ワックス・フィギュア
14.待機
−−− マジステール大学 大講堂 『タァ文明についての中間報告』発表会 −−−
大講堂には、大勢の聴衆が詰めかけていた。 『タァ文明』とは、ランデルハウス教授が3年前に研究成果と発表したレポートの中に書かれていた文明で、
地球からはるか数十光年……辺りにあるらしい地球外文明で、そこから地球に使者が来訪しており、教授の配偶者がその使者であると言うもので、
その後しばらく、教授は精神病院に強制入院させられた。
本来、研究成果というものは論文にまとめられ、学会にて発表され、その後、他の研究者による検証が行われる。 しかし、地球外文明の存在となると、
検証できるはずもない。 また教授の発表が、単なるレポートだったこともあり、真面目に取り合う者はいなかった……ほとんど。
しかし、その半年後、教授が『鳥人』の村と木製のカプセル状の『遺跡』を発見、発表したことで風向きが変わった。 さらにその半年後、マジステール
大学に『侵攻』した所属不明の『木製潜水艦(?)』が、教授をターゲットにしていたことで、『タァ文明』について世間の関心が一気に高まった。 その一方で、
教授はそれまで盛んに行っていたフィールドワークをやめ、大学に籠るようになった。 その教授が二年ぶりに発表会を開くと言うので、怪しげなUFO
マニアから、各国の関係者までが大学に詰め掛け、一時は発表会の中止が取りざたれる騒ぎとまでなった。 この騒ぎについて教授のコメントは『入場料を
取るべきだった……』であったという。
発表会を終えた教授は、自分の研究室に戻り、しつこく群がる記者、その他を押し戻し、ドアを閉めた。
「……」
「お疲れ様です」
女性の声に振り向くと、二人、いや四人の女性と助手が教授を出迎えた。
「エミくんに、スーチャンだったかな。 久しぶりだな……君達は? 初対面だと思うが」
エミは大河内女史を教授に紹介した。
「おお、学生自治会の黒幕、大河内君とは君か。 いや、挨拶せねばと思っていたところだ」
「黒幕はないでしょう」 大河内女史が苦笑する。
「いや失礼。 それでそちらの方は? 一見したところ『人』ではないようだが……」
マジステール大学には、少数だが『人間』以外の学生が在籍していた。 ランデルハウス教授の『タァ文明』騒動と前後して、『人外』の者達が大学で
事件を起こし、紆余曲折を経て大学が受け入れたのだ。 彼らは、『人外部隊』と呼ばれていたが、公式には発表されておらず、人外の者たちは『コスプレ
好きの学生』として扱われていた。
「……さすがにこれではコスプレでは通らんな」
半透明の赤一色のグラマラスな女性が、白衣を纏って佇んでいる。 身動きしなければ、等身大のフィギュアと言われても
「『人外部隊』のメンバかね?」
「そうではありません……実は『人』でも、いえ『人外』でもないのですが」
「ほう?」
興味を引かれた様子の教授を助手が制止し、スマホを取り出して見せた。 それを見た教授の顔色が曇る。
「詳しい話を聞きたいな。 ちょっと離れているが琴博士の研究室に行こう」
一同は、廊下にたむろしている有象無象の目を避け、奥の非常口から外に出た。
10分後、一同は琴研究室の隣の会議室に入った。
「琴博士、何も言いませんでしたね」
「まぁ、『セイレーン』の件で協力しているしね。 それにしても……」
助手のスマホには、『盗聴検知』の警告文が表示されている。
「やれやれまぁ、ここなら大丈夫なだろう……それでそのお嬢さんは何者だね」
「えー……実はミスティの作品でして……」
エミはランデルハウス教授に『ワックス・フィギュア』を説明した。 但し、犠牲者が出ていることは省略する。
「見た目は人型ですけど、実態はただのアイテムで心は持っていません。」
「ふむ、欲するものの形になるのか?」
「形になり、願いをある程度叶えるらしいです。 と言っても、ゲームで一緒に遊ぶ、添い寝をする、夜の相手をしてくれるぐらいですが」
「掃除とか、料理は?」
「洗濯は?」
「家政婦じゃないですから、難しい事は無理と聞いています」
「ゲームで遊ぶのは、難しいのでは?」
「子供は普通に遊びますよね」
「なるほど、子供ができる事は可能なのか」
