マニキュア3

7.黒い爪の魔女


 カラン……

 ウエルカム・ベルの音に、店の奥にいたミレーヌが顔を上げた。

 「……」

 一人の女が店の中に入ってきて、店の中をぐるりと見渡す。

 「へぇ……見事な品揃えだこと」

 女は感嘆と嘲りが混じった声を上げた。

 「……お客様……ですか?……」

 女はミレーヌの方を見た。

 「いえ。 近くを通りかかったら、この店が見えたから、ご挨拶に伺ったの。 私は『黒い爪の魔女』エルサ」

 ミレーヌのフードが微かに揺れた。

 「……『黒い爪の魔女』……ですか……初めまして……」

 「初めまして、『赤い爪の魔女』ミレーヌ……」

 ピシッ

 店のあちこちで、何かが軋むような音がした。


 「……ご挨拶……だけですか?……他に用は……ありませんか?」

 「この店に用はないわ」

 「……では……なぜここ……この町に?……」

 「なんとなく」

 「……」

 二人の間の空気が張り詰めた。 次の瞬間、『黒い爪の魔女』の真上にピンク色の人間が出現し、真っ逆さまに落ちてきた。

 ズシン!

 鈍い音がして、店内に埃が舞い上がる。

 「……店内へのテレポートは……迷惑ですよ……ミスティ……特に……他の人が……いる時は……」

 埃神楽を手で払いなつつミレーヌがミスティに文句を言う。

 「やぁ、失敗♪ ゴメン、エミちゃん……じゃない? 麻美ちゃん……でもない? お客様?」

 「……いいえ……」

 「やぁ♪ なら問題ないか♪……おょ?」

 ミスティの下敷きになった『黒い爪の魔女』、その尻の辺りから尻尾が生え、ミスティに絡みついてその体を宙に持ち上げた。 邪魔な重石がなくなった

『黒い爪の魔女』は、手を床について立ち上がり、憮然とした表情でミスティを一睨みし、体の埃を払った。

 「やぁ、失敬♪ 私、ミスティちゃん♪ 貴女は、どちら様?」

 「『黒い爪の魔女』エルサ」

 「へぇ? 貴女があの『黒い爪の魔女』?」

 宙づりにされたままのミスティが、いつもの調子で頷き返した。 すると、ミスティの傍にブロンドの女性悪魔ブロンディと黒い肌の女悪魔ボンバーが

忽然と現れた。 ボンバーがミスティを尻尾から解放すると、ブロンディがミスティの肩に手を置いた。

 フッ

 ミスティとブロンディの姿が溶け合い、薄ピンク色の女悪魔スマート・ミスティへと姿が変わる。 スマート・ミスティは、冷たい笑みを浮かべてエルサを

じっと見つめる。

 「さて災厄の魔女『黒い爪の魔女』さん、なにしにここに? 『なんとなく』なんておとぼけはなしよ?」

 「聞いてたの?」

 「まさか」

 少しの間『黒い爪の魔女』とスマート・ミスティはにらみ合っていた。 少しして『黒い爪の魔女』が口を開く。

 「後継者探しのためよ」

 「後継者?」

 「ええ、『黒い爪の魔女』の後継者」

 「なぜここ、この町に? 後継者探しに有利な理由があるとでも?」

 「『木を隠すなら森の中』と言ったら?」

 スマート・ミスティはすうっと目を細めた。

 「騒ぎを起こす気? 迷惑よ」

 「そう? 貴女達も、いろいろと騒ぎを起こしていると思うけど」

 『黒い爪の魔女』は、服から埃をはらい落した。 長く伸びていた尻尾は、いつの間にか消えている。

 「表立って敵対するつもりはないわ。 だからご挨拶しに来たの」

 『黒い爪の魔女』は踵を返し、店から姿を消した。

 
 「ほえー」

 「新手の魔女とは」

 店の奥からエミと麻美が顔を出した。

 「ずっと隠れてたのね」 スマート・ミスティが言った。

 「なにやらヤバそうな女だったから。 顔を覚えられても困るし」

 「触らぬか……あ、なんでもない」

 麻美が『神』と言いかけ、スマート・ミスティに睨みつけられた。

 「それで? 災厄の『黒い爪の魔女』とか言ってたけど、何者なの?」

