11:エミと恵美


エミが空を飛ぶ。
人の目ならば、夜景が美しいだろう。
エミの目には、いくつもの人の命が、美しい炎として見えている。
幸福に寄り添う炎もあれば、所在なげに佇む炎も、何かを求めさまよう炎も、全て見える。

「ウフッ、寂シイ男タチ、イトシイ人達、愛シテアゲル、私ガアナタ達ノ全テヲ愛シテアゲル」
軽く町に向け投げキッス、何人もの男が股間を押さえて飛び上がる。
「欲求不満かなぁ…」
暢気な解釈をするものもいる。

マンションに帰りついた。
空から様子を伺う、大丈夫、警察は来ていない。
ずいぶん人を死なせたが、事件扱いになるとは限らない。
あたりを警戒しながらベランダに降り立ち、部屋の中に入る。

いとおしげに角をなでる。
この角こそ彼がくれた最後の贈り物、彼自身である。

割れた鏡に自分が映る。
さっき感じた恐怖は微塵も感じない。
サキュバスとなった自分の姿を点検するうち違和感を覚える。
?…顔が変わっている…
大きな変貌ではない、が、小さめで気にしていた目が大きくなっている。
それに、顔だちも変わり、男を引き付ける雰囲気が強くなっている。
知り合いが見てももはや自分とはわからないであろう。
しかし、この顔は…
「ソウカ…ソウイウコトダッタノ…」
サキュバスの言った事は、言った通りの意味であった…

「コノ部屋トモ オ別レネ……」
何の感慨も無い。人として生きた思いでの品々、ブランド物のバッグ、全てが無意味である。
自分は未来にしか興味が無い……

いや、まだ一つやり残していることがある。
ベッドに身を横たえる、人と…いや恵美と決別するための最後の儀式を始めるときだ。

足を開いて、股間を弄る。
”アノトキト同ジネ…フフ”
最初にサキュバスにされた時を思い出す。
「アッ…ハア…ハアン…イイ…」
身をくねらせ、胸をもみしだき、喘ぐ。
もし、同じ部屋に人がいたら、男でも女でもたちまち虜になるであろう。
淫臭が部屋に満ちて、染み付く…
”コノ部屋、次ニ入ル人ハりふぉーむシナイト駄目ヨネ…ト、ヨケイナコトヲカンガエチャダメ”
エミは喘ぎながら、何か妙にまじめにものを考えている

考える、自分がどうなったか、どうしてきたかを。
感じる、サキュバスの本能を、どうすれば良いか、何を感じるべきかを。

2つの思いは螺旋を描きエミの子宮に収束する。
「クハッ!」
荒い息をつき達した、が、終わっていない。
今度は四つん這いになり、尻を持ち上げ、ヴァギナの周りを広げる。
吸いこんだものを二度と離さない魔性の暗闇から、何かがでてくる。
ポトン、とベッドに落ちたそれは、金色の卵だった。

エミは4つんばいで尻をあげたまま突っ伏している。
息を整え鏡に、始まりの鏡に向き合う。
鏡に書かれた魔方陣を手でこすり消す。
「ツッ!」
手のひらに傷をおい、鏡のかけらが落ちる。
それを拾い上げ、少し見つめ、左手に持ちかえる。

自分の血で魔方陣を再び書いていく、裏返しに。
魔方陣を書き終えると、念じる。
”人間ヨ、来タレ”

鏡の像が揺らめき反転する。
もはや映っているのは「今」の自分ではない。
女が泣いている、ベッドで泣き崩れている。
「泣カナイデ、私ノカワイイアナタ…」

<鏡:終わり>


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