VS

4.私は悪い『女』なのよ♪


「組長〜こっちでいいんですかぁ。山の中ですよぉ」

「当たり前だ。山小屋だからなぁ」

「ログハウスですよぉ」

緩やかなつづら折れの坂をベンツとバンが上っていく。

冬から春に変わろうとしている山は、そこかしこで生命の息吹が感じられ、ドライブにはうってつけだ。

鶴組長は、ベンツのリアシートでふんぞり返ったまま背後を振り向き、バンの連中が缶ビールで盛り上がっているのを見て”困った奴らだ”とでも言う

ように首を振る。

その組長もカップ酒を手にしているのだから何をか言わんやかである。

2台の車はつづれ折を抜け、沢を見下ろして山肌を走る道に出た。

勾配がなくなり速度が上がる。

「おお速いぞ!」「それ抜け!」

平行して走るローカル線の鈍行を抜き去ると、酔っ払ったチンピラが無邪気にはやし立てていた。


「…」

女は車窓から走り去るベンツとバンをじっと眺めていた。 エミである。

(ほとんど賭けだったけど…ついていたようね、ここまでは。)

鈍行に乗っている乗客は少なくエミは向かい合わせの4人がけの席を一人で独占している。

エミは黒くつばの広い帽子を被り、サングラス、黒いロングコートと言う姿で、匂う様な色気と共に剣呑な雰囲気を漂わせていた。

映画に登場すれば、間違いなく『謎の女』という役回りだろう。

他の乗客はエミにチラチラと視線を注ぎ、エミがそっちを見る気配を示すと慌てて顔をそっぽを向く。

(捕まるんじゃないわよ。)

心の中で呟く。


「あのタコ親父!!…」

鶴組長が出て行った後、エミはバッグをどうやって取り返すか考えた。

(組長が警察に捕まってから返還してもらう…駄目。 捕まるとは限らない。 第一…)

彼女は戸籍を持っていない。 バッグが警察に渡れば返還してもらうには身元を明らかにしなければならない。(取り返す…)

となると実力行使しかない。 それならば警察からより、組長達からの方が楽である。

そこで組長が逃げた先を調べる為部屋を家捜ししたのだ。

幸いというか間抜けと言うか、鶴組長は机の引き出しに一軒の家の権利書を忘れていた。

彼が借金の方におさえたものらしかったが、ひょっとすると隠れ家に使うつもりだったのかも知れない。

(…突然警察に追われる事になったから…逃亡先を用意する暇はなかったはず…ホテルには泊まれない…ここに行くかも…)

そう考えて列車でそこに向かい、待ち伏せることにしたのだ。

分のいい賭けではなかったが、ここまではツいていた。


土井中町〜…

山中の小さな町でエミは列車を降りた。

目的地はまだ遠い…がそれは道が曲がりくねって山や谷を越えねばならないからだ。

(一直線にいけば日のあるうちに着ける。)

エミは無人の改札を抜け駅前に出た。

山の中腹にしがみ付くようにして出来た町…というか村。

正面には二、三の商店があるが、その向こうはすぐ谷になり、遠くの山並みが見渡せる。

僅かな通行人がエミに好奇の視線を投げつけてくるのが判る。

エミは辺りを見回す。 駅舎の背後には山が迫っていて、町は線路に沿って細く伸びている。

右手に3階立て学校らしき建物を見つけ、エミはそこに歩いていった。


(…)

校舎は山肌を削ってできた崖に寄り添うように立っていた。

こっそり塀を乗り越え(最近は学校の警備がやかましい。)て校舎の横から裏手に回る。

校舎と崖は2〜3m程度の隙間を空けて立てられ、絶好の死角を作っていた。

(生徒がタバコをすうのに好都合…それとも先生かな。)

エミは隙間に入っていった。

崖を見てもしょうがないと考えたのかこちら側に窓は一つもなく、階ごとに梁が四角く突き出ている

エミは頭上を見上げた。 一番下の梁でも5m、屋上までは15mを越えているだろう。


エミは帽子を脱いで右手に持ち替えた。 艶やかな髪が背中に流れ落ちる。

一番下の梁を見たまま軽く腰を落とす。

頭の中で意志が形となりエミの体を満たす。 風がエミの周りで渦を巻く。

フッ! トッ…

一瞬のうちに彼女は梁の上にあった。 トッ、トッ…さらに軽い音が二度響くと、エミは屋上に立っていた。


「ふぅ…ここからなら見られないわよね」呟いてコートのボタンを外していく。

コートを脱ごうとする。

ズ…ン…

エミは心なしか体が重くなったような感じを覚え、首をかしげた。

「あれ?…そうだ昨日は組長さんだけがお客で…今日はまだ…」

表情が曇る。 その時。

ギッ…

背後で鉄の軋む音がした。


トンッ…エミは屋上を蹴って飛び上がり、背後のペントハウスの上に着地、そのまま伏せた。

キィィィィィ…

ペントハウスの扉が開き詰襟の少年が一人、屋上に出てきた。

(あら)エミが首を傾げる。


少年は背後に監視者がいるとは気がつかない。

突然両手を上げ、下げる。

オイチニッ、オイチニッ、体操を始めた。

(ぶっ…まぁ、おじんくさい。)

大きく手を広げて、体を捻り…動きが止まった。

少年とペントハウスの上のエミの目が合う。

ヒュー…二人の間に沈黙が流れる。


少年は怯えたようによろけて後ずさった。

エミは体を起こし、優雅な身のこなしでペントハウスに腰掛けた。

「うふ…脅かしちゃったかな?」

「…どなたです?」警戒した口調で少年が言う。声が少し震えている。

(ふむ、年の割りに言葉遣いが丁寧…委員長か学級委員になるタイプで成績も悪くない…少々趣味がおじんぽいので女の子にはもてないと…)エミは

心の中で決め付ける。

「さて…そういう君は?」とからかうように言う。

「僕は…」答えかけて、目の前の女が不審者であるとようやく頭が理解した。「

「誰なんです、お…お姉さんは」

エミは少年の前に軽やかに着地し、顔を近づけた。

「うふ…悪・い・お・姉・え・さ・ん…」

そう言いながらエミは少年の手を捕まえ、コートの下に誘った。

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