マニキュア3
13.逆襲
−−ラブホテル『謎』ーー
エミは、ラブホテルの看板を見て眉をしかめる。
「……ラブホの名前なんて、センスがないと決まっているけど……」
窓には紫のフィルムが貼られていて、いかにもな外観である。
「さて……と」
(どの部屋にしけこんでいるのか……そもそも、まだここにいるかしら)
ぶつぶつと呟きながら、ラブホの前を通り過ぎる。
(失敗したかな……近くまで来れば、何かしら『感じる』かと思ったんだけど)
エミは、これまでに何度か『人外』の存在と遭遇したことがあった。 それら『人外』の存在が、『力』を使うとき、エミはそれを『感じる』ことができた。
(もっとも、どんな『力』でも感じられるかどうか……第一、今『力』を使っているとは限らないわけだし……)
エミはラブホの向かいにの喫茶店に入った。 ここから、ラブホの入り口を見張ろうというのだ。
「ふむ」
スマホを弄りながら、時々外に目をやる。 辺りが薄暗くなり、街灯にポツポツと明かりがともる。
「ん?」
ラブホから一人の女が出てきて、向こう側に歩いていく。 背後からなので顔が判らないが、髪の毛の色がブロンドだ。
「……エルサ?」
エミは、急いで会計を済ませ外に出た。
(エルサとは限らない……顔を確認しないと……)
しかし、エルサの姿が見えない。
「しまった」
小走りでエルサの向かった方に進み、交差点まで来て四方を見渡した。 しかし、ブロンドの女の後姿は見つからない。
「どこに……」
「誰かお探しですか?」
背後から声をかけられ、驚いて振り向くエミ。 そこにブロンドの少女が立っていた。
「あ……いえ、ちょっと(人違い?)」
ブロンドの少女は、エルサよりずっと若かった。 中学生か高校生ぐらいだろうか。
「そうなんですか? 誰かを探してるようでしたから」
「え、ええ……」
エミは、場を取り繕おうと、スマホのエルサの画像を少女に見せる。
「この人を探してるの。 あのラブ……いえホテルに入ったらしいんだけど」
少女が見やすいように、エミは画像を拡大する。
「良く見せてもらえますか?」
少女がエミのスマホに手を伸ばす。 その爪が……黒い。
「!」
少女の手を振り払うエミ。 が、一瞬遅くその爪がエミの手を引っ掻いていた。
「!?……」
少女が微かに笑った、そこでエミの記憶が途切れた。
−−『妖品店ミレーヌ』−−
「エミちゃん、遅い」
スーチャンと遊んでいたミスティが呟いた。
「……簡単には……見つからないの……では……」
ミレーヌが応じる。 麻美はすでに帰宅し、店内にはいない。
「ん……」
ミスティは立ち上がり、店の外に出た。
「どこへ?」 スーチャンが尋ねる。
「着信確認」 ミスティが答えた。
『妖品店ミレーヌ』は結界の中にあり、携帯電話は通じない。 着信があったか確認するには、結界の外に出るか、結界を解除する必要がある。 店の
前を離れて結界の外に出ると、人気のなかった通りが急に騒がしくなった。
「なんだあの子。 いきなり現れたぞ」 一人が呟いた。
結界の中から外に出たミスティは、辺りの人には忽然と現れたように見えたらしい。 しかしミスティは気にする様子もなく、歩きながらスマホを弄っている。
「……多分気のせいだな」
「そうだな……」
ミスティに注目していた通行人達は、気のせいだな、等と呟きながらその場を離れていった。 その間に、ミスティはエミのスマホを呼び出していた。
”ルルル……ルルル……”
「出ないなぁ」
十数回の呼び出し音の後、通話をOFFにしようとする。
”ガチャ”
「あ、出た。 もしもし……」
”ヤ、ヤバッ!! ゲキヤバッス! アネさんがヤバイッス!!”
「……は?」
聞こえてきたのはアケミの声だったが、ミスティはアケミと面識はなかった。 そして『ヤバイ』『マズイ』で構成されたアケミ語を解読するスキルは、
ミスティにはなかった。
「あのー……どちら様? そのスマホは、エミさんの……」
”そ、そのエミさんがヤバイッス! 大変ッス!……”
…
……
………
「……?」
エミは、微かに目を開ける。 天井が目に入った。
(……)
体を動かさないよう注意して、耳を澄まし、辺りを伺う。 背中の感触からすると、ベッドに寝かされているらしい。
「気がついた? お姉さま」
近くで若い女の声がした。 さっきの少女の声だ。
「ふむ……バレてるなら、寝たふりは意味がないか」
エミは目を開け、体を起こそうとした。
「む……」
体がずっしりと重い。 拘束されているのかと手足を動かしてみたが、一応は動くようだ。 ただ、すごく重く感じる。
「へぇ……動けるんだ」
首だけを動かして声の方を見ると、さっきの少女が椅子に座っていた。 背もたれをこちらに向け、そのうえで手を組んでいる。
「さっき何をしたの? シビレ薬でも使った?」
「コレ」
少女が右手をかざす。 爪が全て黒い。
「『黒い爪の魔女』……エルサだけかと思ったわ」
「私はルゥ。 エルサの後継者……なりたてだけど」
「なりたて?」
エミはルゥの態度に違和感を覚えた。 何か、この子にはおかしなところがある。
「どういう意味? エルサはどこ?」
「そこ」
ルゥはエミを指さした。 いや、エミの寝かされているベッドの向こう側だ。
「……」
嫌な予感を覚えつつ、首を反対の方向に動かした。
「……」
予感は当たったようだ。 エルサがそこに、エミの隣に寝かされていた。 顔色は青白く、ピクリとも動かない。
「貴女が……殺したの?」
「いいえ、死んだ……違うわね。 生きることを止めたの、彼女は」
ルゥの背後で黒いモノが動いた。 鞭のようにしなる黒い蛇、その端は彼女背の向こう側、尻の辺りにあるようだ。
「尻尾?……まさかそれが……」
「そう『黒い爪の魔女』の本体……みたいなもの。 これは『赤い爪の魔女ミレーヌ』の『魔女の衣』に相当するものよ」
「後継者って……」
「この『尻尾』を受け継ぐ者よ……」
ブンブンと宙を薙ぐ『尻尾』を右手でからめとり、ルゥはにいっと笑って見せた。
【<<】【>>】