「らしいです。 経験を積めば色出来るらしいですけど、得意なのは夜のお相手方面だそうです」
「ふむ、そうか」
「はい。 それで、近所の住宅でちょっとした事件があったようなんですが、その近くでこの『ワックス・フィギュア』が目撃されてしまって、警察に疑われて
いるんです」
疑うも何も、張本人なのだがそれは隠し通した。
「大学内なら、他の『人外』学生がいるから目立たないと……しかし、この格好ははなぁ」
「夜まで待って、連れて帰ります」
「仕方ないか……」
教授はため息をついた。
「ところで発表会の方はどうでした」 エミが尋ねた。
「う、うん……まぁ予想通りかな」 言葉を濁す教授。
「詳しい内容は、すでに公開済みだ。 今日はそれをまとめて、概要を説明した訳だ」
「そうですか……研究者、報道関係者とは違う人もいたようでしたけど?」
エミがそう言うと、教授は渋い顔になった。
「ああいたな。 わしらが『宇宙人』の技術を入手して、隠してるんじゃないかと、そればかり質問してきておった」
「『宇宙人』の技術ですか。 彼らの関心はどんな方面についてでした?」 大河内女史が尋ねた。
「『恒星間移動』『エネルギー』『不老不死』。 これについてしつこく尋ねてきたな」
教授は両手を上げた。
「なんと答えたんですか?」
「すでに発表している通りだ。 『恒星間移動』については、数百年〜数千年のを時間をかけることで実現した。 画期的な『エネルギー』は持っていない。
彼らの社会は『エネルギー』を極力使用しない方向に進化した。 『不死』は実現していない……」
教授はふっと言葉を切り、言葉を選ぶ。
「……寿命を延ばすことに成功しているようだ。 但しそれは、我々が受け入れることが出来ないかもしれない」
「……」
「その方法とは、体を根本から作り変えることだ」
「遺伝子操作……」
「それもあるだろう。 『ドローン』たちは、体をメンテナンスする生物を寄生させ、共生関係になっているし」
「心理的な拒否反応がありそうですね」
「だろうな。 だいたい、今日来ていた連中が求めていたのは『光より早く移動する方法』『無限に利用できるエネルギー』『飲むだけでみるみる若返り、
死ななくなる薬』みたいなものだ。 希望と現実のギャップが大きすぎて、失望しておった」
「それで『盗聴』ですか」
「ああ。 『本当は何か隠しているかもしれない、いや、そうに違いない』という心理が働いているのだろう。 まあ、発表している内容に嘘はない、その
うちいやでも認めざるををえなくなるだろう」
肩をすくめて、重い息を吐き出す教授。
「でも……それなら『盗聴』から逃げてここで話をするのは、かえって疑いを深めるのでは?…」
大河内女史氏が指摘すると、それと盗聴を許すのは別問題だと教授は答えた。
「まぁ、『人外部隊』の事は隠しているから、隠し事があると言うのはあながち間違いではないが……さて、そのアイテムくんは人目につかないところに
匿っておいて、うまく連れ出してくれたまえ」
「感謝します、教授」
教授と助手は自分たちの研究室に戻り、大河内女史はボランティアのメンバーと合流するために大学を出た。 エミ、スーチャン、『ワックス・フィギュア』は
琴研究室から、大学の会議室の一つに移動した。
「ここは夜まで押さえてあるから、ここで待ちましょう」
「うん……ところで『見習いさん』はどうする?」
麻美の事だ。
「電話してみましょう」
スマホで連絡を取ると、まだボランティアの作業が残っていると、険しい声で文句を言ってきた。
「仕方ない、手伝いに行ってくるわ」
「スーちゃんも行く」
「これを残していくの?」
エミは佇む『ワックス・フィギュア』を指さした。
『オテツダイ、イルカ?』
慌ててエミは手を振った。
「いいから、いいから……『使用中』にして、鍵をかけときましょう」
「鍵、あるんだ」
「ダイヤル式なのよ」
エミとスーチャンは会議室から出て、会議室の扉にロックナンバーを設定し、その場を離れた。
二人の姿が見えなくなると、廊下の角から一人の男が現れ、会議室の前で立ち止まる。
「……」
男は会議室のダイヤルを何度か操作し、鍵を開けて中に入った。
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