ワックス・フィギュア

9.発見と逃亡


 「ありゃ」

 エミは舌打ちし、帽子をかぶりなおした。 今会いたくない顔……酔天宮署の山之辺刑事が通りの向こうに立っていたのだ。

 (見つかりませんように)

 心の中で祈る。 しかし、その願いは聞き届けられなかった。 通りの向こうから、山之辺刑事が手を振っている。

 「仕方ない」

 しぶしぶ手を上げ、通りを渡って山之辺刑事に挨拶する。

 「こんにちわ。 何かあったの?」

 さりげなく尋ねた……つもりだった。 山之辺刑事はエミの頭のてっぺんからつま先までを眺め、深々と溜息をついた。

 「それはこっちが聞きたい。 なにやらかした? いや……だれがやらかした?」

 エミは、ため息を呑み込み、作り笑いをする。

 「なんの、ことかしら?」

 「お前さんなぁ……少しは『己を知る』べきだと思うぞ」

 「はい?」

 エミは首をかしげた。 山之辺刑事の言葉の意味が判らなかったのだ。 そんなエミを見て、山之辺刑事はもう一度ため息をついた。

 (人間、なにか一つ『取柄』はあると言うが……なにか一つ『欠点』はあるもんだなぁ)

 エミは、真っ赤なワンピースに、ブルーのキャップ、顔半分を覆う黄色のマスク姿だったのだ。 当人は気がついていないが、エミは服飾のセンスが全くない。

 そして、目立ってはまずい時程、人目を引く……いや、『人が目を反らす』ような服装になってしまうのだった。 そして、山之辺刑事は、エミのこの性癖を

熟知していた。

 (こいつがこんな格好しているってことは、目立ちたくないとき、つまり警察に知られるとヤバイ事が起きている時なんだよなぁ)

 山之辺刑事はがしがしと頭をかき、あさっての方を見てつぶやいた。

 「この辺りの住宅で、一人暮らしの老人が所在不明になっている。 自殺する恐れがあるので、念のため捜しているところだ」

 ギク……

 チラリとエミを見る山之辺刑事。 エミは、視線をそらしてアドバルーンの広告をチェックしている。

 (やっぱりか……)

 「知らねえか?」

 「さ、さぁ……」

 「おかしな格好の女も目撃されている」

 「そ、そう……」

 「お前さんの知り合いだったら……ま、疑わしい行動は控える様に言っといてくれ」

 「そ、そうするわね……」

 エミは引きつった笑顔で、山之辺刑事に手を降って別れた。

 
 −− 同時刻 公園−−

 スーチャンは、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。

 「『コート』……甕……女……」

 スーチャンは、『ワックス・フィギュア』を直接見ていない。 ミスティに聞いた特徴を、呪文のように唱えながら歩いている。

 ”もーいーかい……”

 公園の中から声が聞こえた。 誰か、かくれんぼをしているらしい。 何気なくそちらを見る。

 「……ん?」

 公園の砂場に、飴色のモノが見えた。 スーチャンはそれに歩み寄った。

 「これ……甕?」

 蓋つきの甕が半分埋まっている。 そっと蓋を取った。 空だ。

 「んー……」

 スーチャンは辺りを見回し、ベンチにコートが置かれているのを見つけた。 近づいて、手に取ってみる。 コートの下には何もなかった。

 「甕……コート……」

 再び辺りを見回す。 滑り台の下に男の子がいる。 滑り台の柱に、顔を押し付けている。 さっきの声はこの子だろう。 スーチャンはその子に近づいた。

 「ねえ、君」

 「わっ!?」

 男の子は驚いて振り返った。

 「いきなりなんだよ!……あれ?違う……」

 「違う? 何が?」

 「人違いだよ」

 男の子には、スーチャンが普通の女の子に見えていた。 スーチャンの体は、赤みを帯びた半透明のゼリーの様な質感をしている。 今は、普通の人間の

顔に見える『魔法のお面』をつけていて、それを外さない限り、人でないと見破られることはない。 今は、この子と同じぐらいの少女に見えるはずだ。

 「誰かと遊んでいたの?」

 「なんだよ。 関係ないだろ!」

 スーチャンは首を傾げた。 この子は『ワックス・フィギュア』には見えない。 しかし、甕とコートが近くにあった。

 「君、アレを持っていた女……いや、持っていた人、知らない?」

 男の子は一歩下がり、スーチャンをじろじろと見た。

 「知らないよ!」

 「そう?」

 スーチャンは男の子に背を向け、砂場に歩いて行くと、甕を持ち上げて砂をはらった。

 「おい! それ、僕のだぞ!」

 スーチャンは振り返った。

 「君の? これが?」

 「そ、そうだよ!」

 スーチャンは甕を手にしたまま、男の子をじっと見つめた。 男の子は口をとがらせ、スーチャンの方に歩いてきた。

 「返せよ」

 甕に手を伸ばす。

 「うそ」

 スーチャンは男の子の手を抑えた。

 「うそなもんか」

 男の子はそう言い、スーチャンの手を振りほどいた。 スーチャンは、ポッケからスマホを取り出して何か操作し、男の子に見せた。 スマホには、

スーチャンが手にしている甕が映っている。

 「同じマークがついてる」

 甕の蓋にマークがついていた。 スマホの甕にもそれがついている。 少し複雑な形で、偶然似るような形ではない。

 「う……」

 男の子が一歩下がった。

 「これを持っていた女が、このコートを着ていたはず。 何処に行ったの?」

 「し、知らないよ!」

 男の子が言い返したが、スーチャンは男の子に詰め寄った。

 「そうは思えない」

 『お兄ちゃん』

 スーチャンの背後から声がした。 振り返ると……

 「え? 二人?」

 二人の女の子が立っていた。 その体は、赤一色で半透明。 スーチャンの本来の姿とよく似ていた。

 『その子も、遊ぶ?』

 二人の声が揃った。 よく見ると、握った手が一体化している。

 「え……えーと」

 スーチャンは混乱し、男の子と女の子たちを交互に見つめる。 その時、男の子が走り出し、女の子たちの手を引いた。

 「向こうで遊ぼう」

 女の子たちは頷き、男の子と一緒に駆けだした。 後には混乱したスーチャンだけが残された。

 「え、えーと……えーと……」

 スーチャンは、男の子と女の子たちが去った方向をしばらく見ていたが、思い出したようにスマホを操作して連絡を取る。

 「スーチャンより報告……えーと……アレがソレしてアッチへ向かいました」

 『アレ? アレってアレの事よね……じゃあ、ソレってドレ?』

 「ドレ? どれって……どれです?」

 『それより、ソレはナニ?』

 「ナニっなんです?」

 良くある話だが『こそあど』だけでは話が通じない。 結局、スーチャンの情報が伝わるまで10分を要した。

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