ワックス・フィギュア

10.お持ち帰り


 ”『ワックス・フィギュア』が男の子と一緒に逃げた。”

 エミはスーチャンの報告に青ざめた。

 (マズイ!)

 『ワックス・フィギュア』はすでに老人を一人、吸収している。 このまままだと、男の子も同じ運命かもしれない。

 ”それはどうかなぁ”

 ミスティから能天気な声で連絡が入った。

 ”『ワックス・フィギュア』はアイテムだもの。 自分から求める事はしないよぉ”

 「『ワックス・フィギュア』は人型、女の子の形を取っているのよ。 男の子が、遊び相手として女の子を求めた、という事だと思うけど」

 ”でもぉ……漠然とした欲求には応じられないよお……経験値も無いし”

 「そうか……スーチャンやスライムタンズのような『使い魔』程高いレベルじゃないのね」

 二人の通話に、麻美が割り込んできた。

 ’最初のお客さんを相手にした『経験』があるんでしょう? 『経験』がそれだけだとかえって危険じゃないの?’

 「いきなり、『ソレ』に及ぶ可能性か。 それはどうなのよ、ミスティ」

 ”男の子が、『一皮向けて』いたら、『ワックス・フィギュア』が応じるかもしれないねー。 でも、可能性は低いと思う”

 「根拠は?」

 ”スーチャンの話だと、『ワックス・フィギュア』は、『着衣の女の子』だったでしょ。 目覚めてたら『裸の女の子』を求めたはずだもの”

 「ひとまず了解。 もっとも、絶対安全とは限らないから、急ぎ探さないと」

 ’男の子と一緒なんでしょう? その男の子が特定できれば、その子の行動範囲内に絞り込めるんじゃない?’

 「そうね……」

 麻美の提案に頷いたエミだったが、考え込んでしまった。

 (これは困ったわね)

 エミは大学の非常勤講師で、麻美は大学生(付属高校からエスカレータ入学した)だ。 またエミは、『夜の職業』を生業としており、業界にかなりの知己がいる。 加えて、『お客』もかなりの数がいた。 しかし、『一皮向けて』いない『男の子』はこの範囲にはいない事は確実だ。 (いたら大問題である)

 「小学生なら学校に問い合わせ……できるわけないか」

 ”どったの?”

 「どうやって探すか、いい考えが浮かばないの」

 ”エサでもまくとか”

 「ハトやカラスを捕まえようという訳じゃないのよ」

 ”お菓子をあげますとか、言って回ったら?”

 「不審者として警察に通報されるわよ!」

 ’大学のサークルはどうかしら? 確か『児童文学研究会』と『学童保育ボランティア』が、小学校で学童保育のボランティアをしていたと思うわ’

 「そうねぇ……スーチャン。 その子の特徴は? 顔の画像がいいけど」

 スーチャンの回答は、画像無し、取り立てて特徴無しとのはなはだ頼りないモノだった。

 ”一人でいたから、友達いないかも”

 「……仕方ない。 麻美さん、スーチャンと合流して、学童保育のボランティアに臨時参加してもらえる?」

 ’私が?’

 ”スーチャンが?”

 「直接会ったのはスーチャンだけ、大学生のボランティアに参加できるのは麻美さんだけでしょ」

 ’それで、何をすればいいの’

 「スーチャンの会った男の子について、それとなく子供達に尋ねて欲しいの。 『人外部隊』の迷子が出て、男の子と一緒にいたのが目撃されたとか言って」

 ’了解……エミさんはどうするの?’

 面倒な仕事になりそうだと思ったのか、麻美は暗い声で応答した。

 「スーチャンが男の子を見た場所に行って、聞き込みしてみるわ。 あ、警察には気をつけて」

 ”了解”’了解……’

 ”んで、ミスティは〜?”

 「ミレーヌの所に戻って、『ワックス・フィギュア』を探す手段か、おびき寄せる方法がないか、もう一度考えて」

 ”そんだけ〜?”

 「そんだけ〜」

 スマホをバッグにしまい、エミはため息をついた。

 (見つかるといいけど)

 
 一方、『ワックス・フィギュア』と連れ立って逃げた少年……仮に少年Aとしておく……Aは、公園から離れた路地に来ていた。

 「はぁ、はぁはぁ……」

 荒い息を整え、ふと横を見ると、赤い顔の女の子二人がこちらを見ていた。

 「わっ」

 驚いて尻もちをつく。 二人の女の子は、彼の前に座り込み、こちらを見ている。

 「な、なに?」

 「遊ぶ?」「遊ぶ?」

 「そ、そうだったね……」

 立ち上がって、きょろきょろと辺りを見回す。 ここは住宅地で、車の少ない通りだ。 さっきの公園とは別の小さい公園が傍にある。 少年と二人の女の子は公園に入った。
 あいにく、他には誰もいない。

 「ゲーム機は家に置いてきちゃったっけ……」

 『ナニ、ソレ?』

 「ゲーム機だよ、知らないの?」

 『シラナイ』

 「じゃあ、僕の家に行こうよ」

 少年Aは、女の子たちの手を軽く引いた。 女の子たちは素直についてくる。

 
 「ただいま」

 『タダイマ』

 家の中には誰もいないようだ。 少年Aは玄関で靴を脱ぎ、家に上がった。 女の子たちは……そもそも靴を履いていない

 「あ、ちょっと待って」

 風呂場に行き、バスタオルを持って戻ってくると、女の子たちの足を拭いた。

 「これでいいや」

 『コレデイイノカ』

 少年Aは、二人をリビングに連れて行った。 大型のTVをつけ、ゲーム機を起動する。

 「折角だから、対戦ゲームをしよう!」

 『タイセン、ゲームをスルノカ』

 一組のコントローラを自分が取り、もう一組を女の子たち差し出した。 女の子たちは、同時に手を伸ばし顔を見合わせた。

 「あ……(対戦相手用の)コントローラが一つしかないや」

 女の子たちは、ひとし抱き合った。 体の線が溶け合い、一人の大人の女性に姿を変える。 それを少年Aは目を丸くして見た。

 「戻った……」

 彼女は、コントローラを取り、床に座り込んだ。 少年Aが顔を赤らめ、目を反らす。

 (裸なんだな……ちょっと……まずいかも)

 男の子の『欲求』を感じた彼女は、さっは足を拭いたバスタオルを拾い上げ、ぐるりと体に巻いた。

 『コレデ、裸デハ、ナイ』

 湯上りの女性のような格好で、こっちの方が色っぽいような気がするが、少年Aは取りあえずほっとした。

 「じゃあ……まずキャラクタを選ぶんだ」

 二人は、格闘対戦ゲームで遊び始めた。

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