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13.悪魔の所業


キィ…

ドアの開く軋み音にミスティは振り返った。

薄い闇の中に輝く金の瞳を認め、軽く舌打ちする。 (んもう…コウモリ女ちゃんも自由になっちゃたのね。)

エミはミスティをねめつけながら部屋に入った。 恵布の傍らにしゃがみ込み、恵布の首筋に手をあてて生きている事を確認した。 恵布の目の周りの黒いあざを見て眉をひそめる。 

「殴り倒したの? 乱暴ね」

「むー」ミスティは頬を膨らませたが、特に反論はしない。


エミは立ち上がってミスティに向かい合う。

「お互い自由になった事だし、これ以上争う必要も無いわよね」ちらりと机の上に目をやる。 そこにはノートパソコンが置かれていて、LANケーブルでADSLモデムに接続されている。

「貴方、『電脳小悪魔』とか言ってたわよね。そこから帰れる?」といってパソコンを指差す。

「えー…どーやってぇ?」と意外そうに言うミスティ。

「どーやってって…じゃあ貴方、どうやってこの辺りに来たの?」

「ボンバーとブロンディに送ってもらったんだよぉ」と嬉しそうに言う。

「…あーそう」と額を押さえながらエミが言う。「で、そのボンバーさん達は迎えに来てくれるの?」

「うん、携帯で呼べば…あー!!携帯を取られちった!」今更の様にミスティが声を上げた。

「しっ!」エミが指を口に当てる。「下に聞こえるわよ…別の電話でもいいでしょう。少し距離があるけど駅まで行けば電話ぐらいあるわよ。それとも其処からメールをうつとか…」

「何処に?」

「何処にって、そのボンバーさんに…」そう言ってからエミは嫌な予感に襲われた。「貴方…連絡先の番号とかメールアドレス、知ってるわよね?」

「うん」ミスティは元気良く応えた。「電話番号は短縮の1番!」

エミは額を押さえて低く呻いた。


「えー…他の電話じゃボンバーにかけられないの?どーして?」ミスティの質問にエミはどう答えていいかわからず頭を抱えている。

「これのどこが『電脳小悪魔』なのよ…」

エミが黙ってしまったので、ミスティは恵布が持って来たピンクのリュックサックをごそごそと漁りだした。 ずるずると『ハンモック』を引っ張り出して検分している。

「あら?あいつらそれも外して来たのね…でもどうして縛られなかったのかしら…」エミは何の気なしに疑問を口に出した。 ミスティは鼻を鳴らして小馬鹿にしたように言う。

「吊るす所に触っても縛られたりしないよぉ。そうじゃないと吊るせないじゃない。コウモリ女ちゃん、馬鹿じゃないのぉ」

エミのこめかみに青筋が浮かびピクピク震える。

「…どうしてかしらね。貴方に『馬鹿』と言われると、物凄く腹が立つんだけど」声を抑えながら言う。

ミスティが首を傾げた。

「そぉ〜?」そして、机の上にあった鏡を手に取り、鏡に映った自分に向かって「馬鹿じゃないのぉ〜」と言った。 

ミスティは驚いたようにエミを向いて「本当だ。 なんだか凄く腹が立つ〜」と言い、鏡の自分に向かって物凄い罵詈雑言を浴びせかけ始めた。

エミは天井を見上げて嘆息した。(どーしてこんなのと係わり合いにならなきゃならないのよ…)


「…ふむ、上が妙に静かだな…」「ですね」

リビングでは鶴組長達が酒を飲みながら『順番待ち』をしていた。

当然、耳を済ませて様子を伺っていたのだが、井伊と恵布が部屋に消えてからしばらくはそれっぽっい雰囲気だったのだが、すぐに静かになってしまった。

「まさか…」顔を見合わせる一同。 其処にミスティの怒鳴り声が聞こえてきた。

「абгд!!…」

「おお、激しいのう」「あのアーパー娘だ。おおい、恵布。やりすぎるなよ」


ガチャン! 頭に血が上ったミスティが鏡を割ってしまった。

ぜーはー…ぜーはー… 肩で息をしながらミスティが呟く。 「勝った…でも戦いの後はいつも虚しい…」「そりゃそうでしょうよ」 突っ込みを入れるエミも疲れた様子だ。

「気が済んだ?」エミは冷たい口調で言う。「気が済んだならそこの窓から逃げなさい」

「コウモリ女ちゃんは?」ミスティが聞く。

「私は…」エミは言葉を濁す。 一緒に逃げるべきだろえか?

