ワックス・フィギュア

26.ミスティ発症


 −−− 某国 北部 某研究所 −−−

 アハァ…… 『肉欲ゾンビ・スライム娘』が達した。

 ゼェー……ゼェー…… ミスティが息切れしている。

 「つ、次……って、あんたら何人いるのよ!」

 『ハーイ』

 手を上げたのが、ざっと20人。 おまけに、最初に達した『肉欲ゾンビ・スライム娘』も復活しようとしていた。

 「きりがないじゃないのよぉ」 悲鳴を上げるミスティ。

 ”どんな具合?” エミがタブレットを通じて聞いてきた。

 「手伝えや!」

 ”どうやって”

 流石にミスティに疲労の色が濃く、いつものお気楽さが見えない。

 ゴホン、ゴホッ……

 ”ミスティ、出かける前に仕込んだ『インフルエンザ』が、発症したんじゃないの?”

 「息切れ、動悸、めまい、熱っぽさ、悪寒、関節の痛みが見られます……」

 ”あー、完全に発症してるわ……薬を飲んで、温かくして、寝るのが一番なんだけど……”

 「おやすみなさい」

 ”こら、まだ寝ちゃだめよ。 何か薬はないの? 研究施設でしょ?”

 「いっぱいあるけど……どれが風邪薬か判んないよぉ……」

 ”取りあえず厚着して、しばらく休んでなさいな。 その娘達の相手は中止した方が良さそうね。 どうも、肉欲に限度がないみたいだし”

 「んーそうするか……じゃあ、あんたたちは……仲間同士でさかってなさい」

 ピー!! 抗議の声が上がった。

 「お姉ちゃんは具合が悪いのよ……おや?」

 ミスティは耳を澄ました。 表玄関の方が騒がしい。 と思ったら、野太い男の声が響いてきた。

 ’聞こえるか!! 民間軍事会社『ツルール』だ。 要請に応じて救援に来たぞ!!’

 「あちゃ。 来ちゃったか」

 研究室のドア横のインタホーンからも声がして、ランプが点滅している。 玄関から呼び出しをかけているらしい。

 「頭が痛くなってきたしー……誰か出てよぉ」

 ピッ?

 『肉欲ゾンビ・スライム娘』の一人が、インターホンのボタンを押した。 スクリーンに男の顔が映る。

 ’ぬぬっ! 貴様、宇宙人だな!? 所員はどうしたぁ!’

 ビェーーーー!? 『肉欲ゾンビ・スライム娘』が悲鳴を上げた。

 「どったのよ? 仕方ないなぁ」

 ミスティがしぶしぶ立ち上がり、インタホーンの画面を見た。 ミスティの顔がピンクから紫に変わる。

 「で、出たぁ!!……あわわわわ、エミちゃんどーしよどーしよ……」

 ミスティはタブレットでエミに助けを求める。

 ”どうしたの?……貴女顔色が紫……ああ、ピンクに青が混じったのね。 風邪が一気に悪化したの?”

 「ききき、来た、出た、アレが出たぁ!」

 ミスティは、インターホンから顔を背け、タブレットをインターホンに向ける。 インターホンの画面が、タブレット経由でエミのスマホに表示された。

 ”ん? 太いゲジゲジ眉に、遠慮のない真ん丸目、ぶっとい鼻に下品な大口……げげっ! 『鶴組長』!? 日本の刑務所にいるはずのあいつが、

なんでこんなところにいるのぉ!?”

 「出たよ『妖怪 油親父』。 あいつ嫌い……」 泣き声になるミスティ。

 ”あ、あたしだって……”

 
  『鶴組長』とは、エミとミスティが出会った時、その場に居合わせた日本のやくざの親分であり、彼は裸の体に油を塗りたくる、『必殺 油親父』という技で

二人に嫌な思いをさせた、どーしよもない親父である。 その後、彼は警察に逮捕され、現在は服役中のはずであった。

  
 ”……まてよ、そーいえば”

 「なに?」

 ”あいつのはとこのまたいとこか誰かが、戦争行って捕虜になり、そのまま現地でマフィアを立ち上げ、その後、民間軍事会社に転身したとか……”

 「あ、あいつの血縁!? でも、でも、瓜二つだよ」

 ”あいつの一族の集合写真を見せられたことがあったけど、遺伝子コピペしたかと思うぐらい、おんなじ顔がずらーっと……、いかん、あたしも頭が

痛くなってきた”

 「ちょっと、エミちゃん! なんとかしてぇ!」

 ’こら宇宙人、出てこい!’

