ワックス・フィギュア

7.推理


 ーー 妖品店・ミレーヌーー

 とんぼ返りしたエミは、店にミスティ、ミレーヌ、麻美に『ワックス・フィギュア』が購入者を『失踪』させた事を告げた。

 「多分……もうこの世にはいないわね」

 「そんな……」

 麻美が真っ青になった。 エミやミスティと違い、麻美の倫理観は普通の大学生と変わらない。 自分の売ったアイテムで人が死んだ事に、責任を

感じていたのだ。

 「まぁ、末期がんを患っていて、余命いくばくもなかったみたいだから、それは救いかしらね。 次の犠牲者が出る前に回収しないと」

 「え? 次の『犠牲者』?」 ミスティがキョトンとした顔で言った。

 「貴女……事態の深刻さが判ってるの? 『ワックス・フィギュア』が、犠牲者を求めてその辺りをうろついているのよ」

 エミが強い口調で言い、麻美が青い顔で頷いた。 しかし、ミスティはケタケタと笑っている。

 「まっさかぁ♪ 低予算のホラー映画じゃあるまいし♪」

 お気楽なミスティの反応に、エミは声を荒げかけた。 が、感情的になっても仕方ないと思い直した。

 「貴女は、『ワックス・フィギュア』は危険じゃないと言うの?」

 ミスティは大きくうなずいた。

 「『ワックス・フィギュア』は『アイテム』、道具なんだよ♪」

 エミは眉を寄せ、ミスティの言葉を頭の中で反芻する。

 「『アイテム』だから、自律行動はしない……つまり……自分から、人を襲ったりはしない。 そう言いたいの?」

 「当然、常識じゃん♪」

 そう言った途端、エミが憤怒の表情になった。 あまりの恐ろしさに、ミスティが震えあがる。

 「『常識』なんて言葉を私に使うんじゃない。 その言葉は、思考を放棄した人間が、自分の愚かさを他人に責任転嫁するときに使う言葉なのよ」

 ミスティが右手を上げた。

 「以後、注意します」

 (ミスティに『神様』……エミさんに『常識』……ですか)

 (やっぱこの『人』もどこか怖いのよね)

