記念切手

3.配達


我に帰った男は、着替えと掃除を済ませ、改めて白くなった切手シートを見る。
女のシルエットが白くなっていて、料金表示も白くなっている。

「うーむ、いったいこれは…おや?」
男は、女の写っていた部分以外に、切手シートの左隅も四角くミシン目が入っている事に気がついた。
そこも、切手になっている。
絵柄はピンクの似顔絵、さっきの郵便局員のようだ。
「ここは白くなってないな、まだ使えるのか?…むふふふ…さっきみたいに…」
顔がだらしなく笑み崩れ…使用できそうな切手の部分を切り取り、ぺタと胸に貼る。

”はーい♪一名様ご配達♪…さぁおいで♪…おいで♪…ミスティのところに♪…”
頭の中で、さっきの郵便局員の声が響いた。
「何だ?…」
男は驚く…が頭の中に響く声に以外何も聞こえなくなっていく。
虚ろな顔になった男は、残った切手シートを持ってふらふらと外に出た。

ふらりふらりと歩いていく男に、背後から誰かが声をかける。
「Hey」
男が後ろを向くと、例の黒人…ボンバーが、バイクに跨っている。彼女は、右手を上げて親指で自分の後ろを示す。
彼女のヘルメットの額には、小さく切手と同じ似顔絵が書いてある。
それを見ると、男は躊躇うことなく、ボンバーの後ろにタンデムする。
ボンバーは、ヘルメットをもう一つ取り出し、男の頭にガポと被せる。
そして男を乗せて、爆音を響かせて何処かに走り去った。

…………………

気がつくと、男は暗い所で椅子に座っていた。安物のパイプ椅子だ。
周りが見えないが、広い空間の中にいるようだ。埃っぽい空気から、倉庫か何かと見当をつける。
「ここは、どこだ?」
「ハイ♪おじさま。ミスティのアジトにようこそ♪」闇の中に、若い女の声が響く。
声のするほうを見ると、あの女郵便局員が立っていた。
服装が違う。今はテラテラ光る材質のレオタードもどきを着ている。お腹の辺りが開いて、ピアスをしたへそが見えている。
こうして見ると、均整のとれた女らしい体つきをしている…胸はそれほどでもないが。
背後に何かチラチラ見える…尻尾?
「君は…何者だ?」
「小悪魔ミスティちゃん♪」
「嘘だ」きっぱり否定する男。
「い、いきなり否定するなんて失礼ね…」ちょとカチンと来て、同時にたじろぐミスティ。
「悪魔なぞこの世にいない」
「こ、ここにいるじゃ…」
「私の目の前にいるのは、『小悪魔ミスティと名乗る少女』であり、それが悪魔が実在する証拠にはならん」
男が椅子から立ち上がる。ミスティと男は悪魔が実在するか否かについて言い合いを始めた。

一方、暗い倉庫の片隅にブロンディとボンバーがいた。
何をするでもなく、互いのバイクに座っている。
ミスティに積極的に加勢する気はないようである。ブロンディは本を読んでいる。ボンバーが覗き込む。
「何を読んで…へぇ、日本の文字が読めるのか」「ああ、勉強した」
「まじめな奴、何の本だ?」「童話だ、宮沢賢治の『注文の多い料理店』」
「どんな話だ?」「山猫の化け物が人間を騙して食べようとして、最後に看板にうかつな事を書いて失敗する話だ」
「教訓になるな…先にミスティに読ませとくべきだった」「全くだ、いつも詰めが甘くて失敗するからな…」

ミスティと男の言い合いは続いていた、論点が変わっているようである。
「切手シートに尋常でない作用があるのは確認した、しかし君の話の証拠には弱すぎる」
「だからー、その切手を貼ったからおじ様がここに配達されたわけで。おじ様の魂はあたしのものになった訳でー」
「待ちたまえ。仮に魂の譲渡が可能としてだ。私はそれに同意していない」
ミスティがちょっと困った顔になる。
(しまった、ここに『配達』するまでが切手の力だから、魂を『取る』には別に同意を取らなきゃなんないんだった…)
(えい、こうなりゃ力技…いや色仕掛けで…)


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