マニキュア3

18..ルゥとミーシャとエミ


 −− 酔天宮町のとあるマンションの一室 −−

 日付が変わろうかという時刻になって、ルゥはエミを伴ってマンションに帰って来た。 玄関の扉を開けると、姉のミーシャが鬼のような形相で二人を迎えた。

女装した(元)弟が、黒い服の商売女のを伴って、深夜に帰宅したのだから当然ではあったが。

 「……あ、貴女……」

 ミーシャは怒りで全身を震わせ、エミと変わり果てた弟に、鋭い視線を向けている。

 (次の台詞は「弟に、何をしたの!」かしらね?)

 エミはルゥをかばうために一歩進み出て、口を開きかけた。

 「貴女はエルサの手先なの!?」

 『え?』

 ルゥとエミの口から驚きの声が漏れた。

 「姉さん、エルサを知っていたの?」

 ルゥの問には答ず、ミーシャはエミを睨みつける。 エミは、平静を装って答える。

 「私は……ルゥの味方よ」

 ミーシャは大きく息を吐き、やや疲れた声で尋ねる。

 「……エルサは?」

 「死んだよ。 体の寿命が尽きたんだ」

 ルゥの答えを聞いたミーシャは下を向き、両手で頭を抱えた。

 「ルゥ。 手を見せなさい」

 ルゥは両手を前に出し、手の甲を上にした。 爪が全て黒くなっているのを見て、ミーシャ再び盛大なため息をついた。

 「『黒い爪の魔女』はルゥ、貴方が引き継いだのね」

 ミーシャは、二人をダイニングに通し、お茶を入れた。

 「まさかこんなことになるとはね……」

 「姉さん……」

 ミーシャは、ルゥ(とエミ)にエルサとの関りを話し始めた。

 「もともと、エルサはママを後継者にするつもりだったの。 でもそれが不可能になったの」

 「なぜ?」

 「パパと結婚して、私が生まれたからよ。 ルゥはもう知っているわね? 黒い爪の魔女の技がどうやって開け継がれるか」

 「……女の証にアレを……あ」

 「そう、一度子供を作ってしまうと、体がアレを受け入れなくなる。 だから、今度はママの子供である私に目をつけていたの」

 「じゃあ、ママとパパが僕らをパパの国に移住させたのは……」

 「私達を、エルサから遠ざける為だったのよ」

 そう言って、ミーシャはお茶にブランデーをドボドボと継ぎ足し、一気にあおった。

 「ママは、そんなに魔女になるのが嫌だったんだ」

 「嫌と言うより、リスクを避けたかったらしいわ。 知っているでしょう? 私達の一族は、普通の人間に比べて寿命が数倍あるのを」

 「長命種だったのね」 エミが会話に割り込んだ。

 「ええ。 でも、長く生きられると言う事実は、それ自体がリスクになるのよ」

 「そうね」

 エミが応じ、ミーシャは続ける。

 「『長く生きられるのには、何か秘密があるだろう。 それは皆で分かち合うべきだ』とか言い出す輩が必ずいるとママは言っていたわ。 おかげで、

一族の歴史は逃亡と隠遁の繰り返しだったって」

 「……」

 「そこに『魔女』の力を持ったとしても、迫害されるリスクが高まるだけ。 ママはそう言っていた」

 「ママの見解はともかくとして、貴女はどう思っていたの?」

 エミの質問に、ミーシャは肩をすくめた。

 「深く考えたことはないわ。 『黒い爪の魔女』の力について、特に魅力も嫌悪感も、感じたことはないから」

 「そうなの……」

 「生き物に対して、深く作用する力だとは聞いていたけど。 瞬間移動や念力が使えるようになるわけじゃないでしょ? スマホの方が、よほど使えるわよ」

 「『黒い爪の魔女』の力を守って来た人たちが聞いたら、殺意を覚えそうな話ね」

 「仕えない力を押し付けられたルゥこそいい迷惑よ。 おまけに性別まで変えられて」

 ルゥに対して哀れみの視線を向けるミーシャ。 気まずそうに、身を縮めるルゥ。

 
 「さて、エミさん」

 「はい?」

 「貴女はエルサの、いえルゥの何なの? 『使い魔』なの?」

 「私はれっきとした……『サキュバス』よ」

