいけなミスティちゃんをお助けください…」

首から下げた『成田不動のお守り』を手で挟み、すり合わせて祈っている。

スリスリスリスリ…ズリ… 「?」 お守り袋の裏側が剥けたような感触がした。

ミスティはそっと手を開く。

「あっ!」小声で喜びの声を上げるミスティ。 ピンク色の手のひらの上に一枚の切手がのっている。

それは、ミスティが魔女ミレーヌに頼んで作った『悪魔の誘惑切手』だった。


ポルノ女優のきわどい写真から作られたその『切手』は、人間の体に貼り付けられると実体化し、色仕掛けで誘惑するという妙な代物だった。

ミスティはそれを切手の収集家に(むりやり)売りつけて、金と魂を同時に入手しようと画策したのだが…思いつきの計画は最初の試みで破綻し、大量の不良在庫が残っていた。

「やった!売れ残りが一枚張り付いていたんだ! 神様、有難う!」

(賽銭をはずめよ…) どこからか、『神の声』が響いてきたが、ミスティはそれを無視した。

「…とまてよ…」ミスティは、額に人差し指を当て、珍しく考え込む風になる。 ミスティの左頬には、星型のタトゥーがあるのだが、それが濃いピンクから鮮やかなブルーに変わった。

「これは『契約型』だから…自分で貼らないと効力が…うーん…」眉間に皺を寄せて考える。 タトゥーの色が星型の頂点からじわじわと濃いピンクに戻っていく。

「確か…地の所に『呪紋』を刻んでいるから…」ミスティはぶつぶつ言いながら、2本の人差し指で『切手』を挟んだ。 そして、何やら唱えながら指で切手を擦る。

「жвлйвдф…」ミスティの指の間で、『切手』がピンク色の燐光を放ち始めた…


「ちっ、めんどくせぇ!」鶴組長が苛立ちの声を上げる。「おい、英。お前が…」 

あはーん… 異様なまでに色っぽい声が響き、3人は相談をやめてソファの方を見た。

ミスティが隠れているはずの所から、白い足がすうっと伸び、カクンと折れる。

「?」

3人があっけに取られて見ていると、足はその再びソファの影に…入れ替わりに白い物体が現われた… それが腹だと気がつくと…今度は、胸、肩…最後に頭… 体をそらした裸の女が、ソファの影から優雅な動作で立ち上がる。

「…誰だ?お前は?…」鶴組長が言った。

女はぬけるように白い肌で、長い髪の金髪…豊かな胸… 左の乳房に大きなほくろがあって、モデルのような完璧さないが、逆にそれが色っぽい。

「親分…あの小娘が化けた?」

「馬鹿!胸を見ろ。絶対違う」鶴組長が断言する。

「むっ…ぐぅぅぅぅ…」(ぬかせ!ヅラ親父がぁ!) ミスティはソファの影に隠れたまま、怒りの声を上げそうになるのを必死で堪えた。

うふーん… 謎の金髪美女は色っぽい目つきで3人を見て、投げキッスをした。 

ズキン… 3人は思わずズボンを押さえる。 彼らは気がついていなかったが、ミスティの撒き散らした媚薬はちゃんと効力を発揮していた。


金髪美女は熟れた果実のような胸をゆすり、白桃のような尻を振りながらソファの影からこちら側に出てきた。

涎を垂らしそうな鶴組長に滑るように近づき、下から手で顎をすうっと撫でた。

「むっふぅ♪…」鶴組長は女を引き寄せようと手を伸ばすが、女は巧みにその手を交わす。

応接テーブルに大きな尻を乗せ、脚を少しだけ開くと、淫らな手付きでそこを撫で…うっふーん…鼻に掛かった声で喘ぎ声を漏らす。

「くうっ♪」鶴組長が上着を脱ぎ捨て、肩から背中に掛けての桜吹雪の刺青が露になった。 そして、一気にズボンを脱ぎ去ると、でかい蝦蟇蛙のように女に飛び掛った。

きゃあ♪ 女は楽しげに悲鳴を上げて、軽やかな身のこなしで鶴組長をよけた。 そして、カラリと引き戸を開けるとテラスへ出た。

「ぐふふふっ♪待て待てぇ♪」鶴組長がテラスに向かって突進すると、女は笑いながらテラスを走って逃げ出した。

ドドドドドド…親父のスケベ心そのままに、地響きのような足音が壁の向こう側を移動していくのを聞き、ソファの影でミスティが含み笑いをする。

(ぶっ…引っかかった♪ミスティちゃん天才♪ さて、後は残ったお兄様達のお相手を…)

