ワックス・フィギュア
12.交渉
−−−『マンション・キャッスル』−−−
大河内女史は、タワマンのネームプレートを確認し、居住者用のエントランスから中に入り、窓口から管理人を呼び出す。
『ご用件は?』
「大河内と申します。 10階の山田氏宅を訪問したいのですが。 それと、事前に連絡しました件で、相談があります」
『大河内様……あ! お、お待ちしていました! 直ぐに扉を……』
隣にいたスーチャンが、首をかしげて大河内女史を見上げた。 大河内女史は、微笑して彼女を見返す。
「山田さんは、家の顧問弁護士事務所の人で、このマンションの管理組合の副議長なのよ。 他にもツテを使って、事前に話を通していたの」
「良くわからないけど……すごーい!!」
素直に感心して見せるスーチャンに、大河内女史はおほほと笑って返し、すぐに真顔に戻る。
「これから中の人に協力をお願いするけど、本当の事を理解してもらうのは、時間がかかると思うの。 だから、作り話をするから、そのつもりでいてね」
「作り話?」
スーチャンが首をかしげた。 こういう仕草をすると、なかなか可愛い。
「ええ、貴女と『ワックス・フィギュア』は宇宙人で、貴女が逃げた、いえ迷子の『ワックス・フィギュア』を探している、という話をするわ」
「信じてもらえるかなぁ?」
「まかせて」
そこまで話したとき扉が開き、二人はマンションに入った。
−−タワマン、少年A宅−−
少年Aと『ワックス・フィギュア』は格闘ゲームに興じていた。 もっとも、興じているのは少年Aだけで『ワックス・フィギュア』は、感情らしきものを見せず、
淡々と操作している。
「えいえい!あっ!」
『…………』
これでは一人プレイと変わらない。 しばらく遊んでから、少年Aはコントローラを放り出した。
「つまんないや」
『ツマラナイノカ』
『ワックス・フィギュア』は少年Aを見て、首をかしげた。
「うん……ね……なにか遊びを知ってる?」
『アソビ?……オニゴッコ、カクレンボ、カンケリ……ノ類カ?』
「そうだけど……ここじゃあ……それに二人じゃできないよ……」
少年Aはのびをして、あくびをした。
『眠イノカ?』
「うん?……うん……」
『ワックス・フィギュア』はひざを揃えて横座りの姿勢に変わり、自分の膝を軽く叩いた。
『ココデ、ヤスムトイイ……』
少年Aは、『ワックス・フィギュア』の太腿と顔を交互に眺め、ちょっと迷ってから彼女の太腿に頭を乗せた。 弾力のある太腿に頭が少し沈む。
「ふああ……」
『ワックス・フィギュア』は、少年Aはの頭を軽く撫でながら、小さな声で歌い出した。
『ボウヤハヨイコダ、ネンネンシナ……』
少年Aは目を閉じ、心地よい睡魔に身を任せた。
「お嬢さん。 ご相談は伺いましたが、どうも状況が把握できないのですが」
大河内女史を出迎えた山田弁護士は、困惑の表情で彼女を迎えた。 大河内女史は、説明はこれからすると言い、彼を伴って管理人の所に引き返す。
「聞いてくださる? このマンションで、ちょっと問題が起きた、いえ起きるかもしれないの」
「え?」 「どういうことです?」
大河内女史は、スーチャンを前に出し、変装用の仮面を外させた。 スーチャンの本来の姿は、緑色で半透明のゼリーのような体をしている。 ある特別な
仮面をつけていて、それをしている間は人間の子供にしか見えないが、仮面を外すと本来の姿が現れる。
「ええっ!?」 「この子は!?」
「この近くのマジステール大学について、噂はご存じでしょう」
『噂?』
「宇宙人の研究をしているとか、学生に宇宙人が混じっているとか」
「あ」 「ええ……」
それは公然の秘密だった。 数年前に、大学の建物とグラウンドが損壊する事件があった。 その事件は、宇宙人(のカプセル)が大学に侵入して起こし
たもので、軍と警察に撃退されたという話で、これについて大学、政府、公的機関は否定しなかった(肯定もしなかった)。 一時SNSで話題にはなったが、
なぜか下火となった。
「それは……」「そうでしょう」
事件の話題が沈静化した理由、それは事件と前後して、『鳥人』『獣人』『青肌』などの『宇宙人』のコスプレをした学生が、マジステール大学とその
近所で頻繁に『目撃』され、いや『生活』していることが判ったからだ。 『宇宙人』の写真が投稿されれば、真贋論争等で盛り上がるだろう。 しかしその
『宇宙人』当人が大学の学生で、付近で生活をしている……これではSNS上の真贋論争など意味がない。 紆余曲折を経て、『マジステール大学には
宇宙人の留学生がいて、宇宙人についての研究が行われている』という公然の秘密が出来上がってしまったのだ。
「すると」「この子は宇宙人!」
「……かどうかは調査中、だそうよ」
はぐらかす大河内女史。
「それで、本題ですけど。 この子の『同族』が一人、行方不明になっているの。 その『同族』は、人間の男の子と一緒にいたらしいけど、どうもその子が
このマンションの住人らしいの」
「ええっ!? マンションに宇宙人の秘密基地が!」
「それは大変、法的対応を検討しないと!」
大河内女史は苦い顔になった。
「そんな大げさな事じゃないわ。 宇宙人が一人、『迷子』になったと言う程度よ」
「迷子?」
「ですか?」
管理人と山田弁護士が疑わしそうな顔になる。
「ええ、そうよね?」
急に話をふられ、スーチャンが慌てる。
「ええっ!? あ、そ、そうです、迷子。 正真正銘の迷子」
「迷子ねぇ……」
「それで、どうすればいいんですか?」
「マンションの出入口にはカメラがあるはずよね。 それを確認させてもらえます?」
「ええっ! それはちょっと……」
「管理人さん。 立場上、部外者に監視カメラの画像を見せることはできないと思います」
「お分かりいただけますか」
「ところで、管理人組合の副議長の山田さんなら、管理人さんの権限で画像確認を許可できますよね」
「え……それはまぁ……」
「お嬢さん、でも……」
大河内女史は、管理人と山田弁護士の話を遮り、スーチャンに顔を向けた。
「スーチャン。 カメラの画像は私たちは見ちゃいけないの、だからあっちを向いてましょうね」
大河内女史は、管理人室の入り口の方を指さした。
「あっち?」
「そう、あっち」
入り口の隣には、社名入りの鏡がかけられていて、そこには監視カメラの画像が反射していた。 スーチャン、管理人、山田弁護士は、しばらくそれを
見ていて、同時にポンと手を打った。
『ああなるほど』
「……理解が遅い」
ぼそっと呟いた大河内女史だった。
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