ワックス・フィギュア

8.捜索


 「幾つか確認させて」 エミはそう言ってミスティの方を見た。

 「『ワックス・フィギュア』は、甕の中に封印され、自力で動けない状態だった。 今はどうなっているの?」

 「んと……人一人吸収したから、人型を取って歩き回っている……と思う」

 エミは眉を寄せた。

 「行先は? ここに戻ってくるの? それとも吸収した人に関係ある場所に向かっているの?」

 ミスティは首を横に振る。

 「『欲』や『願望』は取り込むけど、『記憶』は取り込まない。 甕を買っていった男の人の関係先には現れないよ」

 エミがミレーヌに視線を移すと、彼女は頷いて、ミスティの意見を肯定した。

 「では、『ワックス・フィギュア』はどこに行ったのかしら?」

 ミスティは腕を組んで、うんうんと唸り出した。 突然、彼女の隣に金髪白人のグラマラスな女性が出現した。 一見すると人間のようだが、その顔には

何の表情も浮かんでいない。 ミスティが姉同然に慕っていた女性、『ブロンディ』の魂の残滓から生まれた『ワックス・フィギュア』だ。

 「ブロンディ…貴女なら判るの?」

 ブロンディは応えない。 今度はミスティが話しかけた。

 「うーん、ブロンディちゃん。 あの……『ワックス・フィギュア』、どーこ行っちゃったかなぁ」

 「……多分、出発点を中心とした螺旋を描き、歩いて遠ざかっている……」

 「螺旋?」

 エミはスマホを取り出し、地図を表示した。 麻美がそれを覗き込む。

 「螺旋と言っても……そんな風に動ける道はないわよ」

 「厳密な螺旋じゃないかもね」

 エミは、甕の購入者の家を起点に、道なりに動く螺旋のルートを書いてみた。

 「こんな感じかしら……徒歩で移動しているなら、まだそう遠くに言っていないと思うけど」

 そう言ってから、エミは首をかしげた。

 「移動の目的は? 何故、螺旋を描いて歩くの?」

 「……」

 「ミスティ、お願い」

 「ブロンディちゃん。 『ワックス・フィギュア』のお目当てはなーに?」

 「強い欲望の持ち主を探すことだ。 従って、『欲』、『願望』を持っているものに反応する」

 ブロンディの回答に、麻美が呟く。

 「どんな『願望』? やっばり『性欲』とか?」

 再びミスティがブロンディに尋ねる。

 「『性欲』に強く反応するが、それ以外の願望でも、強い願いであれば反応する」

 「強い願いねぇ……」

 麻美が首をひねっている間、エミはスマホでどこかに連絡を取っていた。

 「警察は、事件性があるか判断しかねているみたいね。 大事になるまえに、『ワックス・フィギュア』を手分けして探しましょう」

 エミは、スマホに地図を表示し、捜索範囲を描いた。

 「北側を私、東をミスティ、西を麻美さん、南を……スーチャン、お願いできる?」

 「ハイ?」

 ミスティの傍に立っていた小さな女の子が顔を上げた。 スーチャンはミスティの使い魔だ。 ミスティが作ったという点では、『ワックス・フィギュア』の

同類だが、決定的な違いはで、自意識を持っているということだ。 想定外の事態が発生しても、自己判断で行動できる高度な使い魔だ。 たまに命令

から逸脱することもあるが。

 「ナニナニ?」

 「ミスティ、貴女から指示を出してあげて」

 「おーう」

 ミスティが、スーチャンに色々と話をしている間、エミはスマホでさらに連絡を取っていた。

 「警察?」

 「いえ、大学よ。 人外部隊と宇宙人に一応知らせて、手の空いているのがいれば、手伝ってもらおうかと……」

 連絡を終えたエミが振り返ると、ミスティのスーチャンへの説明も終わるところだった。

 「エート……えーと、つまり、迷子の『ワックス・フィギュア』ちゃんを捜すんだ」

 「そーそー」

 「どんな説明をしたのよ……」エミは額に手を当て、小声で悪態をついた。

 
 同時刻、甕を購入した男の家にほど近い公園。 三人の子供が、ペットらしい犬と走り回って遊んでいた。 その傍のベンチで、一人の男の子が、その

様子を見ていた。 やがて三人の子供と犬は、連れ立ってどこかに行ってしまい。 ベンチの男の子だけが残った。

 「いいなぁ……」

 男の子はつまらなそうに地面をける。

 「欲しいな……ペットが」

 ”ホシイ……”

 背後から声がし、男の子は驚いて振り返った。 コートを来た女のが立っている。 その顔は、赤一色だ。

 「わあっ!」

 男の子は、ベンチから立ち上がろうとして、足を引っかけて転んでしまった。

 「痛っ!」

 膝から血が出ていた。 よろけつつ、何とか立ち上がろうとする。

 ”イタイ?……”

 さっきの女が手を差し伸べてきた。 顔同様に、手も真っ赤だった。

 「……」

 男の子は、少し躊躇ってから女の手を取った。 女は、男の子の手を引いて立ち上がらせ……そのまま立っている。

 「……なんだよ」

 ”ホシイ?”

 「え?」

 男の子は、女の言葉の意味を図りかね、首を傾げた。

 (そうだ、ママが言ってた。 この辺りはよく大学の変な人がうろついているって。 関わり合いになっちゃダメって)

 警戒しつつ一歩下がる。

 ”ペット……ホシイ?”

 「……聞いてたの?」

 男の子は口をとがらせ、赤面した。

 (変な人だけど……悪い人じゃないのかな)

 「ペットも欲しいけど……遊んでくれる人が欲しい」

 ポツリと呟くと、女の人が身を乗り出す。

 ”アソンデ……ホシイ?”

 ずいっという感じて、女の人が顔を近づけてきた

 「そ、そうだけど……別におばさんと遊びたいわけじゃないよぉ! 同い年くらいの子じゃないと」

 ”オバサン……ダメ……オナイドシ”

 赤い女は呟くいて、少し下がった。 と、その体が縮んでいく。

 「え?」

 女の人の身長がみるみる縮み、男の子と同じくらいになった。 赤一色の顔も、子供の顔になっている。

 ”オナイドシ……”

 女の子は、男の子と同じぐらいの年の女の子になっていた。 しかしコートは大人用だったので、余った裾が地面に触れ、両手はコートのぞの中に

隠れている。

 「縮んだ……」

 呆気にとられる男の子の前で、女の子がコートの前を開いた。

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