ワックス・フィギュア
18.変貌
『ワックス・フィギュア』の甕はケージに保管され、女性研究員は担架で医務室に運ばれた。 彼女を運んで来た警備員は、付き添いの女性研究員を
残して引き上げ、後には気を失った女性研究員、付き添いを命じられた男性研究員、そして当直の女性医務官が残った。
「何があったの……えーとヤコブ?」
中年の女性医務官のワーリャが、付き添ってきた若い男性研究員のネームプレートを見ながら聞いた。 人員の入れ替わりが多い施設のため、互いに
面識が無いことが多かった。
「調査中の宇宙人に襲われて、失神した……と聞いています」
「は? 『宇宙人』? 冗談はよしなさい!」
施設自体は極秘扱いだが、施設の所員は極秘情報へのアクセスが許可されていた。 しかし、『宇宙人』を運び込んだという情報は、周知されていなかった。
「冗談ではありません。 彼女は『宇宙人』に襲われて……その……とにかく手当をお願いします」
言葉を濁すヤコブに、ワーリャは険のある眼差しを投げかけ、ベッドに横たわる女性研究員を診察する。
「ID−XXXX……名前はオルガ。 年齢59……」
医療データベースから情報を引き出し、服をはだけて診察に入る。
「脈拍……呼吸……体温……え?」
ワーリャは戸惑ったような声をあげ、データベースの情報を再確認する。
「この人、別人のネームプレートつけてるの?」
「え?」
後ろを見ていた(女性の検診中なので)ヤコブが、ワーリャの肩越しにデータベースを見る。 オルガの身体データが、顔写真と共に表示されている。
「合ってますよ」
「年齢59よ、このデータだと。 そうは見えない」
ワーリャが振り返り、つられてベッドのオルガを見てしまうヤコブ。 はだけた白衣の間から、白く張りのある肌がのぞいている。
「こら」
「すみません……肌年齢が若い人なんじゃないですか?」
「でも顔が……似てはいるけど……」
オルガの顔を見るヤコブ。 確かに顔の肌も張りがあり、40、いや30代と言っても通りそうだ。
「失神したせいですかね」
「馬鹿な事を言わないで、顔だけなら化粧次第で若く見せられるけど……」
ワーリャは、オルガの白衣を大きくはだけ、ブラジャーを外す。 はち切れそうな乳房がブラを弾いた。
「……」
ワーリャは拡大鏡を持ってきて、オルガの肌を調べた。
「血色がよくなって……いえ、これは……」
腕の皮膚を指で押す。
ズルッ
オルガの皮膚が剥け、赤い真皮がむき出しになる。
「しまった! 火傷してたの!?」
「ええっ!? そんなはずは」
ワーリャは慌てて消毒用ガーゼを取り出し、皮膚が剥けた箇所に宛がおうとした。
「え?」
ワーリャは、拡大鏡を持ち直し、オルガの腕の皮膚が剥けた箇所を観察する。
「医務官?」
「なに……これ」
ワーリャがヤコブを手招きし、彼はワーリャの肩越しに拡大鏡を覗き込んだ。
「……?」
皮膚の下、赤く見えるのは真皮ではなく、光沢のある暗い赤色の組織だった。
「……」
ワーリャが手を伸ばし、おそるおそるそこに触れようとしたとき、オルガが目を開け、上半身を起こした。 その動きに驚き、ヤコブとワーリャが後ずさる。
「あ……オルガ……研究員ね? 腕、痛くない?」
ワーリャが聞くと、オルガは自分の腕に視線を落とす。
「これ?」
オルガは、自分の皮膚が剥けている所を触った。 その動きで、乳房に引っかかっていたブラジャーが落ちた。 乳房がプルンと揺れ、乳首が上を向いた。
それを見たヤコブが目を丸くする。
「オ、オルガさん? あ、貴女……若返ってませんか?」
ヤコブの言う通りだった。 オルガの肌は張を取り戻し、加齢のしわが消えていた。 今のオルガは、20代のように見えた。
「そう?……ふふ……ふふ……ウフフフフフ」
何がおかしいのか、オルガが笑い出す。 呆気にとられる、ワーリャとヤコブは感じた。
「と、とにかく、詳しく調べさせて。 貴女の体に何か異常があるみたいだから」
「異常?……異常って……こういうこと?」
オルガが自分の肘の辺りを掴み、手首の方に動かした。
ズルッ!
肘から下の皮膚が剥け、真っ赤な中身がさらけ出される。
「ひっ!」「な、なに!?」
腕の皮膚が剥けて中身が見えた……と二人は一瞬思った。 しかし、そうではなかった。
「な、何よ!?」
「あ、あれは……『宇宙人』の体と同じ……」
オルガの肌が剥けたその下には、『ワックス・フィギュア』の体と同じモノがあった。 いや、正確には少し違っていた。
「……筋肉と骨が見える……お、オルガ、貴女平気なの!?」
「平気? なにが?……ああ、これね」
オルガは、『ワックス・フィギュア』の腕と同じになった自分の腕を触った。 プルンと腕がふるえる。
「痛くないわ、私の腕だもの」
「自分のって……」
「ああっ、筋肉が消えて……溶けている!?」
赤い半透明の腕に透けて見えるのは、人の、オルガの筋肉と骨。 それがだんだん見えなくなっていく。
「な、何、なんなの」 パニックに陥いるワーリャ。
「あれだ。 『宇宙人』の組織が、彼女の体を……『喰っている』」
オルガは微笑し、ゆっくりと首を横に振った。
「『喰う』なんて……それじゃあ私は、激痛にのたうち回っているはずよ」
ベッドから降りるオルガ。 その動きで、腰回りと腹の一部の皮膚が剥け、中身が見える。
「ひ!」
腹筋や、腰の筋肉が半分以上なくなり、内臓の一部が見える。 それすらも、次第に消えていく。
「ふふ、判るのよ……体が置き換わっていくだけ。 あの子と同じに……」
オルガが一歩前に出た。
「お、置き換わるって……なんで」
「なんで?」
オルガが首をかしげた。
「なんで……ああ、判った。 欲しいっていたから……私が……ふふ……ふふふ……うふふふふふふふふふふ」
オルガは笑う。 笑いながら一歩ずつ、二人に近寄ってくる。
ズルッ、ズルッ……
オルガが前に出るたびに、体のあちこちから皮膚が剥けおち、次第に中身が見えてくる。 それは、悪夢のような光景だった。
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