ワックス・フィギュア

24.ミスティ突入


 「ふぐぅっ!」

 スマート・ミスティは、しきなり麻美の唇を奪った。 麻美はじたばたと暴れたが、逃れることが出来ない。

 「ぷはぁ」

 1分ほど後に、スマート・ミスティが彼女を解放すると、麻美はその場にぺたんと尻もちをついてしまった。

 「い、いきなりなにするの……」

 「ひ・み・つ……それよりエミさん、『ワックス・フィギュア』はこの辺りにいるみたいなの」

 スマート・ミスティは、エミのスマホに地図を表示させ、某国の1点をマークした。

 「何もないみたいだけど……」

 「場所はあっているはずよ。 だから、そこまでテレポートでいく『ルート』を用意してくれる?」

 「テレポート……」

 エミが嫌な顔をした。 ミスティにはテレポート能力があり、地球の、いや宇宙のどんな場所にでも一瞬で移動できた。 但し、テレポート前後で、保有

している運動エネルギーは変わらないという制限があった。 このため、例えば地球の反対側にテレポートすると、地球の自転運動の関係から、周りの

空気や地面との相対速度が音速を超えてしまう。 よって安全にテレポートするには、一回で100km程度に抑える必要があった。 スマート・ミスティが

エミに頼んだのは、100km刻みでテレポートするため、テレポート先を示した地図の作成だった。

 「タブレットに地図を入力しておくけど……『ワックス・フィギュア』はテレポートで送れるの?」

 「甕ごと送れば、多分大丈夫よ」

 ミスティが一度にテレポートできるのは、自分自身、または10kg程度の物体のいずれかに限られた。 このため、荷物を持ってテレポートする場合、

荷物を先に送り、その後でミスティがテレポートする必要があり、結構面倒だった。

 「じゃあね。 準備があるから3日後に会いましょう」

 「準備って?……あ、帰っちゃった」

 エミの疑問を受け流し、スマート・ミスティは妖品店『ミレーヌ』から出て行った。


 −− 3日後 −−

 ゴホン、ゴホン……

 盛大にせき込むスマート・ミスティが妖品店『ミレーヌ』にやって来た。 マスクをして、かなり厚着をしている。

 「随分と具合が悪そうだけど、大丈夫なの? 麻美さんも寝込んでるみたいだし」

 エミが尋ねると、スマート・ミスティはコクコクと頷きながら、地図を入力したタブレットを受け取る。

 「ありがとう……ゴホン」

 スマート・ミスティは、タブレットを上にかざした。 彼女が捧げ持ったタブレットがふっと消える。

 「じゃあ、行ってくる」

 スマート・ミスティが消えて……、厚着をしたブロンディがその場に現れた。

 「え? あれ? ミスティは?」

 エミはブロンディに尋ねたが、ブロンディは無表情で、人形のように立ち尽くしている。 困惑したエミは、奥のカウンターに座っているミレーヌの方を見た。

 「……スマート・ミスティは……知性のブロンディと……小悪魔ミスティが一体化した存在……ミスティだけがテレポートして……ブロンディが……

残されたのでしょう……」

 ミレーヌの答えに、エミが首をひねる。

 「すると……ミスティは?」

 エミのスマホに着信があった。 発信元は、ミスティに渡したタブレットだ。 エミが電話に出ると、ミスティの声がした。

 ”ゴホン、ゴホン……さぶいよ……”

 「……中止したほうがよくない?」

 ”行ってくる……”

