VS
14.非情のエミ
トッ…トッ…トッ…
エミはレオタードもどき、ミスティはセータにGパン姿で足音を忍ばせ、エミ、ミスティの順でリビングに降りてきた。
ミスティはなぜか『成田不動のお守り』を首から下げている。
「…どーして悪魔がお守りなんか持ってるのよ」
「ほえ。リューノシンのおじ様が霊験あらたかだっていっていたから…」
「?」エミは首を捻ったが、それ以上は何も聞かなかった。
鶴組長以下『待機中』だった5人は、揃って白目を剥いて泡を吹き…見事なテントを張っていた。
ミスティは床に落ちていた組長のカツラを拾い上げ、見事な禿頭をペシペシ叩いて笑っている。
エミはミスティを無視し、裂けた缶を拾い上げるて壊れ方を調べ、顔を上げて辺りを見回す。
(缶は破裂したけどガラスは割れていない…『閃光手榴弾』とかいう物程度の威力かしら…あれなんて言ったっけ)
考えていたことが口に出る。
「たしか…ス…スタ…」
「スカタン?」
「そう、スカタン・グレネード…じゃない! あーしょーもな」エミは額を押さえる。
「大体、何よこれ? 男も女も絶頂に達するんじゃなかったの?」とミスティに文句を言う。
「むー」ミスティはむくれ、目の前にあるエミの背中にツーッと指を滑らせた。
ひぃぇぇぇぇぇぇ… エミは妙に艶っぽい悲鳴を上げ、うずくまってしまった。
「あれぇ♪」ミスティが悪戯っぽい笑みを浮かべる。「どうしたのぉ♪」
「な、な、何をするのよ…ひにゃぁぁぁ!」再び悲鳴を上げるエミ。 ミスティが首筋に息を吹きかけながら舐め上げたのだ。
エミは両手を床について体を支え、荒い息をついている。
「い、今の何。体が痺れるかと…」
「あは、ごめーん♪コーモリ女ちゃんにも効いたみたい」とミスティ。
「な、な、なんですってぇ!」エミはミスティを睨みつける。
「冗談じゃ…ひにゃぁぁぁ!」ミスティがエミの耳を軽く噛んだ。
「ちょっと!ふざけないで!」
「全くだ」二人の背後で太い男の声がした。
「いっ!?」ぎょっとして振り向くエミとミスティ。 いつの間にか組長と4人の手下が目を覚ましこちらを睨んでいた。
「ふざけた真似をしてくれたな」そう言うと、鶴組長が一歩前に出た。
「ひゃぁ!」二人は慌てて立ち上がると、怒りの視線に押されるように後ずさる。 しかし足がソファにぶつかり、バランスを崩して背中からソファに倒れこんだ。
「きゃぁ!」「ひええっ!」きれいに一回転した二人は、ソファの向こう側に落ち込んだ。
「あいてて…」「ふぎゅぅ。重いよう」
折り重なるように倒れた二人は、急いで体勢を起す。 ソファを盾にして、おそるおそる頭を出すと憤怒の表情の組長達と目が合った。
「ミスティちゃん、ピーンチ!」「…余裕あるじゃないの」ミスティを横目で見ながらエミがボソリと言った。
鶴組長が手を振ると手下達は左右に分かれ、二人が隠れたソファを半円形に取り巻いた。
「出て来い」鶴組長がドスの聞いた声で言う。
「そう言われても…」ソファの背にかかっていたダウンジャケットを握り締めながら呟くエミ。
「ねぇ、日本人は忍術とか知っているんだよね?」ミスティが期待を込めた目でエミを見る。
「はぁ?」エミが『何を言っているの?この子は?』と言わんばかりの表情でミスティを見返す。
「だから、コーモリ女ちゃんが『火遁の術』とか『水遁の術』とかで逃げ道を作るとか…できない?」
「あなたねぇ…」エミはミスティに何かを言おうとしかけ、口を閉じた。
「?」首をかしげるミスティを、エミはじっと見つめる。
「忍者…そうね…この際仕方ないか…」
