マニキュア3
14.『黒い爪の魔女』の正体
エミは、ルゥの『尻尾』を観察した。 ルゥが手で捕まえた方の端は、鞭のようしなって動き、反対側はルゥの足の間、秘所の中に入っている。
「それは……貴女の体から生えているの?」
ルゥは首を横に振り、自分の股間の辺りの尻尾の『根元』を掴み、引っ張った。 『尻尾』の端が秘所から引き出され、垂れ下がった。 つまり『尻尾』は、
ルウの秘所に潜り込んだ蛇のような物だった訳だ。
「独立した生き物……なの?」
「生きているように見える?」
ルゥは、『尻尾』の端をエミに差し出した。 エミは手を伸ばして『尻尾』に触れた。 ヌルリとした感触は生き物のようだが、ピクリとも動かない。
「死んだ蛇……いえウナギみたいね」
ルゥはクスリと笑う。
「そうね。 でもこうすると……」
ルゥは、エミに差し出したのと反対側の『尻尾』を自分の秘所に差し戻した。 すると、エミが触れていた『尻尾』が、息を吹き返したように蠢きだした。
「いかが?」
「貴女と繋がると……動き出す……その『尻尾』に『呪紋』が描かれているのね」
「その通りよ、お姉さま。 これは生き物じゃないけど、『呪紋』に魔力を流すことで、生きているように動かせる……『使い魔』みたいなものね」
『呪紋』。 それは、『赤い爪の魔女』ミレーヌと見習い魔女の麻美が操る魔法の根幹をなす技術だった。 二人の『赤い爪』が生き物の体に『呪紋』を描き、
その紋様に『魔力』と呼ばれる力を流すことで、描かれた生き物に様々な作用を起こす技だった。 この技術を使い、麻美は動物を『獣人』に変え、使い
魔として使うことができた。 もっとも、麻美の『リーダー』力が足りないのか、『獣人』たちが好き勝手に行動し、しょっちゅうトラブルを起こしているが。
そして、『呪紋』術にはもう一つの大きな技があった。
「この『尻尾』はね、『ミレーヌの衣』と同じ役割も持っているのよ」
「『衣』と同じ……」
『ミレーヌの衣』は、ミレーヌが着用しているフード付きのマントのことで、この衣には無数の『呪紋』が編み込まれていた。 この『呪紋』は、ミレーヌの
体に描かれた『呪紋』と接続することで効力を発揮するようになっている。 外部接続メモリーという訳だ。 衣の『呪紋』の大半は、過去の『赤い爪魔女』
が編み出した『呪紋』術そのもので、ミレーヌはこれらの膨大な『呪紋』を、自分で学習することなしに操ることができた。 もっとも、術者である『赤い爪の
魔女』に、それなりの『呪紋』術の力量が必要ではあるが。
「貴女が人外の魔女……『黒い爪の魔女』の後継者で、それが『衣』……ということは、貴女は人外の存在なの?」
「らしいわ。 自覚はなかったけど、一種の長命人外種らしいわ」
「ああ……吸血鬼とか、アンデッド扱いされる種ね」
「ええ。 もっとも、寿命が長いのだけで、他に対した特徴はないけど」
「そうなの……ところで『黒い爪の魔女』としての経験はどのくらい?」
「Nothing」
ルゥの答えに、エミは首をかしげた。
「え? じゃあ……『衣』……『尻尾』があっても使えないじゃないの」
エミの疑問に、ルゥは口元だけで笑って見せた。 その笑いに、エミは不安を感じた。
「『赤い爪の魔女』の『衣』は、無数の『呪紋』の集合体よね。 『赤い爪の魔女』は、なぜそんな面倒な事をしたと思う? 知識を伝えるなら、『呪紋』と
その効能を書き記した『書』を残せば済む話よね」
「それなら、ミレーヌに聞いた事があるわ。 『取り扱い説明書』だけじゃ、『呪紋』の効能は十分に伝わらない。 『書』とともに、『先生』……『コーチ』かな?
