マニキュア3
16.もう一人の魔女
エミは愛用のハンドバッグからスマホを取り出そうとしたが、見当たらない。 (ルゥに捕まった時にスマホを落していた) あきらめた時、バッグの中の
『鏡の欠片』が目に入った。
「……」
鏡の中に、人だった時の自分の姿が映っている。
『それでいいの?』
鏡の中の自分が、語り掛けていた。
「……」
エミはバッグを閉じて、考え込む風になった。
「どうしたの?」
「ルゥ、貴女はこれからどうするつもりなの?」
「うん……どうしたらいいと思う?」
「え?」
エミがルゥに視線を向けると、彼女は困惑した様子でこちらを見ている。
「貴女は『黒い爪の魔女』の後継者なんでしょう?」
「そうなんだよね……魔法の使い方は判るし、それを……研究したい意欲かな? そう言う感情が湧き上がってくるんだけど……」
「けど?」
「具体的にどうすればいいのかが判んない」
「はぁ?」
エミは額を押さえた。
「エルサは? 息を引き取る前に何か言い残してなかったの?」
「そんなに話をしたわけじゃないよ。 第一、彼女はこの国の人間じゃないし、僕もそうだもの」
「え……じゃあミレーヌ達みたいに、拠点を作ってから来たわけじゃ……」
「だったら、こんなホテルで引継ぎしないよ。 あ、ここを拠点にすればいいのか」
「却下! 街中のホテルをいきなり『魔女の館』にできる訳ないでしょう! どこか別の場所に拠点を確保しないと」
「ここじゃ駄目なの?」
「アケミが目撃しているから。 ミスティか麻美さんが、私を探し始めたら、いずれここにたどり着くわ」
「そうなんだ……」
「あと、エルサの遺体。 残していくと、後々厄介なことになるけど、隠すとかできないかな?」
「うん。 体の呪紋に力をかければ、分解できるよ」
ルゥの指示に従い、エミはエルサの体をバスタブに運びこんだ。 ルゥが黒い爪の手を、血の気の失せたエルサの顔に被せる。
「さよなら」
ルゥの爪が微かに動くと、その箇所から黒い筋が広がり、エルサの体に網目模様が描かれた。 そして、エルサの体は白い粉となって崩れ落ちていった。
エミは、白い粉の山に水をかけて流していく。
「……」
エミは、目を伏せ、長い時を生きてきた魔女の冥福を祈った。
−−『妖品店ミレーヌ』−−
一方、『赤い爪の魔女』一同は、アケミの目撃談を元に、状況を把握しようとしていた。
「すると……エミさんが……」
「捕まっちゃった♪」
「と言うことに……」
ミレーヌ、ミスティ、麻美は頭を突き合わせて唸っている。
「救けにいかないと……」 麻美が言う。
「誰がいくの?」 ミスティが突っ込む。
「困りましたね……」
妖品店『ミレーヌ』に出入りするメンバの中で、エミは行動力、判断力が群を抜いていた。 よりによって、そのエミが捕らえられたとなると……
「誰が行くべきか……」
『赤い爪の魔女』ミレーヌは、呪紋魔術を極めた魔女だ。 しかし、『妖品店』に並ぶ品々の管理者であり、店を長い時間離れることができない。 小悪魔
ミスティは、距離無制限のテレポートをはじるめ、様々な魔力を持っている(らしい)が、性格と判断力に難があり、力を行使するとろくな結果ならない。
そして魔女見習の麻美は、呪紋魔術の応用で動物を使い魔の獣人に変える事が出来るが、使い魔を制御できない。 他に、使い魔達がいなくもなかったが。
「エミさんが捕まるような相手だと、使い魔たちじゃかなう訳ないわよ」
「後は、エミさんの知り合いの……人外部隊……宇宙人のドローン達……」
「すぐに協力してもらうのは無理よ。 第一、彼女たちとコンタクトしていたのはエミさんよ。 そのエミさんが捕まったんだもの。 私達のお願いを、きいて
くれるかどうか」
麻美の言葉に、ミレーヌがため息をついた。
「エミさんに……頼りすぎていたようですね……」
「ま、そういうことよね」
ミスティがさらりと流す。 いつの間にか、ブロンディと合体し、スマートミスティになっている。
「面倒事を、全て彼女に任せてきたツケが回って来たということよ」
「そうですね……」
スマートミスティは、麻美に視線を向けた。
「取りあえず、エミさんが捕まったというホテルに探りを入れて来てくれない?」
「え? えええええー!? 私が!?」
焦る麻美に、スマートミスティが冷たい視線を投げかける。
「そういうセリフが出てくると言うことは、何も考えていなかったのね」
「え……あの……」
「貴女は『赤い爪の魔女』見習い。 そしてエミは『黒い爪の魔女』に捕まった。 貴女はどうするの?」
「……そういう、ミスティは……ひっ!」
ミスティが、冷たい眼差しで麻美を見ている。 今まで見たことのない氷のような眼差しだった。
「私? さて、どうしましょうかね。 あとくされの無いように、『黒魔女』を消し去りましょうか? 町ごと」
「そ、そんな……」
「覚悟もなしに『魔女』を続けられるとでも? それとも、ここから逃げ出し、全部なかったことにするの?」
「だっ、だって……」
麻美は助けを求めるように、ミレーヌを見た。 しかし、ミレーヌは黙ったままだ。 麻美は、青ざめた顔で二人を交合に見た。
十分後、麻美は妖品店『ミレーヌ』を後にした。 向かうのはエミが捕まったというホテルだ。
「まだ、覚悟はないけど……今は、行くしかない」
”逃げてもいいのよ。 その後の身の安全は保障しないけど”
「今逃げるぐらいなら、もっと前に逃げ出していたわよ」
”ここから先は甘く考えない事ね。 命のやり取りになるかも”
「そなんこと……判んないわよ!」
ぎゅっと手を握る。
「でも……何が待っていても……逃げたら終わり。 そんな気がする」
唇をかみしめ、麻美は歩を進めた。
「行きましたか……」
「そうね」
「一人で……大丈夫でしょうか?」
スマートミスティは、自分の指をまげたり伸ばしたりして、爪を見ている。
「大丈夫な訳ないでしょ。 エミさんがあっさり捕まった相手よ」
「では?……見捨てると?」
「泳ぎ方を覚えるには、水の中に放り込むのが一番」
手をパチンと打ち鳴らした。
「この程度で溺れるようなら、どのみち長くないわよ」
「……」
ミレーヌはのフードがわずかに揺れた。
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