ワックス・フィギュア

13.回収


 山田弁護士と管理人は、カメラの記録を早送りで確認した。 スーチャンが『ワックス・フィギュア』を見失った時刻から始め、さすぐに少年Aと『ワックス・

フィギュア』が画面に現れる。 すかさずスーちゃんが咳払いをした。 (彼女はカメラの画像を見ていないことになっているため)

 「この2人ですか? この子は、3階の○○さんの家の坊ちゃんですね」

 「部屋番号を教えて……いや、管理人さん、一緒に来てください」

 山田弁護士が、管理人に頼み込んだ。 管理人は渋々頷き、4人はエレベータで3階に上がり、○○家を訪問した。

 「中の人を呼び出してもらえますか?」 大河内女史が頼んだ。

 「呼び出す理由はどうします?」

 大河原女史は考える風になった。

 「そうですね……電気か水道の点検とでも……なに?」

 スーチャンが、大河原女史の袖を引いている。

 「『ワックス・フィギュア』を回収しに来たと、正直に話した方がいいよ」

 大河原女史は首をかしげる。

 「なぜ?」

 「『ワックス・フィギュア』は、近くいる人の願いに沿って行動するの。 だから……」

 「ああ、少年Aが回収に応じる気になれば」

 「『ワックス・フィギュア』は、素直に回収されると思うの」

 山田弁護士が首を傾げる。

 「うまくいくのかい? 公園では逃げ出したんだろう?」

 「公園では、少年Aが事情を知らなかったから逃げたと思う。 それに……スーチャンは子供に見えるから」

 「わかったわ。説得してみましょう」

 山田弁護士はまだ疑わしげだったが、大河原女史は強硬手段に出るのは説得が失敗してからでもいいと言った。

 「では呼び出します」

 管理人は、表情を改めインターホンのボタンを押した。

 
 ピンポーン

 インターホンが鳴った。 『ワックス・フィギュア』はインターホンの方を見たが、動こうとしない。

 ピンポーン ピンポーン

 焦れた様にインターホンが続けて鳴る。

 
 「留守ですかね」

 「さっきの映像記録には、帰宅した後、外出する様子は映っていませんでしたよね」

 山田弁護士が指摘し、ドアのに顔を近づけて中の音を聞いたが、何も聞こえない。

 「もう一度、いえ何回か鳴らしてみてください」 大河内女史が言った。


 ピンポーン ピンポーン ピンポーン

 「……誰?」

 少年Aが目を覚まし、呟いた。


 「声がしました。 誰か中にいます」 山田弁護士が後ろを向く。

 ”はーい……管理人さんですか?”

 インターホンに少年Aの顔が映り、管理人が頭を下げる。

 「すみません、ちょっとお願いがありまして……今代わります」

 管理人が下がり、大河原女史がインターホンの前に出た。

 「ねえ、ボク。 中に、『ワックス……、いえ、赤い女の子がいるわね?」

 ”!……い、いないよ……”

 「マンションの入り口で見た人がいるのよ。 お願い、その子たちに帰る様に、あなたから言ってもらえない」

 スーチャンから逃げた時『ワックス・フィギュア』は、二人の女の子に姿を変えていたので、大河内女史はそう告げた。

 ”いないものは……いないよ!”

 「聞いて。 近くの大学に『宇宙人が居る』って噂、聞いた事があるでしょう?」

 ”え!? あの子たち宇宙人なの!?”

 「宇宙人の……ロボットみたいなものなの。 女の子たち、ボクの言うことを、素直に聞いてくれたでしょう?」

 ”う……うん……”

 「手違いがあって、大学から外に出てしまったのよ。 ほっておくと……お腹がすいて死んでしまうの」

 ”何か食べさせないといけないの?”

 「人間の食べ物だと、栄養が足りないのよ。 だから連れて帰らないと」

 ”でも……”

 何度かやり取りの後、少年Aは『ワックス・フィギュア』を帰すことに同意した、しぶしぶではあったが。 ドアが開き、少年Aと裸の『ワックス・フィギュア』が

甕を持って出てきた。

 「ええっ!?」

 「そういえば、カメラの画像でも裸でしたね。 これは困った」

 「大学から迎えを出してもらえばどうです。 迷子なんでしょう?」

 「そ、そうね……ちょっと待って、連絡するから」

 大河原女史は、スーチャンにエミへ連絡をつけてもらう。

 ”裸? どうしよう、服を持って行って……タクシーで迎えに……”

 大河原女史は、エミに小声で告げる。

 「迎えはお願いしますが、一度大学に行ってもらえますか」

 ”なんで?”

 「マンションの管理人には、迷子の宇宙人という事にしてるんです……本当の事はとても説明できなくて。 私も山田さんも身元がはっきりしています

から、後で何かあった時、私達が疑われるのは避けたいので」

 ”それは私も同じよ。 確かに裸の赤い女の人じゃ目立ちすぎる……昼間は『店』に戻せない。 わかった、大学に連れて行って、夜まで待機させましょう。 

人外部隊も出入りしているから、あそこなら目立たないはず”

 「お願いします」

 
 30分後、バンタイプのタクシーがやって来た。 中から、エミが白衣をもって出てくる。

 「これを着せるんですかぁ」

 呆れた様子の大河内女史に、エミは首を傾げる。

 「何か問題があるかしら?」

 「目立つち思うんですけど」

 『ワックス・フィギュア』に白衣を着せると、見事な赤白のコントラストで目立つことこの上ない。

 「ま、いいでしょ。 夜まで外に出さなければ良いでしょうし」

 エミ、スーチャン、そして大河原女史はタクシーに乗り込んだ。

 「マジステール大学の東門につけてください」

 目的地を告げられ、タクシーは走り出した。 少年Aは、そのタクシーが見えなくなるまで佇んでいた。

 
 そのころマジステール大学では、ランデルハウス教授による発表会『タァ文明についての中間報告』が始まろうとしていた。
 
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