ワックス・フィギュア
6.回収
「あっちゃー……アレ、出しちゃったのぉ……」
ミスティが渋い顔をしている。 普段、お気楽な態度を崩さない彼女にしては、珍しい。
「何なの。 その『ワックス・フィギュア』は? どういう『使い魔』なの?」
『使い魔』は、魔女が使役する小動物などを指し、ネコなどが使われる。 また、魔女が一から生み出すこともあるらしいが、その場合、高度な技が
必要なうえ生まれたものが目的にかなうとは限らない。 従って、普通の小動物を魔法で呪縛し、使役する方が確実で、安上がりである。 しかし、
目的によっては普通の小動物が使えず、専用の『使い魔』を作る必要が出てくる。 エミが手図寝たのは、その様な目的で作った『使い魔』なのかと
いう事だ。 ミスティに代わり、ミレーヌが応える。
「アレは『使い魔』ではなく……『アイテム』というべきかと」
「『アイテム』?」
ミレーヌは、エミと麻美に『甕』の中身が何だったのか、説明を始めた。 それは、『魔法のロウソク』の元で、これを『芯』の周りに固めると『魔法の
ロウソク』になる。 『魔法のロウソク』は、ある種の怪異、魔、人をひきつける力があり、それに魅せられた対象は、ロウソクに導かれてミスティに
召喚されてしまう。
「召喚されたのが、あの『百物語』の語り部たちだった訳ね」
「はい……ただ……」
「どーも、力不足か、要求に合わないのしか来なかったんだよねー」
ミスティが肩をすくめるのを見て、エミは眉をひそめたる。
(召喚しておいて、随分な態度よね。 語り部たちが知ったらどういうことになるやら……)
「で、それはおいといて。 召喚できなかった怪異が結構いたのよね」
怪異の中には、存在できる『場所』が限られるか、または呪縛されているものがいる(所謂、地縛霊等)。 また、異なる空間(あの世等)に属する怪異は、
簡単には召喚できない。 そして、そう言う怪異に限って、強い力を持っていたりする。
「それで……召喚できない怪異に対しては……こちらから押しかけようかと……ロウソクの改良を行いました……」
「そこまでは、私も知っているわ。 すると? あの甕の中身は、『新型ロウソク』の元なわけね」
「……まだ試作の段階で……調整中なので店に置いていたのですが……」
ミレーヌとミスティが頷いた。
「甕の中身が何かは判ったけど、それをなんで売っちゃったの?」
エミが麻美に尋ねた。
「だって……お客さんが来て、『何としてもこれが欲しい!』の一点張りで……店に並んでるものは、欲しがる人が来たら、売って構わない、いえ、売ら
なきゃならないって……」
麻美はミレーヌを見て助けを求め、エミがミレーヌの方を見る。
「……確かに……」
ミレーヌが言うには、この店に並んでいるものは、ミレーヌかミスティが作った『魔法のアイテム』で、強い魔力が込められており、結界内で保管しないと
魔力が外に漏れて周りに害を及ぼす。
「……しかし、結界の力は無限ではありません。 保管できるアイテムの量には、限りがあります……」
そこで、魔法のアイテムを『妖品店』の商品として並べ、アイテムに魅せられた客に、アイテムを引き取ってもらう、という方法を考えだしたのだ。
「処分できない廃棄物に困り、補助金出して欲ボケの阿呆に引き取らせる、どこぞのお役所のやり口と変わらないじゃないの」
見もふたもないエミの言葉に、ミスティが反論する。
「他では手に入らない、貴重な魔法のアイテムだよ」
「ほう? その貴重アイテムとやら、どんな役に立つのかしら?」
エミに詰め寄られ、ミスティが後ずさる。
「それで? そのロウソクの元……『ワックス・フィギュア』が人の手に渡ると、具体的にどうなるのかしら?」
ミレーヌの説明では、『旧型ロウソク』は炎の中に幻を作るひとができた。 人や怪異が望むモノを見せ、召喚する、言わば『疑似餌』だ。
「新型は、それを一歩進めたの」
『新型ロウソク』は、相手が望むモノに形を変えるという。
「2Dから3Dになった訳? それでも『アイテム』なの」
「意識があるわけじゃないもん」
『新型』とは言え、あくまで『ロウソク』。 対象の望む形になり、望むように動くだけ、だという。
「それだけでも大したものね……古い映画かTV番組で、似たようなものがあったような……」
ぶつぶつ言いながら、エミはスマホを取り出し、検索をかけ始めた。
「どこかで騒ぎになる前に回収しないと……買った相手の住所は?」
麻美は、帳簿の住所と電話番号をエミに伝えた。 スマホを操作していたエミの手が止まる。
「ここね」
マンションの一室で、警官が中を調べ、至福の刑事が管理人の話を聞いていた。
「貴方の目撃した不審者の人相、風体を教えてください」
「この暑いのにコートを着てました。 帽子も……あれ、ソフト帽って名前ですか? 髪は……なんと赤でした」
「赤毛ですか?」
「いや、真っ赤です。 コスプレでもしてたんでしょうか」
「ふむ……」
話を聞いていたのは川上という名の刑事だった。 マンションの管理人から、マンションの一室に泥棒が入ったらしいの連絡を受け、警官を伴ってやって
来たのだった。
「部屋の主とは連絡が取れない……もう一度、最初の方からお願いします」
「はい、廊下を掃除していたら、この部屋から不審な女が出てくるのをみつけまして。 『どちら様ですか』と声をかけると、『不審者です』と……『ドロボウ
ですか』と聞いたら、『ドロボウです』と、こうですよ」
「……」
川上刑事は、ペンで手帳をつつきながら渋い顔をする。
「で、『ドロボウ!』と叫んだら、『逃げます』と言って、逃げてったんですよ」
「何か、持ってましたか」
「壺を持ってました。 このぐらいの」
管理人は、手で大きさを示す。
「壺? この部屋の主は骨董の趣味でもあったのですか?」
「それは判りません。 でも、わざわざ盗むぐらいだから、きっと高価な壺ですよ」
「そうですか……女が『ドロボウ』と認めたので、警察に連絡したと」
「そうです」
二人の所に、室内を調べていた警官がやって来た。
「物色された様子はありません。 服と下着が脱ぎ散らかされています」
「血痕は?」
「ありません」
川上刑事は苦い顔で頭をかいた。 そこに、もう一人の警官が慌ててやって来た。 手に紙切れを持っている。
「これを見てください! 遺書です」
「なに?」
川上刑事は警官の差し出した紙を見た。 癌が見つかり、生きる気力がなくなった、というようなことが書いてある。
「どうします?」
「これでは窃盗か、失踪か判らん。 一度署に帰って、署長に相談しよう。 管理人さん。 この部屋の主が帰ってくるか、巻絡があれば、署に連絡を
もらえますか?」
「はい。 それで、この部屋はどうしましょうか?」
「まだ、事件かどうか分かりません。 方針は決まっていませんが、この部屋の主と赤い髪の女を探ことになると思います」
「あ、はい」
川上刑事と警官がへやを出ると、管理人が扉に鍵をかけ、一行はマンションの玄関に降りた。
「おや? エミ?」
マンションの外に出たところで、川上刑事はエミと鉢合わせした。 二人は、互いを良く知る中だった。
「あら刑事さん……なにかあったの?」
「ん、ちょっとな。 君は?」
「あー……お客さんの集金に……」
「そうか。 誰の処だい」
「商売上の秘密よ」
エミにいなされ、川上刑事は苦笑いした。 その背中を見送りつつ、エミは呟いた。
「間に合わなかった、みたいね」
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