ワックス・フィギュア

11.ボランティア


 (なんでこんなことに……)

 エミはため息をついた。 正面に座っていた警官が、調書から顔を上げ、エミを見る。

 「それで? あんた、誰を探していたって?」

 「だから…男の子です、服装は……」

 「その子とあんたの関係は?」

 「会ったことはありません。 私の知り合いが、その子に世話になったので、お礼を言おうと……」


 公園に戻ったエミは、スーチャンの目撃情報を元に、少年Aを探した。 しかし、これは完全に失敗だった。 見知らぬ派手で色っぽい女性が、男の子を

探し回っている…… 不審者として、警察に連絡がいくのは当然の帰結だった。 エミは警官に呼び止められ、交番まで任意同行を求められた。 

警察にはエミの知り合いもいるのだが、あいにくと事件(『ワックス・フィギュア』が起こした)の捜査の為、知り合いが払っていて、身元を保証してくれる人が

いなかった。

 (どうしましょう)

 
 一方、スーチャンと麻美は連れだって、学童保育のボランティアに臨時参加していた。

 『わー!! でっかいお姉さんだぁ!!』

 (ふぅ、この娘を連れてきたのは正解だったわ)
 麻美は、魔女として複数の使い魔を持っていた。 彼女の使い魔たちは、猫、馬、虎などの動物が、人間化したいわゆる『獣人』で、必要に応じて人間

形態と動物形態を使い分け、人間の男から『精気』と呼ばれる何かを集め、麻美に『精気』を供給することができる。 それ以外の、『魔法』的な能力は

ないが、元になった動物によって特技を持っていた。 猫娘なら身が軽く、馬娘は足が速いと言った具合である。 そして、今日は猫娘と牛娘を伴っていた。

この牛娘が、小学生低学年の子供たちに大人気だった。

 「すごーい。 お姉さん女子プロレスラーなの?」

 「オリンピック選手なのぉ」

 牛娘は、身長が2mあり、体格もがっしりしている。 そして、バストは1mを超えていた。

 「おっぱいだぁ」

 「すごーい」

 子供たちは牛娘の周りに集まり、腕にぶら下がったり、胸に顔を埋めたりしている。

 「子供は無邪気ねぇ」

 ボランティア・リーダーの大河内女史が呟いた。 彼女は麻美の1つ上の先輩で、学生自治会のメンバでもある。 そして、麻美が魔女であることを

知っていて、彼女自身も『人外』側の人間だった。

 「助かるわ。 子供たちの相手は体力勝負だから」

 「まったく、こんなに大変とは思いませんでしたよ」

 苦笑いする麻美。 エミの指示に従ってボランティアに参加したものの、低学年の子供達の元気パワーは予想外だった。 今は牛娘が大半を引き受けて、

他のボランティア達が、子供の相手をしたり、職員の手伝いをしている。

 「しかし男どもはなにをしてるのやら……」

 ボランティアには男子学生も参加しており、彼らの視線は、臨時参加の牛娘の巨乳にくぎ付けになった。 しかし、子供らと一緒になって牛娘に戯れる

わけにもいかず、ちらちらとうらやましそうな視線を送りつつ、自分の仕事をしている。

 「まぁ、あちらはどうでもいいけど。 あの娘には今後も参加してもらえると、助かるんですけど」

 「はは……考えておきます」

 麻美は大河内の視線に、内心の動揺を悟られないよう気を遣う。 高校では生徒会長、大学に進学してからは、一年生から学生自治会に参加し、

有力メンバとして辣腕を振るっている。 麻美のボランティア参加に『裏』がある事も気づいているに違いなかった。

 「何か目的があるんでしょう? ねぇ……」

 猫なで声だが目は真剣だ。 麻美は震えあがった。

 
 「ねえ、こんな子知らない?」

 スーチャンは、学童保育に来ている子供らに、少年Aの事を聞いて回っていた。 スーチャンの背格好は、小学生高学年ぐらいで、なので、子供たちに

混じっても違和感が小さい。

 「知らない」「わかんない」

 子供たちの答えは芳しくない。

 「『お城』の子のことじゃない?」

 女の子の1人が言った。

 「『お城』?」

 「うん。 この間建った『マンション・キャッスル』って名前のタワマン。 だから『お城』」

 女の子がそう答えると、まわりの子供たちが、肯定的な反応を見せた。

 「タワマン……」

 「そう。 タワマンの子って、上の階だとあんまり外に出てこないんだけど……」

 「下の階だと時々出て来るよな」

 「下だとタワマンの意味ねぇし」

 スーチャンは眉をしかめた。 子供らの声に、好意的な感じがなかったからだ。 とりあえず礼を言ったスーチャンは、麻美に駆け寄った。

 「タワマンの子?」

 大河内女史が、麻美とスーチャンの話に割って入る。

 「あのタワマンは、今年の冬から入居開始してるわ。 町の人口が増えるのいいんだけど、急に増えた分、いろいろと問題が出ているわ。 それで

タワマンの住人と昔からの住人の間で軋轢が生じているのよ。 だからかしら、この学童保育には、タワマンの住人の子供は来ていないのよ」

 「へぇ……詳しいですね」

 麻美は感心し、スーチャンに尋ねる。

 「ここには、スーチャンの見た子はいないのね?」

 「うん」

 「大河内先輩。 学童保育に来ていない子で、タワマンの住人以外の子供ってどのくらいいます?」

 「さあ? 結構いると思うけど……誰か探しているの?」

 麻美は躊躇したが、思い切っ全てを大河内女史に話した。 都合の悪い所をかくして話しても、大河内女史には見抜かれてしまいそうだったからだ。

 「それじゃ、人ひとり消し去ったアイテムが、子供と一緒にいるってこと?」

 「はい……」

 「その子に危険が迫っているという事?」

 「いえ、その子に……自殺願望のようなモノがない限り、アイテムはその子を傷つけたりしません」

 大河内女史は、舌打ちして考える風になった。

 「来ていない子は病気か、他に予定が会った子ばかり……公園で一人で遊んでいたのなら……タワマンの子の可能性は高いわね」

 「じゃあタワマンに行って……」

 「住人以外は入れないわ。 知り合いなら別だけど」

 大河内女史は、スマホを取り出し、矢継ぎ早に電話した。 数か所にかけた後、スマホをしまって顔を上げた。

 「ツテを通じてタワマンに入れてもらう事にしたわ」

 「やった」

 「やった!」

 「私とスーチャンがタワマンに行くわ。 スーチャン、貴女は鍵のかかったドア、通り抜けるか、透かして見るかできる?」

 「できます!」

 「よし。 じゃぁ麻美さん」

 「はい」

 「あとお願い」

 「え?」

 「貴女がいなくなったら、使い魔の牛娘さんの面倒を見る人がいなくなるでしょ? だからあなたは留守番」

 「えー?」

 不満そうな麻美を残し、大河内女史とスーチャンは外に出る。 そこには、大河内家の運転手がリムジンで迎えに来ていた。

 「わぉ♪」

 歓声を上げたスーチャンを伴い、大河内女史はリムジンに乗り込んだ。 一方、残された麻美は現状報告をLINEでエミに送った。

 しばらして、エミからリプライが返ってきた。

 『なんで大河内さんが関わっているの?』

 『なりゆきで……』

 『後で詳しい事を聞かせて。 取りあえず、大河内さんなら心配ないでしょう』

 LINEに返したエミは、そっとため息をついた。

 「どんどん関係者が増えていく……」
 
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