ワックス・フィギュア

20.連鎖


 ペタッ、ペタッ

 へたり込んだワーリャにオルガが迫ってくる。 咥えこんだヤコブの『モノ』を、尻尾のように引きずりながら。

 「ひっ!」

 後ずさる背中に壁、そして絶望が心臓をわしづかみにする。

 「……」

 追い詰められたワーリャは、覚悟を決めた。 怯えたふりをしつつ、オルガの体を舐めるように観察する。

 (……『宇宙人』に体を乗っ取られた?……いえ……乗っ取られつつあるの?……)

 赤く透明な体の奥に、内臓や筋肉、骨が透けて見える。 グロテスクな光景だが、その人体のパーツが、溶けるように消えていく。

 (……生きたまま食べられ?……それても置き換わっている?……)

 「オ、オルガ。 貴女、平気なの? 苦しくないの?」

 ワーリャの問いかけに、オルガは首を傾げた。

 「苦しい? どうして?」

 「貴女の体、中身が……」

 「なに? 別に感じないわよ……それどころか、すごくいい気分……ふふ……ふふふふ……」

 ワーリャは、必死に考える。

 (平気なはずはない。 呼吸器や循環器が損傷すれば、苦しくたまらないはず……赤いゼリー状の体が、生命を維持していても、脳が知覚しないはずが

……ひょっとして)

 ワーリャは目を見開いた。

 「オルガ、貴女の体。 どうなっているか自分でわからないの?」

 「どうなっているか? さぁ……別にいいじゃないの……気にならないし……フワフワとして……いい気分……」

 オルガは、夢見るような口ぶりで答える。 その体からは、内臓があらかた消え失せている。

 (薬物か何かで、痛覚を麻痺させて……それとも、神経や脳に何かしているの?)

 ワーリャはオルガの体を観察し、持てる知識を総動員して彼女の体に何が起きているか、推測しようとした。

 (腹部は……動いているのはヤコブね……胸は……肋骨がもう見えない……頭は……ん?……目が光っている?)

 オルガの眼は、赤い瞳の形だけが残っているが、そこが微かに光っていた。 ワーリャは、その光じっと見つめた。

 (なに……引き込まれるみたい……)

 ワーリャの顔から表情が消えていく。 オルガは、ワーリャに呼びかけた。

 「ワーリャ」

 「なに……」

 「何を望むの……」

 「望み?……」

 (望み……望みって……なに?……)

 ワーリャの頭の中で、オルガの問が反響し、心の奥底から何かが沸き起こる。

 「望み……」

 呟くワーリャの前で、オルガは体をくねらせ、喘いだ。 ヤコブのモノが大きくうねったせいだ。

 「あ……はぁ……」

 熱い喘ぎがワーリャの耳朶を打ち、生き物としての欲がゆるりと動いた。

 「……ん……」

 今度はワーリャが身もだえし、苛立ったような声をあげる。

 「欲しい……」

 「え?」

 「欲しいの……ソレが……欲しいの……感じられる体が……」

 オルガが笑った。

 「正直ね……クフッ……」

 膨らんだオルガの胸がピクピクと震えた。 赤いクラゲのような膨らみの中で、何かが蠢き、乳首が尖り、そして。

 ビューッ

 激しい勢いで、赤い粘液が乳首から迸り、ワーリャの顔から腹辺りを直撃する。

 「きゃぁ」

 粘液の直撃で、ワーリャーが正気を取り戻し、気味の悪い粘液をぬぐい取ろうとする。

 「がばぁ……ひごふぅ……げぼぅ……」

 粘液はヌメヌメと蠢き、ワーリャの口や、鼻から中に入り込んだ。

 (い、息が……ぐうっ?)

 粘液は、あっという間に消え去り、すぐに呼吸が楽になった。 慌てて顔を拭ってみたが、粘液は跡形もない。 白衣を濡らしたはずの粘液も

残っていない。

 「な、なによこれ……」

 ズルン

 「ひっ!?」

 下腹部に違和感を覚え、慌ててズボンを広げ下腹を改める。 赤い粘液が、ショーツの中に消えていくのが見えた。

 ズリュ

 「ひっ」

 股間に粘っこい感触があり、すぐに消えた。 ワーリャは恐れも忘れ、オルガに怒りをぶつける。

 「なによ、今のは!?」

 「すぐにわかるは……ほら……」

 ズクン

 「ひっ!?」

 下腹の中で、何かが動いた。 あの『粘液』に決まっている

 「いやあっ!」

 ワーリャは、嫌悪感に足をばたつかせ、ズボンを下着ごと脱ぎ捨てた。 たるんだ下腹が露わになったが、構わず自分の秘所を指で探る。 滑る感触は

あったが、異物は感じない。 すでに奥に入り込んだようだ。

 「駄目ぇ!」

 叫んで立ち上がり、医療器具が保管してあるロッカーに駆け寄った。

 ズ、キン!

 「あぐぅ!?」

 膝をついて崩れ落ちるワーリャ。 秘所の奥、女の神秘、そこに強い衝撃を受けたのだ。

 「い……いまのなに……」

 ズン!

 「あひっ!?」

 再びの衝撃。 最も大事な場所を、熱いものが突き上げたかのようだ。 しかし、そこには何も入っていないはずだ、『粘液』意外。

 「いい……いまの……」

 「凄いでしょう……ソレ……」

 オルガが、脇にしゃがみこみ、顔を寄せてきた。

 「アレが貴女を『愛して』くれているのよ……」

 「ひ……」

 嫌悪感に青ざめるワーリャ。 が、次の瞬間。

 ズズン!

 「ひぃっ!」

 奥底に熱いものが叩きつけられ、脳天まで快感の衝撃が突き抜けた。

 「あ……ああ……」

 「ね……凄いでしょう……」

 呟きながら、オルガはワーリャの白衣に手をかけた。

 「男なんてなくても、アレが貴女を気持ちよくしてくれる……貴女はただ、よがっていればいいのよ」

 「そ……そんな……あぅっ」

 ズクン、ズクン、ズクン……

 立て続けの快感に、頭が真っ白になるワーリャ。 オルガは、その白い体に自分の体を重ねる。 赤く半透明の体の中には、もう人体のかけらも

見当たらない。

 「さぁ……あなたも……」

 絡み合う白と赤の女体から、快楽の喘ぎ声が紡がれ、部屋を満たしていった。

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