そういう『熟練者』が指導しなければ、『呪紋』の使い方は不完全な伝わり方になる。 結果『呪紋』術はあっという間にすたれてしまう。 だから、『呪紋』と
『使用例』……『ノウハウ』かしら? それをセットにして残すことにした。 それが『ミレーヌの衣』だと。 実は『ミレーヌ』は術者の名前ではなく、継承者に
与えられる称号だと」
「その通り。 では、その場合のデメリットは?」
「『衣』に新しい術を追加するのに、凄い手間がかかると言っていたわね。 それと、先輩たちの経験と技を背負うことになるけど、自分の記憶、経験では
ないから、取り出すときに『重い』とも言ってた」
(確か、とぎれとぎれに話すミレーヌのしゃべり方は、『衣』の知識にアクセスするせいだと言ってたわね)
「外部記憶装置の欠点よね。 本を読んで調べるよりは速いけど、それでも時間がかかる。 実戦の役には立たない」
「実戦? 『魔女』とは言っても、ゲームキャラじゃないんだから。 別にバトルするわけじゃ……」
「でも、『魔女』と言うだけで、迫害されたり、争いに巻き込まれれる可能性は、格段に高くなるわよね。 だからじゃないの? 『赤い爪の魔女』結界の
奥に引きこもるようになったのは」
「まあ、それはそうらしいけど……何が言いたいの?」
「『呪紋』、それ以外の『魔法』にしても、『知識』と『使い方』をセットにして『後継者』に伝えるなら、『外部記憶』より『内部記憶』にしてしまえば、より使い
勝手もよくなるとは思わない」
「え?……まさか……脳に直接書き込むとか?」
「そんなことできるわけが……できたとしても、失敗する可能性が大きいでしょう?」
笑顔でサラリと言うルゥ。
「試したのね」
「初代の『黒い爪の魔女』がね。 試行錯誤を繰り返し……随分と失敗を重ねたらしいわ」
エミはため息をついた。
「人命軽視なんて非難するつもりはないけど。 屍の山を残すと、危険生物対象に認定されるわよ」
「でしょうね。 でも成果はあったのよ」
「成果?……ああ、それがその『尻尾』」
「そうよ。 これはね、こうやって秘所の奥、生命の源に入って、その体の主とダイレクトにリンクできるの」
「え……? それは、どういうことに……」
「この『尻尾』は、『黒い爪の魔女』にとっては第二の脳髄になるのよ」
エミは、ルゥの言葉を頭の中で反芻した。 しかし、どうしても具体的なイメージがわかない。
「『第二の脳』? でもダイレクトにリンクしたとしても、貴女にとっては……そう、『助言者』の枠を超えないんじゃないの」
「それだと、私は『呪紋』術は使えないでしょう? いくら『助言者』が『熟練の魔女』でも、私がずぶの素人なんだから」
「……」
「この『尻尾』の凄いところはそこよ。 『子宮』から『神経接続』して、私の『脳』に直接つながる。 だから、これは完全に私の一部になっているのよ」
ルゥの言葉を聞いているうちに、エミの顔から血の気が引いてきた。
「『知識』……だけなの?」
「というと?」
「『赤い爪の魔女の衣』のように……外部記憶を繋いだものでも、対象者の心に少なからぬ影響があったのよ」
「だから?」
「それが……初代の作り出した『衣』が……『脳』にじかに繋がるのならば記憶だけじゃない、性格……精神に影響がでても不思議じゃない。 いえ、
初代だけじゃない……代々の『魔女』記憶も部分的に……ああ、判るわけがない!」
エミは頭を抱えた。 ルゥの言うことが事実だとかれば、その『尻尾』には『黒い爪の魔女』代々の記憶、心の欠片の様なものが受け継がれているのだ。
それを直に繋がれた脳が、どんな事になるのか、想像することすら叶わなかった。
「取りあえず、繋いでみるから自分で感じて試してみて」
「!」
ルゥがそう言うと、『尻尾』が蛇のように鎌首をもたげた。
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