マニキュア3
12.追跡
−−酔天宮町 商店街ーー
昼下がりの商店街を、黒ずくめの女……エミが歩いていた。 長い黒髪でかなりの美人なのだが、残念なことに着ている服が良くない。 露出度が高く、
水商売の女にしか見えない。
「夜のお仕事用だものねぇ……」
エミは、大学の非常勤講師を務めるようになってから、夜のお仕事は大学に行かない日だけと決めていた。 今日は、夜のお仕事に出るつもりだったのだ。
「世間の風が冷たい……、視線が痛いわ」
日が落ちてからならともかく、日が高い午後の商店街では、この服装は浮きまくることこの上ない。
「まったく……」
一つため息をついて、路地に入りスマホを取り出し、画像を表示する。
「さて……アケミ達はどの辺にいるかしら……」
−−数時間前 『妖品店ミレーヌ』−−
「警戒するとして、『黒魔女』の現住所は?」
「え?」
エミの質問に、ミスティが首をかしげる。
「だから、さっき入って来た女の住所」
「そんなの知らない♪」 にこやかに断言するミスティ。
「……我不知……」 ぼそりと呟くミレーヌ。
「己ら……」 机を掴み、怒りに震えるエミ。
数分経過……
怒り狂ったエミの罵詈雑言が止んだところで、ミスティが自分のスマホをエミに見せた。
「なによ、それ」
「『黒魔女』の画像♪」
ミスティのスマホには、『黒魔女』が店の中に入って来てから、出ていくまでの様子が動画で収められていた。
「いつの間に?……この画像、上から?」
エミは、その画像が天井辺りから取られていることに気が付いた。 天井を見上げると、埃まみれの店に不似合いな、真新しい照明が取りつけてある。
「すごいでしょ。 防犯カメラ付きの店舗用照明。 これでドロボウも一網打尽♪」
「結界で守られているこの店にドロボウが入るの?」
「あ……ま、まぁ、役に立ったし……」
「はいはい。 そう言うことにしておきましょう」
エミは、画像を再生し、『黒魔女』の顔が見える所で止めた。 肩越しに、麻美が画像を覗き込む。
「店の奥にいて、声しか聴いていなかったものね……これが『黒魔女』さんなの?」
「らしいわね。 でも、顔が判っても。 住所は判らないわよ?」
「ネットで検索……」
『できるか!』
エミと麻美にやり込められたが、ミスティはめげない。
「エミちゃんの『角』は何か感じないの? アンテナみたいな機能があったでしょ」
「ん……どうかなぁ。 『黒魔女』が魔法か何か使っていれば感じるかもしれないけど」
「じゃあ、画像を見せて、地道に聞き込みして回るとか」
「馬鹿者! こっちが不審者扱いされるわよ」
「警察に相談……」
「どう相談するのよ? 『ライバルの『黒魔女』が現れたんです。 町に危機が迫ってます』とでも?」
しばらく不毛なやり取りが続いたが、これと言った妙案も出なかった。
「取りあえず、画像をコピーしてくれる? アケミ達……ああ、仕事仲間に見せて、見かけたら連絡をもらう事にするわ」
「それなら私の使い魔たちにも見張らせるわ」
麻美が自分のスマホを差し出し、そちらにも画像をコピーする。
「こうなると判っていたら、店を出た後、すぐに後をつければよかった」
麻美が言うと、エミが頷いた。
「その通りね」
「お客さんなら、買ったモノが出す『波動』を追跡すればすむもの」
ミスティの言葉に、麻美が首をかしげる。
「冷やかしの客だったら?」
「ぬっふっふっ。 この店に入ったが最後、何も買わずに出ようとすると、扉が開かなくなるのだ♪」
「『黒魔女』は出て行ったけど?」
「アレ?」
エミは、ミスティと麻美のやり取り聞きながら、自分のスマホをハンドバッグにしまった。
「じゃあ、私は先に行くわね。 『黒魔女』も、まだその辺にいるかもしれないし」
「んー♪」
「じゃあ、またね」
「……お気をつけて……」
カラーン♪
ミスティ達の声とウェルカムベルの音を背に、エミは外に出た。
エミが出かけると、店の中が静かになった。 ミスティが何かを呟く。
「…役、退場」
「え?」
麻美が驚いてミスティを見る。 彼女は、感情の欠けた顔でドアを見ていた。
「なに? 何て言ったの?」
「え? 何か言った?」
ミスティがキョトンとした顔で、麻美を見返す。
「もう」
はぐらかされたと感じ、麻美はミスティを軽くにらんだが、ミスティはいつものお気楽な表情に戻っている。
(……かなわないなぁ)
一見お気楽なピンク色の小悪魔、その内に何が秘められているのか、それを知るには彼女はあまりに力不足だった。
−−酔天宮町 裏通りーー
「ふむ……」
エミは、路地を抜けて裏通りに出た。 表通りに比べると人通りは少ないが、その分エミが目立ってしまう。
「エミ姐さん? 早出ですか?」
声をかけられ、振り向くエミ。 仕事仲間のアケミ(人間)がかけてきて、エミの前で止まり、息を整える。
「アケミ。 貴女こそ早すぎじゃない? 明るいところだと、年バレるわよ」
「へへー」
照れ笑いをする、アケミ。 年がばれると言っても、『若作りしているオバサン』ではなく、逆の方。 化粧を落せば、補導員が血相変えて追いかけて
来るだろう。
「丁度良かった。 貴女に聞きたいことがあって」
エミはアケミにスマホの画像を見せる。
「この女を探しているんだけど、見なかった?」
「何です? ヤバイ筋の……あー、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!」
いきなりヤバイを連発するアケミ。
「ちょちょっと、どうしたの、アケミ」
「どうしたのじゃありませんチョーヤバですよこの女! さっき、ラブホにしけ込むところを見たんですから」
「だれと? お得意様?」
「そんなんじゃありません! 年端もいかない女の子! それも妙にフラフラしてた、ありゃきっとクスリかドーズってますよ、間違いないっス!!」
「わかった、わかったから声を落として。 人目があるから」
「あっ! ヤバイ!」
エミはアケミを近くの路地へ引っ張り込み、詳しい話を聞いた。(もっとも、アケミの言葉は『ヤバイ』率が高く、情報量が低かったが)
「……なるほど。 それで女の子の方は、見たことない子だったのね」
「ええ……でも、パッキン、青目だからヤバイっス!」
「ふむ……地元の子でその風貌だったら、貴女も知ってるはずと」
「そうっス!」
エミは、アケミからラブホの名前を聞き出した。
「ありがとう、アケミ。 この女を見かけることがあったら、連絡を頂戴」
「おまかせ!」
エミは、アケミと別れ、『黒魔女』が少女を連れ込んだラブホテルに向かった。
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