マニキュア3
17.麻美、立つ
−−ラブホテル『謎』ーー
数時間前、エミの眉をしかめさせた看板を、今度は麻美が見つめていた。
(ここか……)
『ミレーヌ』を出た麻美は、スマホでアケミを呼び出し、彼女が目撃したことを尋ねた。
− エミ姐さんは、ラブホに連れ込まれたっす。
− んで、お嬢ちゃんは何しに来たっすか?
− は? 助ける方法を考え中?
麻美を馬鹿にしたようなアケミの態度に、麻美は怒りがこみあげてくるのを感じた。 しかし……
(実際、あたしって何もしてこなかったんだよね)
『マニキュア』に魅入られ、魔女見習となったものの、『ミレーヌ』にやって来て、面白半分で魔女修行の真似事をやって来た。 エミたちと、人外の者
たちと関わって来た。 しかし、事態を納めてきたのは、エミかミスティ、麻美はその後ろで事態の推移を眺めているだけだった。
(本当の事だから、腹が立った? それとも、恐くなった……)
今まで、自分の前にはエミの背中があった。 それがない。
ブルッ
一つ震えて、ホテルに向かって歩を進めた。
「あ?」
ホテルの前に、警察車両が一台止まっている。 赤いライトを点灯させている所を見ると、なにかあったらしい。
(いったん引き上げないと……)
− 子供のお使い……
(え?)
呟き声が聞こえた……様な気がして立ち止まる。
(……駄目よ。 あそこで何かあったなら、確かめないと。 考えるんだ、どうすけばいいかを……)
−− ラブホテル『謎』 −−
フロントの男性と、警官が話をしていた。
「もう一度確認しますね」
「またですか?」
「すみませんね。 その金髪外人女性が、一人で宿泊を申し込んできた。 で、申し込みを受け付けている時に、いきなり首を絞められたと」
「ええ。 後ろからこう首筋を掴まれて……」
「それで気を失ったと…… 後ろから、腕を首に回されたんじゃないですよね」
「手で掴まれた感じです」
「こうですか」
警官が、従業員の首を、後ろから軽くつかむ。
「はい」
「うーん。 首筋を押さえるのがやっと……気絶するまでいくかなぁ」
警官は首を傾げる。
「何か薬でもかがされたとか?」
「香水の匂いはしましたけど……」
二人が話していると、表で言い争うような声が聞こえた。 警官が外に出ると、別の警官と若い女性、いや少女が話をしていた。
「どうした」
「この子が、何があったかと、しつこくて……君ねぇ、夜更けに独り歩きしていい時間じゃないよ。 送っていくから、ん? おうちはどこ」
少女(麻美)は声を荒げかけようとし、息を整えなおした。
「何があったか、教えてください。 知り合いの女性が、ここに連れ込まれたらしいんです」
警官達は、顔を見合わせた。
「その女性の名前は?」
「エミさんです。 姓は……知りません」
「君との関係は?」
「知り合い……知人です。 それに、大学で講義を受けています」
「連れ込まれたとは? 状況を説明できるかい」
麻美は、たどたどしい口調で、ここにエミが連れ込まれたのを、『アケミ』という女性が目撃した事を伝えた。
「そのアケミさんはどこにいます? 彼女から話を聞きたいけど」
「アケミさんは……仕事に行きました」
要領を得ない麻美の話に、警官達は困った様子になった。
「すまないが、そのアケミさんと一緒に警察に来てもらえるか。 それと今日は帰りなさい、送っていくから」
麻美が悔し気に唇をかみしめた時、ホテルの中から一人の年輩の男が出てきた。 その男に、警官二人が敬礼する。
「おい嬢ちゃん。 名前を教えてもらえるか」
「……如月……麻美です」
男は、麻美に手を差し出す。
「手、見せてくれ」
「は? 手相……ですか」
「爪」
警官達はキョトンとしているが、麻美の顔が微かに強張った。 指を揃え、手を差し出す。 男は麻美の爪を一瞥した。
「つけ爪しているのか」
「え……ええ」
「外して見せな」
麻美は、深呼吸して、人差し指の爪に被せていたつけ爪を外し、真っ赤な爪を露にする。
「『赤い爪』……か……」 男はぼそりと呟いた。
「山之辺警部?」 警官の一人が男の名を呼んだ。
「一緒に来な。 見て貰いたいものがある」
「警部? いいんですか?」
「いいんだ」
山之辺警部は、麻美をフロント奥に連れてきた。 そこでは、若い背広の男が、液晶モニタを見ていた。
「山さん、その子は?」
「関係者だ。 エミ絡みの」
「え……こんな子供……いや、若い子が?……あ、ひょっとして……若作りの婆」
「失礼です」 憤慨する麻美。
「……い、いや……」
年配の男は、麻美に対して『山之辺警部補』と名乗り、若い男を『川上巡査』と紹介した。
「私を、ご存じなんですか?」
「エミに聞いた事があるだけだ。 『如月麻美』という『赤い爪』の女の子が身内にいると」
「身内……」
「そういうことだ」
山之辺警部補は、麻美に椅子をすすめた。
「俺は、あんたを知らん。 が、エミは知っている。 そのエミが『身内』と言った。 だから、今のところはエミと同じ程度に信用する」
「今のところですか?」
「ああ……不服か?」
「いえ……ありがとうございます」
「ん?」
「こんな……頼りない小娘を信用してくれて」
山之辺警部補は、肩をすくめて液晶モニタに向き直った。
「表の話は聞こえていた。 『エミがここに連れ込まれた』と、そう言っていたな」
「はい」
「フロントの奴は、『今日の昼間からずっと気絶していた。 1時間ほど前に意識を取り戻し、警察を呼んだ』と言っている」
山之辺警部補は、モニタの画像を早送りした。
「ところがだ、防犯カメラには人が出入りする様子が映っている。 フロントが対応している様子もだ」
画像が止まった。 黒髪の女生とプラチナブロンドの少女が出ていくところが映っている。
「この人は……エミさん……じゃない?」
「髪と服装、体格は似ているが、顔が違う。 けど、川の字? エミの宴会芸があったよな」
「知っていますが……」
川上巡査が麻美を見た。 麻美は頷いた。
「エミさんは顔が変えられます。 この女性は、エミさんだと思います」
山之辺警部補は、顎をしゃくった。
「これがエミだとして……いったいここでなにがあったんだ?」
三人は腕組みして唸った。
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