 ミレーヌと麻美は、エミの『逆鱗』を記憶した。
 

 「改めて聞くけど。 『ワックス・フィギュア』を買っていったご老人はどうなったの? そして、『ワックス・フィギュア』はどこに行ったの?」

 エミの質問に、ミスティとミレーヌが交互に答えた。 『ワックス・フィギュア』は人の『欲望』や『願望』を読み、それをかなえようとする。

 「え? 確か例の『ロウソク』の原料じゃなかったの?」

 「うん『ロウソク』の原料だよ〜♪ だけど……」

 エミは手を上げ、ミスティを制止した。

 「ごめん。 『ワックス・フィギュア』について、どんなものを作ったか、最初から説明してもらえる」

 「ぶぅ」

 ミスティは、口をとがらせて不満を表明した。

 
 「そもそも、『ロウソク』を置いといても、獲物が拾ってくれるとは限らないよねぇ」

 「というか、そんなモノ拾わんだろう」

 「そこで考えたのは、炎の中に望むモノの幻影を映して拾わせるのはどうかって」

 「そんな怪しい『ロウソク』に手を出す人がいるの?」

 「前回はそれで結構引っかかったよ。 ただ、エミちゃんの言う通り、幻覚だと手を出さない人もいたみたい」

 「でしょうね」

 「そんで幻覚じゃなくて、実体なら手を出す人がいるかもと、『ロウソク』自体が相手の望むモノに形を変えるものを作ろうかと……」

 「それは凄い!……けど、そんなものあったの?」

 「いや、なかったの。 だから試作品を作ったの♪ それが『ワックス・フィギュア』」

 「へぇ……」

 エミは感嘆の眼差しでミスティを見たが、首をかしげた。

 「でも、この間使った『ロウソク』には、そんな力はなかったような……」

 「うん。 試作はしたけど、失敗じゃなくて……いろいろと不具合……いや、もとからあった仕様で……」

 「プログラマの言い訳みたいになってるわよ。 試作品は、思った通りのモノにならなかったのね?」

 ミレーヌが説明を引き継いだ。 『ワックス・フィギュア』には変身能力を付与し、最初のテストでは傍に来た人の望むモノに変身した。 しかし、

実施テストで問題が発覚した。

 「……人の『欲望』や『願望』は……具体的でなく……漠然としている方が多かったのです……」

 「だから『髪の長い恋人』が欲しいって男の子を実験台にしたら、長髪の首だけのマネキンみたいなのになっちゃったんだな、これが」

 なるほどとエミは思った。 『恋人が欲しい』と男の子が考えても、その容姿等を詳細に考えている訳ではなく、せいぜい『可愛い』『ブロンド』『胸が

大きい』程度の好みがあるだけだ。

 「要求仕様が漠然としている場合……『ワックス・フィギュア』側で、その要求を具体化するしかないけど……」

 「そんなこと『アイテム』どころか『使い魔』だってできないよぉ」

 エミは頷いた。 漠然とした願望を元に、相手の望むモノに変身するには、豊富な情報と高度な変身能力に加え、コミュニケーションの力も必要だろう。 

実際、ミスティの作った『使い魔』スーチャンは、変身能力があるものの変身できるものはスーチャンが記憶しているモノだけだし、人間との

コミュニケーション能力もそれほど高くはない。

 「……そのような『使い魔』が作れるなら、こんな事をするまでもありません。 ブロンディ、ボンバの魂の欠落部分を補い、二人を生き返らせることも

可能でしょう……」

 「実験相手の男の子も、芳しい反応を示してくれなかったし……」

 「それで、甕に封印したのね」

 
 エミは溜息をいて、髪をかき上げた。

 「じゃあ『ワックス・フィギュア』を購入した老人はどうなったの?」

 「甕の中身を見て、驚いて逃げたしたんじゃないの?」

 「自分の家から? 私なら、甕に蓋をして外に放り出すか、買ったところに返しに行くわよ」

 三人が黙っていると、麻美がおずおずと手を上げた。

 「なに?」

 「その……おじいさんは、末期がんを患っていたんですよね。 自分でそのことを知っていたんですか?」

 「そうらしいわ」

 「だったら……『死にたい』って思っていたんじゃないでしょうか」

 エミは少し考えて、首を横に振った。

 「多分だけど、それはないと思うわ。 末期がんとはいっても、ベッドの上で苦しんでいたわけじゃないから」

 「そういうものですか……」

 エミは、麻美の言ったことについて考えた。

 「……『どうせ死ぬなら、楽に死にたい』ぐらいは考えていたかも」

 「それが『ワックス・フィギュア』の変身のきっかけになったということは?」

 麻美の言葉にミスティが首を横に振る。

 「その人が『楽に死にたい』と考えてもぉ、それをどう具体化できるのぉ? ここにいる皆だって判らないのに」

 「そうですね……」

 沈黙していると、ミレーヌが口を開いた。

 「……絶望している人が考えることは何でしょうか……」

 「え?」

 「……先ほど、『楽な死にたい』と考えると言いましたが……その『死に方』を考えていたのではないでしょうか……」

 「『楽な死に方』を考えていたと?」

 ミレーヌが頷く。

 「……後ろ向きではありますが……そればかり考えていたとすれば……『死に方』が具体的になっていくのではないかと……」

 「それで?」

 「……その中に『ワックス・フィギュア』が変身できるモノがあれば、その形に変身したのでは……」

 「……どんなことが考えられるかしら……」

 「『女の死神に、苦しくないように息を止めてもらう』」 と麻美。

 「『ベッドの中で、腹上死を遂げる』」 とエミ。

 「……『昔の恋人に、一思いに……』」 とミレーヌ。

 「『スライム娘に呑み込まれて、気持ちよくトロトロに溶かされ、そのままま吸収される』!」 とミスティ。

 『……』 三人がミスティの顔を見つめる。

 「どっから、そんな考えが浮かんだの?」 とエミ。

 「んー、なんとなく」

 「多分、それが正解だね」 エミが、疲れた様子で首を振った。

 「貴女がそう思ったんだから」

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