 スマート・ミスティとミレーヌが顔を見合わせ、ミレーヌが語り始めた。


  『黒い爪の魔女』は『赤い爪の魔女』ミレーヌや麻美と同じ、『呪紋』使いで、自分や他の生き物の体に『呪紋』と呼ばれる紋様を描き、そこに

  『魔力』を流すことで、姿形を変えたり、様々な『力』を付与することができる。 『赤い爪の魔女』との違いは、自分自身の変身に『制限』がない

  事だった。 ミレーヌや麻美の場合、『変身』魔法では、胸を大きくしたり、頭の働きを活発にしたりと、『人間』としての能力を拡張する程度で、

  動物や魔物に姿を変える様な極端な『変身』はしない。 但し、そういう『変身』ができないわけではなく、事実『青い爪の魔女』となった保険医が、

  自分を龍娘に『変身』させている。 ただ、『人間』以外に『変身』すると『魔女』でなくなるため、(自力では)『人間』に戻れなくなるのだ。 

  ところが、『黒い爪の魔女』は、自分の体に鱗、尻尾、触手を生やし、さらに進んで蛇女、ハーピー、キメラなどの魔物に『変身』し、自力で人間に戻る

  ことができる、というのだ。


 「そんな……なんで? どうしてそんなことができるのよ?」 麻美が尋ねた。

 「……わかりません……いえ……『仮説』はあるのですが……」 ミレーヌが呟いた。

 「『仮説』? 魔女絡みで?」 エミが首をかしげる。

 「……おかしな物言いですが……」

 それきりミレーヌは口をつぐんでしまった。

 「まぁ、いいでしょう。 変身に制限がない『黒い爪の魔女』がこの町に現れた。 それはいいとして、『災厄の』と言う二つ名がついている理由は? 

彼女の何が問題なの?」

 「……それは……」

 ミレーヌが話を続ける。
  

  『黒い爪の魔女』の問題は、その無節操とも言える変身能力と倫理観の無さにある。 『赤い爪の魔女』とて、善人ではなく『呪紋』研究のために

  人体実験することも躊躇しない。 それでも、無差別に人体実験を繰り返すようなことはなく、時にはその能力で病気や怪我を直したり、貴重な

  魔法のアイテムを作成し、対価と引き換え授けることもある。 ところが、歴代の『黒い爪の魔女』は倫理観が皆無としか思えない様な行動を取り、

  村一つの人間を惨殺したり、動物や魔物に変えたりしている。 それも、何か理由があっての事ではないらしいのだ。 結果として、『黒い爪の魔女』

  はなんら益をもたらさない、生ける『災厄』という評判が立っていた。 そして、その評判が『魔女』全般の評価となり、『魔女』は社会の敵となって

  しまったと言うのだ。


 「主に『マニキュア魔女』の評価についてだけど」 スマート・ミスティが補足する。

 「随分と迷惑な話だけど、なぜ『黒い爪の魔女』はそんな行動を取るの? 何か理由があるの?」

 「……それについて……私は一つの『仮説』を立てました……」 ミレーヌが呟いた。

 「それは?」

 「……『黒い爪の魔女』は……実は最初から『人外』の存在……それも……小悪魔ミスティや『シェアーズ』と同様……『魂』と肉体を……分離できる

素地がある『人外』ではないかと……」

 「え?」

 「……だから……肉体を『変身』させても……『魂』は不変……なのではないかと……」

 ミレーヌの『仮説』をエミは頭の中で反芻し、あることを思い出した。

 (そうだ……私も……)

 エミの『人の心』が封じられた鏡の欠片。 それがサキュバスの肉体の外にあるから、彼女は人の心を失わないでいられる。

 「つまり『黒い爪の魔女』の『肉体』は、いわば合体変形ロボで、『魂』がパイロットと考えれば……スパロボ『魂』みたいな存在なのね」 とスマート・

ミスティがまとめた。

 『違うって』 エミ、麻美、ミレーヌが突っ込んだ。

【<<】【>>】


【マニキュア3:目次】

【小説の部屋:トップ】