マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

41.大いなる力と学の犠牲


 「んー……」

 虎女の唇を奪った麻美は、不満げな表情を見せた。

 「そーいやこの娘はあたしが使い魔にしたんだっけ」

 男の子か精気を集めていたのは、ドラゴン女(鷹火車保険医)配下の獣娘たち。 虎女の体には、麻美が注いだ

魔力の分しかない。 麻美は舌打ちして虎女を解放した。

 「他のは……と」

 部屋をぐるりと見回すと、馬女、蛇女、ネズミ少女等の獣娘達が、麻美を見たまま床にへたり込んでいる。

 「ふむ……オイデ」

 麻美が声に力を込めて呼ぶと、獣娘達はフラフラと立ち上がり、ベッドの上の麻美に歩み寄っていった。

  
 「おー♪」

 ミスティが感嘆の声を上げたのを聞いて、エミは彼女に室内の様子を尋ねた。

 「自分で見ればいいのに〜」

 「今あの娘(麻美)を見たら、私まで操られちゃうでしょーが! 大体、どーしてあんたは平気なの!?」

 「格の違いだね〜 私は電脳小悪魔にして、忍者ミスティ〜♪」

 「言ってなさい!」

 いら立ちを隠さないエミに、ミスティが能天気な声をかける。

 「ほっといたら、その女の二の舞、この前の様な事になったらどうするの!」

 以前、麻美は妖品店『ミレーヌ』で入手した『マニキュア』の力によって『魔法』手にし『魔女』となった。 しかし、

未熟な麻美は『魔力』と『マニキュア』に振り回されて暴走し、学とエミの助けによって辛うじて危機を脱した。 しかし

再びその危機が再現しようとしていた。

 「大げさじゃないの〜♪」

 「えぇ?」

 危機感の欠片もないミスティの物言いに、エミは片方の眉を吊り上げて見せた。

 「わっ、器用。 それおせーて」

 「やかーしぃわ!」


 「オイデ、お前たち……さぁ、貢物を捧げるがよい」

 エミとミスティが口論(笑みが一方的に怒鳴り散らしているだけとも言う)に終始している間に、麻美の口調が

変わってきた。 偉そうに獣娘達に命令を下している。

 獣娘達は、しずしずとベッドの前に歩み寄ると、己の中にため込んだ精気を捧げるべく、ベッドの上の麻美へと

近づいていく。


 「おーっとネズミッ娘達が先を争って精気を捧げに入った、あーと馬娘が後から負けじと……凄い凄い、あれだけ

精気を貰えば、一気にレベルアップ、魔女の二階級特進も夢じゃないかも」

 「二階級特進じゃあの世行でしょうが! だいたい、未熟なあの娘が一気に精気をその身に受けたらどうなる

のよ!?」

 「さぁ?」

 「あ、あんた悪魔でしょ!? 知らないの!?」

 「知らないないない」 ミスティはぶんぶんと首を横にふる。 「まぁ、精気が魔力に変換されて……んでもって

制御しきれず暴走して……一人前の魔女になるか、それとも人以外のなにかに……」

 「あ、あんたそれでいいと……」

 「いいんじゃないの?」

 エミははっとする。 能天気に見えるミスティの表情の下に、何か冷酷な影の様なものが見えた気がした。

 「いろいろ誘われはしたけども、自分で進んできた道じゃない〜♪ 何が待っていようと、結果は自分で受け

取らないと……ねぇ♪」

 「……正論ね。 でも、あの娘はまだ『結果』の深刻さを理解していないわ。 いま、全てを負わせるのは酷じゃ

ないの?」

 エミの声が固い。 対して、ミスティの調子は相変わらずお気楽だが、話す中身は氷のように冷たい。

 「理解しようがしまいが、時が来れば『結果』はやって来る。 そうでしょ〜♪」

 どうやらミスティは、何もする気がないらしいとエミは悟り、事態を打開する別の手段はないかと頭を働かせる。

 (私が動けないとなると……ドラゴン女と虎女は×で、残りの獣娘はもうあの子の使い魔も同然、スライムタンズ

でも今のあの娘には……唯一あの娘を止められるの学君はEmpty状態でダウン……あれ?)

 エミの頭の中で閃くものがあった。 背後の状況を、素早く頭の中でイメージする。

 「そうか、それがあったわ」

 「はれ?」

 「『この世を統べる大いなる力』の事を忘れていたわ」

 大仰な事を言い出したエミに、ミスティは疑念の眼差しを送る。

 「急にな〜に? 『この世を統べる大いなる力』ぁ? 神様にでも祈るのぉ? サキュバスがぁ?」

 なにやら、チンピラの様な不穏な物言いでミスティが絡んでくる。

 「いーえ、いえいえ。 私は神など信じていません。 まぁ神がいたとしても、こういう場面で祈って効き目がある

とは思えないけど」

 「当たり前でしょ!! 神様が何してくれるって言うのよっ!!」

 急に激しい口調になったミスティに、今度はエミが驚きの表情をみせた。 ミスティははっとすると、いつもの

お気楽小悪魔に戻る。

 「それで〜? じゃあサタン様にでも祈るのぉ? 『最高責任者』にぃ?」

 (お、昔あたしが使ったボケだ)

 エミは腹の中で考えつつ、時をはかる。

 (獣娘を呼び集め始めてから……約3分。 そろそろね)

 「私が信じるのは『宇宙の真理』物理学よ。 『この世を統べる大いなる力』とは重力。」

 「ほえ?」

 「おーい、麻美ちゃん。 そろそろ彼氏に気を使ってあげなさい」


 筋肉質の馬女と熱いベーゼを交わしていた麻美の耳に、エミの言葉が滑り込んだ。

 「なぁにぃよ、学君に気を使えって。 気を使っているから男じゃなくて女の子相手にしてるのに……ねぇ」

 最後の一言は、学に対して同意の呼びかけだったが……返事がない。

 「あれ?」

 麻美は、そーと視線を下に向ける。 すっかり忘れていたが、彼女はベッドの上に座っているが、彼女とベッドの

間には学がいたのだが……彼は白目を剥いて泡を吹いていた。

 「ЬЁБДГЖ!?」 意味不明の叫びをあげた麻美は、馬女を突き飛ばして学を抱き起す。


 「あー……」

 「まぁ、女の子とは言え10人近い相手に踏み付けにされりゃねぇ……」


 「だ、だれか医者を呼んで!!」

 「医者はさっき貴方に精気を吸われて失神しているわよ」

 エミの言葉に、麻美は大慌てで人に戻って失神していた鷹火車保険医を抱き起し、マニキュアの魔法で活を

入れる。

 「復活! おほ……」

 「笑ってないで、手当てして!」

 
 「あー、魔力をあんなことに使っちゃって……」

 「これで魔女のレベルアップのおじゃん……かな?」

 かくして、長きにわたった騒動は、健気な一少年の犠牲を持って終結した……


 「死んでません!」

【<<】【>>】


【マニキュア2 〜ビーストウォーズ〜:目次】

【小説の部屋:トップ】