マニキュア3

4.課題と姉弟


−−『妖品店ミレーヌ』−−

 黒髪の『蛇女』がE海岸に上陸した翌日、『妖品店ミレーヌ』の店内には、『赤い爪の魔女』ミレーヌと、その『弟子』如月麻美、『サキュバス』エミ、そして

『ピンクの小悪魔』ミスティとその使い魔『スライム少女』スーチャンが顔を揃えていた。

 「マジステール大学の……講義の課題の……相談?」 ミレーヌが困惑した様子で尋ねる。

 「そう。 どう取り組めばいいか、相談に乗ってほしいの」 麻美が応えた。

 「ミスティ、わっかんない♪」 ミスティが笑顔で肩をすくめる。

 「取り組み方以前に、相談相手が間違っていると思うけど……何の講義の課題なの?」 エミが尋ねた。

 「『未来社会へ向けての課題』よ」

 「ああ、あれ……」 エミが遠い目になった。
 

 マジステール大学は、ヨーロッパと日本に拠点を持つ国際大学で、ほかの大学では見向きもしない奇矯な研究(宇宙人生態、UMA探索等)を行っていて、

『イロモノ大学』と陰口、いや大っぴらに言われている。 一方、地味だが重要なテーマを、必須講義としていて、その面での世間の評価は高かった。 

しかし、そう言った講義は学生には受けが悪かった。 『未来社会へ向けての課題』は、その一つだった。

 
 「『社会が抱えている問題』から一つを指定し、『具体的な解決策を提案し、その解決策の可能性、問題点について定量的な考察を示せ』だったかしら」

 「よく知ってるのね……エミさん、昔マジステール大学に通ってたの?」

 「今現在の非常勤講師よ、SEX実技指導の」

 「ああ……そうだったわね……男子学生が鼻の下伸ばして殺到し……」

 「……初回の講義で……半分が脱落する……と聞いていますが……」

 「なんでミレーヌが知ってるの。 まあ、それは置いとくとして、今年の『問題』はなんなの?」

 「『50年後の社会で、海上輸送を持続させる解決策を示せ』よ……」

 「難しい問題を出してきたわね……」

 
 今現在、海上輸送を担っている船舶の燃料は、ほぼ100%がC重油である。 一方で、C重油の原料である原油は、50年後には採算限界を割り込み、

C重油の供給は0になる。 したがって、代替燃料が無ければ、50年先には海上輸送手段がなくなることになる。

 
 「へー、大問題なんだぁ♪」 とミスティが他人事のように言う。

 「そうなのよ。 でも今一つピンと来なくて……講義を受けていた、他のみんなも『フーン』て感じで……」

 「どうして?」 エミが確認するように聞いた。

 「だって、50年先でしょ? 判り切った問題なら、解決策を誰かが考えているはずでしょ……」

 「それを考えるべきは貴方達なのよ?」

 「……え? ああ、もちろん、課題だもの……」

 エミは麻美の顔を正面から見据えた。

 「大学の課題として、じゃなくて、現実の問題を提示、気づかせ、考えさせる。 そのための講義、課題なのよ、これは」

 「そ……そうなの。 そんなこと考えもしなかった」

 「流されるだけじゃ、卒業できないわよ」

 「……魔女にも……なれませんよ……」

 「あ……ああ、はいはい」

 ため息をついた麻美だった。

 
 −− 酔天宮町のとあるマンションの一室 −−

 ん……

 少年は目を開ける。 見慣れた天井が、すぐ目の前に見える。

 くぅ……

 手で目を擦った。 体がだるく、頭が重い。

 (朝?……いや、お昼かな……)

 ごろりと寝返りを打つ。 窓から差し込む日光が、部屋の中を明るくしている。

 「ルゥ? 起きたの?」

 台所から姉の声が聞こえた。

 「うん……」

 引き戸が開三つ年上の姉が入ってきた。 二段ベッドの上で寝ていた少年……ルゥの額に、白い手を当てる。

 「熱は引いたようね」

 「熱?」

 「覚えてないの? 今朝、なかなか起きて来ないと思ったら、顔真っ赤にしてうなされていたんだから」

 「そう?」

 ルゥの顔を、姉の青い瞳が覗き込んでいる。

 「ママの国より、ここの方が暖かいのにね……それで体調を崩したのかしら」

 「……起きる」

 「まだ顔色が悪いわ。 もう少し寝てなさいな。 スープを作ってあげる」

 「ありがとう……」

 ルゥを残して、姉が台所に戻っていった。 残されたルゥは横になって天井を見上げた。

 (ママの国……)

 ルゥと姉のミーシャは、父親が日本人、母親は某国の出身だった。 ルゥと姉は、日本で生まれたが、幼い頃家族で某国に渡り、つい一月前にミーシャと

ルゥだけが日本に戻ってきた。 両親は、某国で仕事を続けているが、何れは日本に帰ってくることになっていた。 物思いにふけりつつ、頭だけで窓の

方を見た。

 (……?)

 何かが引っかかった。 酷く怖い夢を見た様な気がする。

 ズキッ……

 足の付け根に鈍痛が走った。 パジャマの上から、ソコを押さえる。

 「え?」

 違和感を覚えた。 布団をそっと持ち上げ、パジャマのズボンの中を覗き込む。

 「えぇ?」

 『男の子』が『男』になっていた。 と言っても、真っ赤で縮こまっているそれは、痛々しい少年のようだったが。

 「こら、何見てるの。 おねしょしたの?」

 「わぁっ」

 自分のモノを見ているところを姉に見つかり、顔を真っ赤にしてズボンを戻す。

 「違うよ……ちょと変だったから」

 「変? まあ、男の子のモノって、大抵変だけど」

 ルゥを世話してきた姉だ。 ルゥのモノは見慣れている。

 「ほっといてよ」

 プゥっと頬を膨らまし、スープの入ったマグカップを受け取り、熱いスープを口にする。

 
 「そう言えば、ルゥ。 貴方昨夜はどこに行ったの?」 空になったマグカップを受け取りながら姉が尋ねた。

 「昨夜?」

 「うん。 夜中に起きだして、表に出て言ったでしょう? 気がついたら戻って来てたけど……あれで風邪ひいたんじゃないの?」

 「起きて……表に?」

 「覚えてないの?」

 「うん……寝ぼけてたのかな」

 「まさか……夢遊病?」

 「まさか」

 ルゥはそう言って、布団に潜り込んだ。

 「!?」

 ルゥは自分の右手の甲を目の前にかざした。

 (爪が……黒くなっている!?)

 右手の五本の指の爪が、真っ黒に染まっていた。

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