ふ…エミは小さく笑いすっくと立ち上がる。 エミの意図を測りかねて、組長達がちょっと引いた。
「忍法!羽ふ遁の術!」(なんちゃって。)エミはそう言って、ダウンジャケットを引き裂いた。
「俺のジャケットをなにしやがる!」英が怒って詰め寄ろうとした。 しかし、すぐに慌てて飛び下がる。
エミの背中から黒い翼が左右に広がったのだ。
「!?」驚く組長達。 一瞬の間を置いて、エミの翼が大きく打ち振られる。
「どわっ!?」「うわっぷ!?」
ダウンジャケットから飛び散った羽が、エミの翼の巻き起こした風に乗ってリビングで渦を巻く。
組長達、そしてミスティも猛烈な羽吹雪に視界を奪われる。
「わーすごいすごい!…あれ?」
ミスティは無邪気に喜んでいたが、風が収まると隣にいたエミがいない。
「コーモリ女ちゃん?」「ぶえっ…今のはなんだ?」「おっ、エミがいねぇ!?」
「ここよ」エミの声に皆が上を見た。 吹き抜けに面した二階の廊下にエミが立っている。
「あの…コーモリ女ちゃん?」おそるおそるミスティが自分を指差す。
エミもミスティをびしっと指差した。「おとり」
「は、薄情者〜!」ミスティが言うと、「忍者は非情なの」と言ってエミは二階の部屋に消えた。
「ちっ!!」組長は大きく舌打ちする。「おい、椎!出井!エミを捕まえろ!」
「お、親分!? 今の見なかったんですか? あいつ羽があって…飛びましたよ!」と椎三郎が言う。「ありゃ化け物ですぜ!」
「馬鹿野郎!そんなのはトリックかCGだ!!」と無茶苦茶を言う鶴組長。
「そ、そんな馬鹿な…」
「馬鹿とは何だ!」と椎を張り倒す鶴組長。「ぐずぐずしていると飛んで逃げちまうぞ!警察を呼んできたらどうする気だ!」
組長の言い分は支離滅裂である。 トリックならば飛べる筈はない。 飛べるならば椎の言うとおり人ではない。 それに、警察を呼ぶ気ならとっく飛んで逃げているはずだ。
しかし、頭に血が上った組長は聞く耳を持たない。
「…」椎三郎と出井四郎は互いに顔を見合わせると、エミを追いかけると言うよりは組長から逃げ出すようにして、二階に上がった。
ちらりと下の組長達に目をやると、早く行けと組長が身振りで示す。
「おい…出井」「ああ、井伊と恵布はどうしたんだ…」椎と出井は、ようやく中にいるはずの二人の事を思い出し、ためらう。
再び組長の怒声が飛んできた。 二人はやむなくドアを開いて、部屋の中に滑り込んだ。
部屋の明かりは消えていたが、廊下から差し込む明かりで十分見える。
「いねえ…」「おい!井伊!」
二人はベッドの上で白目を剥いている井伊を見つけた。 別人のようにやつれているが、どことなく幸せそうな表情である。
「こ…こいつは」「あいつらの仕業か…」
二人は顔を見合わせた。 未知の恐怖が背筋を寒くする。
「畜生!どこに行きやがった!」耐え切れずに出井が叫んだ。
パタン…
ドアの閉まる音に二人が振り返った。 廊下へ通じるドアではなく、隣の部屋へのドアだ。
「そこか!!」出井がドアを開け隣の部屋に飛び込む。
シュルルル… 「ひぇぇぇぇ!」妙な音と、出井が驚く声がした。
「おい!出井!」椎が続こうとした途端、パタン…今度は廊下に通じる扉が閉じ、部屋の中が真っ暗になる。
「!…」思わず立ち止まった椎の背後で、空気が動いた。
「まず…一人…」エミの声がした。
ゴクリ…
闇の中、第3Roundのゴングがわりに椎の喉が鳴った。
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