(ここは逃げて…駄目よ。あいつらが警察に捕まる前に『アレ』を取り返さないと。今私が逃げたら、あいつらもここから逃げ出すに違いない。取り返すチャンスは今しかない。)

「…やる事があるの」きっぱりと言った。

ミスティは少し考えてから言った。「ミスティも携帯がないと帰れないよぉ」

「…わかったわよ」エミはミスティに言い、下にいる連中にどう対処すべきか考え始めた。


「ねぇ。一人ずつお相手をするのは?」

「何処で?この部屋に来れば…」エミは恵布を指差す「いやでもコレが目に入るわよ」

「駄目かぁ…じゃあ裸で下りていって一度に…」

「二人ぐらいまでならなんとか…貴方は?」

「一人ずつなら…」

「じゃあ二人は余るわよね。駄目じゃない?」

「うーん…」ミスティは唸りながらリュックサックをごそごそと漁る。

「…そーだこれこれ!」そう言うと、リュックから『○ル○ン』の缶を取り出した。

「ゴキブリ退治?まあ下にいるのは似たような連中だけど」とエミがひどい事を言う。

「ぬっふっふっ。これぞミスティちゃんの大発明。媚薬第2号!!」誇らしげに言ってずいっとその缶を突き出す。 

エミは嫌そうに後ずさりしながら言った。「媚薬?それが?」

「そう!1号は男性用として、この2号は男女兼用として開発したの!!この缶からでる煙を吸い込めば、感極まって絶頂に達し、気持ちよく失神できるという…」

「へ、へぇ…そう…」ミスティの勢いに押されて後ずさるエミ。

「いいけど…あたし達は大丈夫なの?」

「うん!!人間用に調合したから大丈夫!!」断言するミスティ。

「そ、そう…」不安になるエミ。 しかし、ぐすぐすしていると下の連中が上の異変に気がつくかもしれない。エミは、一か八かミスティの媚薬に掛けてみることにした。


エミは床に伏せたまま廊下に通じるドアを細く開けた。

下の連中の騒ぐ声とTVの声が聞こえる。 どうやらサッカーか何かを見ているようだ。

「廊下の反対側はリビングへの吹き抜け…ドアを大きく開けば下から丸見えね…」呟くエミ。「どうするの?ここで使って煙を下に流すの?」

ミスティは首をぶんぶんと横に振る。

「こうするの♪」と言って、ミスティは缶の上についたピンを抜いた。 エミが止める間も有らばこそ、ミスティはドアを足で蹴り開けながら、オーバーハンドで缶をリビング目掛けて投げた。

その動作を見て、エミは空から見たキノコ雲を思い出した。

ミスティが両耳を押さえる。 エミもミスティをまねて両手で耳を押さえつつ、体を丸めて息を吸い込み横隔膜を緊張させる。

!!!!!

全身を音と言うには大きすぎる衝撃が揺さぶった。


僅かの間を置いて、甘い香りのする薄い煙が立ち昇ってきた。

ミスティとエミは部屋を出て二階の廊下に出る。 壁際に置いてある古いTVを横目でチラリと見て、吹き抜けから下のリビングを見下ろした。

鶴組長以下、残った5人全員が泡を吹いて失神している。

「やった!媚薬第2号、大成功!!」喜ぶミスティ。

「媚薬の効果じゃないと思う…」ぼそりとエミが呟くがミスティには聞こえない。

ミスティの尻尾が歓喜の余りパタパタと跳ね回り…抜けかかっていたTVのコンセントに触れた。


バリバリバリ!! 「はにゃへげれほえ!!」ミスティは感電して意味不明の言葉を放ち、パタリと倒れた。

弾みでTVの電源が入る。

ピー!! イエローカード!!

TVの中で審判が黄色い札を上げた。

「もう一度やったら退場だって…」エミが呟く。 「ふにゃぁぃ…」廊下に這いつくばったままミスティが応えた。


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