ニコニコしながらミスティはソファの影から顔を出してリビングを見回すと…誰もいない。

「あれ?」 首を傾げるミスティ。 


ドドドドド…ドタドタドタ…待てぇ♪…捕まえて御覧なさい♪… ログハウスを一周するテラスを楽しげな4人分の歓声が移動していく。

「…おーい…」 ミスティの呼びかけに応えるものはいない。

ミスティはソファに腰掛け、誰もいないリビングを見回した。 引き戸の向こうを、時折、金髪美女と鶴組長以下が通り過ぎるが、ミスティには目もくれようとしない。

泣きそうな小娘と、誘っている色っぽい美女のどちらを取るかといえば当然の結果だった…


ミスティは、独りぼっちになったようで、なんだか寂しくなった。

頭をたれて呟く。「皆、意地悪…」

ふぅっ… ミスティの周りで風が舞う。 ミスティは顔を上げずに言った。

「薄情者…」

「あらごめんなさい」悪びれた様子もなくエミが言う。

「『電脳悪魔のミスティ』ちゃんなら大丈夫と思ったのよ♪」と軽く持ち上げる。

ミスティは顔を上げ、エミを見た。 ミスティは泣きそうな顔をしているが、涙は流していない。

「えらい、えらい♪泣いてないじゃないの♪」と半分からかうように言った。

「ミスティは悪魔だもん…悪魔は泣いちゃいけないんだもん…」ミスティは、真面目な顔でそう言った。 エミはそんなミスティに意外な一面を見た気がした。


「ところであの女は何者なの?」

「…んとね…」ミスティが説明を始め、エミは状況を掴むとミスティを制した。

「大体判ったわ。あの女が囮になっているのね…それに貴方の媚薬が効いている間は、多分こちらに注意が向かなくなっているはず…」言葉を切って考える。

(今のうちに探し物を…いえ、この子の話だと『切手女』は一回交われば消えてしまうから、いつ正気に戻るか判らない…。 残りは3人、こちらは2人…まだ時間はあるはず。)

エミはミスティに話しかける。「組長は後回しにして、若いのを一人ずつ誘い込んで落とすわよ」

しかし、ミスティは首を横に振る。

「ミスティが呼んでも来てくれないの…」 情けない声にエミは思わず笑った。「そうねぇ…『色気』が足りないかしらねぇ♪」

ミスティが口を尖らす。「ミスティの方が綺麗なピンク色だよぉ」

エミが微笑む。「その『色』じゃないわよ。 まあ、貴方は『悪魔』だから…『色気』が足りなくても、その『力』と『技』にモノをいわせたら?」

ミスティは一瞬キョトンとして、それから邪悪な笑みを浮かべた。

「うん!」元気良く答えると、部屋の一角にあった焼却炉のような暖炉に近づき薪を一本手に取る。

エミがミスティの意図を測りかねていると、彼女は開け放たれた引き戸の影に張り付いた。 

そして金髪美女がテラスを駆け抜け、その後に続いてやって来た人影に薪を振り下ろした。

ゴスッ… 鈍い音がして、美囲が、そして英が倒れた。 

ミスティは彼らを部屋の中に引きずり込み、服を脱がしながら言った。 「見たか! 『悪魔』の『力』と『技』!」

「そりゃ『力技』だっつーの」エミは人差し指で額を押さえながらミスティを手伝う。

パンツを脱がせたところで、二人は声を上げた。

「きゃぁ♪」「へぇ、始めて見た…真珠入り」

英と美囲のイチモツには10余りの丸い膨らみがついていた。 エミとミスティの目が輝く。


危うし!英一郎、美囲次郎!

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