 エミは、翼と角と尻尾を生やして見せた。 流石に、ミーシャとが目を剥いた。

 「貴方みたいなか……いえ悪……じゃなくて……種族は初めて見たわ」

 「言葉を飾らないでも結構よ」

 憮然とした表情になるエミ。

 「貴女はエルサと一緒にこの国に来たの?」

 「わたしは、最初からこの国に住んでいて……そう『赤い爪の魔女』の所で……まぁ、行動を共にしていたのよ」

 「『赤い爪の魔女』の使い魔なの?」

 「友人……かな? それで、貴女の……元弟に支配されて、手下にされた……かな?」

 「ふうん?」

 ミーシャは首をかしげた。

 「催眠術? 洗脳? 私は詳しくないんだけど……ルゥの『支配下にある』と言う感じじゃないんだけど」

 「まぁね。 わたしの胎内に『黒い爪の魔女』の一部が送り込まれて、それが貴女の元弟にに大して『忠誠』を誓う様に働きかけているのよ」

 「その割には、自由意思を保っているように見えるけど」

 「そうみたいね。 もっとも、私が意志のないロボットになっても、ルゥの負担が増えるだけで、役には立たないでしょう?」

 「それはそうね」

 ミーシャは、エミの言を肯定してから、ルゥに視線を向けた。

 「それでルゥ。 貴女はこれからどうするつもり」

 「どうするっていっても……どうしよう?」

 困った顔のルゥに、ミーシャは渋面を作る。

 「しっかりなさいな。 『黒い爪の魔女』の力を受け継いでしまったんだから、この先どうすべきかは貴女が決めないと」

 「うん……」

 頼りない返事をするルゥの代わりに、エミが意見を述べる。

 「まず、拠点を確保が必要ね」

 「拠点? このマンションじゃ駄目なの?」

 エミは、ルゥに視線を移した。

 「ルゥ。 ここは居住用としては申し分ないわ。 でも、貴女が『黒い爪の魔女』として行動するには、いろいろと不安が残るわ」

 「そうなの?」「そうかしら」

 ルゥと、ミーシャが揃って首をかしげる。

 「この国は、治安がいいんでしょう? 夜でも女子供が独り歩きできるとか……」

 「犯罪者対応じゃないわよ。 第一、治安機関だって敵に回ることはあり得るわ。 ただ、現状で対応が必要なのは『赤い爪の魔女』の一味ね。 エルサが

『赤い爪の魔女』の魔女の所に出向いて、挨拶しているの。 『赤い爪の魔女』ミレーヌは過去の経緯から、『黒い爪の魔女』を危険視しているわ。

 「魔女同士で勢力争いしているの」

 「そう考えていいわね。 だから、私がエルサを探していたんだけど……」

 「反対に取り込まれたわけね」

 ミーシャはそう言ってから、首をかしげた。

 「なんか変な感じね。 『赤い爪の魔女』の一味だった貴女が、その仲間から私達を守ろうとするなんて」

 「それは同感ね。 自分で言うのもなんだけど、『ルゥを守らないといけない』という衝動に逆らえないのよ」

 「ごめんどうおかけします」

 ルゥが深々とお辞儀した。

 「それで、新しい拠点のあてはあるの?」

 「候補としては二つかしら。 一つは『マジステール大学』の構内」

 「大学の構内?」

 「ええ。 大きな大学だし、地下に使われていない古い区画があるのよ。 そこが使えるかもしれない」

 「もう一つは?」

 「妖品店『ミレーヌ』。 『赤い爪の魔女』の拠点よ。 そこを乗っ取るの」

 『え!?』

 「結界で守られて、侵入できるのは『魔女』とその使い魔、それに小悪魔達ぐらいのもの。 安全性をを考慮すれば、そこが最善の選択ね。 それに、

そこを奪い取れれば、『赤い爪の魔女』の一味は拠点を失うことになるわ、一石二鳥という訳よ」

 得意げなエミと対照的に、ルゥとミーシャは表情をこわばらせている。

 「姉さん……この人を信用して大丈夫かな」

 「奇遇ね。 私も今それを考えていたところよ」

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