9:彼


−アパート・ヴィッセル 3F−
その”あの人”はビールを飲んでいた。
恵美の事を漠然と考えていた。

コツッ…
かすかな音がする。
「?」
コツッ…
まただ、「外か?」
窓を開いて外を見る。何もない。
窓を閉めようとしたとき、空から黒いものが一直線に飛び込んできた。
「!うわわーーー」
仰け反って交わし、頭をちゃぶ台にぶつけてうめく。
「いってー…何なんだよ今のは…」
振り返ると、部屋の真中に女の足が見えた。

視線が動く、足…ふくらはぎ…太もも…×××(まじまじ)…へそ…戻って×××
やっと裸の女であることを頭が理解する。
女の顔をみる、恵美であった。
「…恵美?…どうした、そんな格好で…」
事態が把握できない。

「助けて…お願い…」
「…まさか?襲われたのか!…」
「違うの…こんなになっちゃったの…」
羽を開く…尻尾が伸びる…眼が輝く…舌が伸びる…男ものびた。

頭に冷たいものが乗せられるて、目を覚ます。
恵美の顔が見える。
「やあ、よかったおかしな夢を…あ…」
恵美の目が金色にみえる。裸だ、翼も尻尾もある。
「…は、は…新手のコスチューム・プレイ…何もそこまで…」
引きつった顔で、言う。
悲しげに首を振る恵美。
そして話す、鏡にサキュバスが現れ自分をこんな姿にしたと。
途中経過は省略したが。
男は正座して恵美の話に聞き入った。

話し終えて、ひざを抱え、背中を見せてうずくまる恵美…白いうなじがまぶしい。
「…信じられない…いや恵美が嘘を言っているとは思わないけど…」
困惑する男…しかし…ゴクリ…男がつばを飲み込む。
二人とも気づいていない、部屋に妖しい空気が満ちてきたことに。
「…でも色っぽくなったよ恵美…なんだか…恵美と…したくなってきた…」
「!」あわてて、男に視線を向ける。
男の顔は情欲に囚われ、ズボンが内側から強く押し上げられている。
今までの恵美ならば、嫌悪を感じて逃げ出したかもしれない。
だが、愛する男の物がそそり立っていると認識すると、たまらない欲求がこみ上げてくる。
”いけない…ドウシテ…コレコソ、ノゾンダコト…だめ!…ホシイ…ああ”
これまでとは比べ物にならない強い欲望、なまじ絶望感に囚われていたため、心の空白が大きかった為、
一度欲望に火がつくと、止まらない、止められない…イヤ、止マリタクナイ…
欲シイノ…愛シテルカラ…愛ガ…精気ガ…魂ガ…
「私も…欲しい…アナタが…」
自分で口に出した言葉にからめ取られて行く。
恵美の目に金色の炎が灯り始める。
「ああ、駄目…我慢できない…」
恵美は魔性の欲望に屈した、人の心が消えていく…。


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