ワックス・フィギュア
27.終幕
ミスティが某国より帰国して、一か月が経過した。
エミは大学に行き、ランデルハウス教授に面会を求めた。
−−− マジステール大学 『ランデルハウス教授の部屋』 −−−
「某国のインフルエンザは下火になりつつあるようだね。 しかし、妙なインフルエンザだ。 最初はA型だと分類されたが、あとからB型に訂正され、
C型に再度訂正されて、最後にA型に戻っている。 あの国の医療機関は、なにをやっているのだ」
「これじや、ワクチンも作れませんね」 したり顔で頷くエミ。
「流行の範囲も奇妙だ。 最初の流行地域が、ドーナツ状になっている。 流行地域の中心には、『荒れ地が広がっていて、昔の原子力研究施設が
残っているが、今は無人だ』と某国は主張しているが…… SNSでは、『ここで研究していたウィルスが外部に流出した!』とのうわさが飛び交っているな」
「SNSではいつもの事ですわ。 そして真相は闇の中と……」口元だけで微かに笑うエミ。
「うーむ……しかし、これはなんだ『後遺症として短期的な記憶喪失』だと?」
「……」エミが背筋を正す。
教授はスマホの画面を、室内の大型ディスプレイに映し出した。
「患者は回復後、二週間から三週間の記憶を失っている。 こんな症状聞いた事がな……まてよ、たしか一例あったような……」
「あ、ありましたっけ」 背中を冷や汗が伝う。
「まてよ……あれは大学の日本分校、つまりこの辺りだった……」
情報を検索していたランデルハウス教授は、横目で笑みを見た。 そっぽをむいてお茶をすすっている。
「流行の発生の数日に、学内で幾つかのサンプルが紛失、盗難届が出ている……」
「そうですか……ちっとも知りませんでした……」 白々しい棒読み口調で応えるエミ。
「……遠い国の事だが、用心のため予防だけはしっかりしよう」
教授は、ロッカーからマスクを取り出した。 使い捨てのマスクなどではなく、顔全体を覆いごついフィルタがついているタイプだ。
シュコー、シュコー……
『何か問題が発生した……いや、発生しそうなときは、一言注意してくたまえ』
「そうします」
エミは冷や汗を拭いながら、教授の部屋を後にした。
−−− 妖品店『ミレーヌ』 −−−
エミが妖品店『ミレーヌ』に入ると、店番の麻美が、ネットのNEWSを拾い読みしていた。 奥にはミレーヌがいるがミスティの姿はない。
「ミスティは?」
「……昨日から……何かやっているようです……」
ミレーヌは、裏庭に通じる奥のドアを示した。
「そう? 麻美さん、そっちはどう?」
「えーと、『WHOは、某国北部で流行している悪性インフルエンザの新規感染者数が、先週より減少したと発表。 このまま収束に向かうか、
注視しているとのこと。 某国への渡航自粛勧告は、継続される見込み……』 これは、どう解釈するの?」
エミは肩をすくめた。
「どうもこうも、『悪性インフルエンザ』……もとい、『悪性ミスティ風邪』の効力が落ちてきたという事でしょう」
エミは近くの椅子を引き寄せ、どっかと座り込む。
「それより、他のNEWSは出ていない? 宇宙人か、『ワックス・フィギュア』関しての報道は?」
「えーと……『宇宙人』で検索……」
ポチポチとキーを叩く麻美の後ろで、エミが首を横に振った。
「日本語で検索しても、情報は入ってこないわよ。 某国語か、せめて英語いで検索なさい。 それから、検索するキーワードはできるだけ単純なもの
から初めて、絞っていくの。 例えば『red』とか『ET』とかね。 それから、検索したキーワードと結果の記録を忘れない事」
「うー、面倒くさい……」
文句を言いながら、麻美が検索を始めた。
「……便利なものですね……」 ミレーヌが呟いた。
「そうでもないわよ。 これで判るのは、表に出た情報だけだもの。 某国内部の秘密情報までは、判らないわ。 もっとも……」
エミは足を組んで、顎を手の上にのせる。
「情報を公開しないから信用されないのよ、かの国は」
「……そこに付け込んだわけですか……」
「偶然の部分が多いけどね」
エミは、自分のスマホでNEWSを検索しながら続けた。
「某国情報機関が、『例の宇宙人襲撃以降、マジステール大学に目をつけ、隙あらば調査結果を持ち去ろうとしていた』 私達は、それに気がついて
いなかった」
「……公式の調査員を派遣していましたが……それは目くらましだったのですね……」