 通話が切れた。

 「風邪をひいてるのに、なんで」

 「……風邪をひく……必要があったのでしょう……」

 「え?……あ! アレか『悪魔のウィルス』」

 「……おそらく……」

 ミスティがウィルス性の風邪を引くと、ミスティの体内で繁殖したウィルスはパワーアップして『悪魔のウィルス』と化す。 それに感染した人間は、重い

風邪を発症し、数日間は意識が混濁、身動きすらでき無くなる。 そして、風邪が治った後も。感染前後の数日間の記憶を失ってしまう。 以前

マジステール大学付属高校で、女生徒がサキュバス化する事件が発生したとき、ミスティがそのウィルスをまき散らし、事態を収束したことがあった。

 「収束? この辺り一帯がパンデミック・パニックになって、うやむやになっただけじゃないの」

 「……そうかもしれませんが……少なくとも今回は……」

 「ん?」

 「……パンデミックは……よその国で発生しますから……」

 「それもそうか」

 エミとミレーヌは、安堵の息をついた。

 
 数十回のテレポートの後、ミスティは某国研究施設にたどり着いた。

 「ありゃ?……ゴホッ」

 施設の中は惨憺たるありさまだった。 あちこちで、扉がこわれ、モノが散乱し、消火剤を巻いた後もあった。

 「はて? 3日前は確かひのふの……女性2人が『ワックス・フィギュア』化し、男性2人が捕まって、他に警備員が1人いたはずだけど……なーにが

あったのかなー」

 ミスティは、そこらに落ちていた衣服を着こみ(裸で寒かったらしい)、きょろきょろと辺りを見まわした。

 「んー……」

 少し考えた後、タブレットを起動して、エミのスマホに電話をかけた。

 ”ミスティ? どそちらはどう?”

 「こーんな感じ」

 タブレットで、辺りを撮影して画像を送る。

 ”……何があったの……”

 「わっかんない♪」

 ”……記録を探して。 警備室のビデオモニタ、落ちているスマホ、メモ書き、そこらにない?”

 「はーい」

 ミスティは、きょろきょろと辺りを見回しながら廊下を進んだ。 エミの言うとり、衣服の傍にスマホが落ちていることもあったが、プロテクトがかかっていて

中がみれない。 何かないかと探すうちに、TVモニタが並んだ部屋……警備所にたどり着いた。

 「TVだTV♪ エミちゃん、どうするの?」

 ”……TVレコーダと同じボタンはない? 三角の『再生』ボタンがついているやつよ”

 「自爆ボタンだったりしないかなぁ」

 ”そんなものあるわけが……いえ待って……地図にないという事は秘密の施設だから、ひょっとして……”

 「あ、三角ボタンめっけた。 ポチッとな♪」

 ”ちょちょっと”

 「お、TVに何か映った」

 ”……タブレットで映して見て”

 ミスティはTV画面にタブレットのカメラを向けた。 TV画面には、白衣を着た男が慌てた様子で何か叫んでいる。 早口の外国語なのでミスティはもちろん

エミにも意味が判らない。 突然、男の背後から赤いものが襲い掛かり、画面から男の姿が消えた。

 「おお、スーチャンお気に入りの『マックイーン危機一髪』かな」

 ”そうだといいけどわね……音声のテキスト化は……”

 『…… b армию!』

 「なーに言ってんだか、わっかんなーい」

 ”……まずい”

 「え?」

 ”ミスティ! 『ワックス・フィギュア』の回収を急いで!”

 「ほえ?」

 ”怖いおじさんがいっぱい来るの!”

 「なにしに〜♪」

 ”なにって……あーもう、あんたをとっ捕まえて、お尻をペンペンしに来るのよ!”

 「どひぇぇぇぇ!」

 ミスティは警備室から飛び出し、廊下を走る。

 「ど、どこを探せばいいのかな?」

 ”リンクしてるんでしょう! それを辿りなさい!”

 「そ、そっか……あっちか!」

 ミスティは、ひの居場所を検知し、右に曲がる。

 ズシン!

 「エミちゃん……壁にあたった……」

 ”直線で動くな、馬鹿者! 壁に沿って、近い方に動け!”

 「ほーい……いてて……ハックション!」

 ミスティは、『ワックス・フィギュア』の所在を感じ取りながら、廊下伝いに移動し、研究室を見つけた。 扉を開いて中に入る。

 「おわっ」

 ”見つけた?”

 「と思うけど……どれかな」

 研究室の中では、多数の赤い女体が蠢いていた。 女体たちは、意味不明の喘ぎ声をあげ、のたうちながら互いに交わっている。

 「どれだと思う?」

 タブレットを向けて、エミに尋ねる。

 ”あんたに判らんものが、私に判るはずないでしょう”

 「そりゃそーだ」

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