 「あああ、怒鳴ってる。 入ってくるよぉ」

 ”いかん……あいつの『油親父』は、鶴一族に伝わる秘伝の技だとか言ってたから、そいつも使うかも”

 「ぎぇ」

 全身に油を塗った小太りの男が迫ってくる様を想像したミスティは、卒倒しかけた。

 ”そ、そうだ。 まだ満足してない『肉欲ゾンビ・スライム娘』はそこらにいるのよね、そいつらをけしかけなさいな”

 「えーっ、それでいいの?」

 ”民間軍事会社が来ているんでしょ。 体力有り余っている男ばかりだろうから、ちょうどいいでしょう”

 「でも……その人達も取り込まれたら? 騒ぎが広がるばかりじゃないの?」

 ”そのために、わざわざインフルエンザに罹ったんでしょう。 今のうちに咳、くしゃみをして、ウィルスをばらまきなさい”

 「おお、そうか……じゃあみんな、男の人がいっぱい下に……あれ?」

 後ろを振り向くと、さっきまで順番待ちをしていた『肉欲ゾンビ・スライム娘』がひとりもいない。

 「……さっきの『鶴組長』、いんや『鶴隊長』を見て逃げ出したかな?」

 ”逃げたって……どこに?”

 「さぁ?」

 
 ドテドテペタペタと、『肉欲ゾンビ・スライム娘』が研究所の中を右往左往している。 彼女たちは知性を失い、限りない肉欲のみの存在となった……

はずだった。 それが『鶴隊長』の顔を見た途端、『恐怖』という感情を取り戻していた。 しかし、知性を持たない彼女達は、やみくもに逃げ回るしか

できなかった。

 「突撃! わしに続け! おー!!!」

 『おー……』

 隊長と対照的に、隊員は気合入らないようだ。 重たい銃を担いだ民間軍事会社御一行様は、人気のない所内を駆けて行く。 と、一行の前に数人の

『肉欲ゾンビ・スライム娘』が現れた。

 「いたぞ! 宇宙人だ!」

 ビー!? アブラ・オヤジ・ダー!?

 逃げる『肉欲ゾンビ・スライム娘』を、民間軍事会社御一行様が追う。

 「あいつら、隊長の宴会芸の名前、叫んでなかったか?」

 「さすがは宇宙人、何でも知っている」

 「隊長、撃ってもいいすか」

 彼らは、逃げる『肉欲ゾンビ・スライム娘』の一人を、廊下の端に追い詰めた。 と、突然『肉欲ゾンビ・スライム娘』が激しく咳き込み、その場に

ばったりと倒れた。

 「おや? ……『宇宙人は地球のばい菌に免疫がない』 お約束ですねぇ」

 「何だつまらん……ゴホッ!?」

 今度は隊員の一人が激しくせき込みだした。 額に触ってみると、ひどい熱だ。

 「な、なんだ……ゴホッ!?」

 「ゲホッ、ゲホッ!?」

 他の隊員たちも、すぐにせき込み始め、バタバタと倒れていく。

 「こ、これは?」

 「ば、バイオハザードか……ううっ……」

 一時間もしないうちに、所内には動く者はいなくなった、一人を除き。

 「エーミちゃん、全員倒れたみたいだよ……ゴホッ」

 ”追加の部隊が来る前に、撤収しなさい。 あ、最後のテレポートポイントだけは、店内じゃなくて、裏庭にしてね”

 「え?……うん、了解……なんでかな?」

 
 2時間後。 ミスティは妖品店ミレーヌの裏庭……に急遽設置されたビニールハウスの中にテレポートした。

 「ええー?……ゲホン!」

 「インフルエンザが治るまで、そこから出ちゃだめよ」

 「ひどーい……」

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