「まぁ、某国に限らないけど。 今後は、私達も警戒しましょう」
エミがそう言うと、麻美が振り返った。
「でもでも、今回の騒ぎは『ミスティ』の悪魔の力で起きた訳でしょ。 それが『宇宙人』の仕業になるの? ミスティやここが、ターゲットにならないの?」
エミは肩をすくめた。
「『宇宙人』がここにいることは、いまや公然の秘密。 この界隈で超常現象が起きても、まず『宇宙人』絡みと思われるわ。 『ここには悪魔がいて、
怪しげなアイテムやウィルスをばらまいています』なんて、誰も信じないし、SNSでも無視されるわよ。 出来の悪いデマとして」
「そっか……陰謀の信用性としては『某国の陰謀』>『宇宙人の仕業』>『悪魔の跳梁』というわけか」
エミは頷く
「今のところは、少々派手にやっても、『宇宙人』がバリアになって、ここにはたどり着かない」
エミは邪悪な笑みを、口元に浮かべた。
「ところで、肝心の『ワックス・フィギュア』はどうなったの?」
「……再封印して……棚に戻しました……しばらくは……そう……100年ぐらいは……おとなしくしているでしょう……」
エミは、首を傾げてぐるりと辺りを見回した。
「他のアイテムなんかは大丈夫なの? 逃げ出したりしない?」
「……そう言う物もありますが……まぁ……被害が出ても……数人が行方不明になる程度で……」
無責任なミレーヌの言葉に、エミはため息で応じた。
「『ワックス・フィギュア』に取り込まれた……というか、同化された人間は? 『悪性ミスティ風邪』が治れば、また他の人間を襲い始めるんじゃないの?
そうなったら、また某国で騒ぎが起きるかも」
「そーれはないっしょ♪」
場違いな明るい声でミスティが応じた。 丁度、裏口から入って来たところだったが、ボンバーを伴い、二人とも土まみれだ。
「『ワックス・フィギュア』は、欲望の火がつかないと動き出さないから♪ 風邪でバタンキューした時点で、みな火が消えてるはずだよ♪」
「『はず』? 本当に、本当に、大丈夫なの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。 ほら、オリジナルの『ワックス・フィギュア』も動かなくなってるでしょ? 同化された連中も、火が消えてしまえば、固まって
ただの蝋人形にしか見えなくなるって」
「そう?……まぁ、貴女を信じるしかないけど……でも、そうなると、研究施設の内外に『ワックス・フィギュア』、もとい、赤い蝋人形が散らばっている
ことになるじゃないの!」
「ミスティを甘く見ないでよぉ♪」
ミスティは、エミと麻美を伴って裏庭に出た。(ミレーヌは残った) ミスティが帰国したとき立っていた、ビニールハウスが撤去され、ごく小さな小屋が
立てられていた。 背後の壁は、斜め下に伸びている。
「ということは、地下への階段?」
「そーそー」
ミスティが扉を開け、下に降りていく。 意外にしっかりした造りの階段をおり切ると、そこにも扉があった。
「御開帳♪」
ミスティが扉を開けた。 中を見たエミと麻美は硬直した。 様々なポーズの十数体の『赤い蝋人形』が、そこに展示されていた。 「……あ、貴女……
これは……」
「ちゃんと、全部回収してきたよ♪」
「だ、だってあなた。 自分以外に運べるのは、せいぜい10Kgって……」
「うん。 だから、10Kgを超えないように、切り分けたの♪」
ゲッ!
一声呻き、エミは一体の『赤い蝋人形』を調べた。 首や手足、胴体を切り分けた後が残っている。
「あ……あなたこんなことして……」
「だーいじょうぶ♪ これはぁ『肉欲』を核にした、人型のロウソクみたいなものだもの。 核さえ壊さなきゃ、切てもまたくっつくから♪」
「い、いやそういうことじゃなくて……もとは人として動いていたものを……」
「ばらばらにして運ぶなんて……」
震えあがるエミと麻美に、ミスティは笑顔を向ける。
「だから、これは『アイテム』、ただの道具なんだって♪」
あっけらかんと言い切るミスティに、二人は改めて恐怖を覚えた。
全員が階段を上がって外に出ると、ボンバーがミスティに一枚の板を差し出した。 ミスティはそれを階段小屋の扉にガンガンと打ち付けた。 そこには、
こう書いてあった。
『マダム・ミスティの蝋人形館』
<ワックス・フィギュア 終> (2024/02/25)
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