マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

40.鷹飛車保険医の危機


 麻美は目を閉じて深呼吸をする。 へそのした辺りに力を込めるイメージを描きながら、眼を開いた。

 『!?』

 麻美以外の全員が、いや、麻美とミスティ以外の全員が息を呑んだ。 麻美を魔女たらしめている全身を走る

赤い『呪紋』、それが光始めたのだ。

 「……」

 強く、弱く、そしてまた強く、視線を吸い寄せるかの様に光が明滅し、麻美の体を妖しく飾り立てる。

 「な、何を……」

 ドラゴン女こと鷹火車保険医は麻美の姿に異様なものを感じ、戸惑いを口にする。 が、次の言葉を口にする

ことができず、棒立ちになった。 彼女の顔から表情が消え、人形の様に固まってしまう。 そのそばで虎女が、

そして他のビースト娘達が同じように固まっている。

 「……」

 麻美は無言のままドラゴン女を見据えると、すいと右手を突出して手招きをした。 麻美に呼ばれたドラゴン女は、

うつろな表情で麻美に向かって歩を進める。


 「……」

 人形の様に固まってしまったのは、スーチャンも同じだった、そしてエミも同様に固まっていた。 

 「……!?」

 突然エミの視界を何かが遮り、同時に呪縛が解ける。

 「だーれだ♪」

 「誰だじゃない!」

 エミはミスティの手を払いのけつつ、彼女の方へと向き直り、麻美の姿が見えない様にする。

 「もう……貴方は平気なの?」

 ミスティは薄笑いを浮かべたまま頷くと、今度は棒立ちになっているスーチャンに目隠しをした。

 ”きゅぅ〜”

 スーチャンは自分で擬音を入れながらその場にへたり込み、緑色の塊になってしまった。

 「あらあら、スーチャンお眠なのね〜♪」

 「大丈夫なのね? スーチャンも」

 ミスティは頷いて、エミの背後に視線を移す。 そこには赤い光を放つ麻美の姿があるはずだが、ミスティは平気

らしい。

 「ん〜ちょっと疲れただけじゃない〜♪」

 緊張感の欠片もない口調で応えるミスティは、眼を細めて麻美を見ている。

 「やっとその気になった……かな〜♪」

 エミは横目でミスティの表情を伺った。 お気楽能天気の小悪魔の表情に、なぜかひどく邪悪なものを感じた。

 
 オイデ……

 鷹火車保険医の頭の中で、赤い光に彩られた魔女が命じる。 抗うことのできない、いや抗う事すら思いつかない

その命令に、彼女は肉の人形と化し、麻美まで一歩の距離まで近づいた。 青い鱗で覆われたグラマラスな

ボディは、赤い光に照らされて黒っぽい光沢を帯びて見える。

 (うえ〜)

 麻美は腹の中で愚痴る。

 (このオバサンから精気を吸い取ってと思ったけど……うう、近くによられるとやっぱキモイわ) 

 麻美はノーマルな嗜好の女であり、同性愛の性癖はない。 しかし、この部屋の中で精気をため込んでいるのは、

この女を筆頭としたビースト娘達しかいない。 魔力の源である精気を補給するには、この女から吸い取るしかない。

それに、彼女の下にはボーイフレンドの学がいる。 彼の目の前で、他の男から精気を吸うのは憚られた。

 (女×女なら、勘弁してもらえるでしょ)

 と勝手に考え、麻美はドラゴン女から精気を吸うことにしたのだが……いざとなるとやっぱり嫌悪感がある。 

 (えい、覚悟を決めて!)

 麻美はドラゴン女の顎を持つと、ぐっと手前に引き寄せた。 グラマラスな爬虫類系のボディが斜めに傾きながら

麻美に近づく。

 「わっ!」

 弾みで、鱗で覆われた乳房(?)が学の顔に乗っかってしまったが、麻美は構っている暇がない。 うつろな顔の

ドラゴン女と唇を合わせる。

 「!」

 ドラゴン女の身体に青い筋が浮かび上がった。 彼女をこの姿に変え、力を与えている青い『呪紋』だ。 それが

たちまち黒く色を変える。

 「!?」

 わずかな抵抗をみせるドラゴン女に構わず、麻美は意識を唇に集中して、ドラゴン女を『吸った』。

 「ヒィ……ィィィィィ……いいい……」

 ドラゴン女の口から喘ぎが漏れた。 精気が吸い取られることに対するリアクションらしいが……

 「いぃ……ああぁ……」

 能面のように無表情ただった彼女の顔に表情が戻ってきた、愉悦の表情が。

 「あぁ……ああぁ……」

 うっとりと麻美に吸われるがままになっているドラゴン女、その体から青い鱗が消え、爪や尻尾が小さくなっていき、

次第に『人』に戻っていく

 (よかった、人に戻んなかったらどうしようかと思った)

 やや安堵しながら、麻美は精気を吸うことに集中する。 吸った『精気』は、彼女の肌の『呪紋』を介して下腹部に

集まり、そして女の神秘へと流れていく。 麻美は熱い精気の流れが胎内に入ってくるのを感じた。

 (やん、これでも感じるじゃないの……)

 麻美は戸惑った。 口づけを交わしている(しかも女と)だけなのに、彼女の下にいる学と愛を交わしているときと

同じ様に感じ始めているのに気が付いたのだ。

 (仕方ないとはいえ……)

 ドラゴン女から吸った『精気』は、暖かな流れとなって彼女の肌を擽り、そして彼女の神秘へと吸い込まれてく。 

甘く甘美な感覚が、彼女の胎内で次第に大きく膨らんでいく。

 (いいかも……これも……フフッ)

 腹の中で冷笑すると、麻美はほぼ精気を吸い尽くしたドラゴン女を解放する。

 「あぁ……」

 鱗と尻尾と爪を失ったドラゴン女、いや元ドラゴン女は正体をあらわすと、呆けた表情のあられもない格好で床に

座り込んだ。 均整の取れていたボディはややタレ気味になっているが、かえって色っぽくもある。 

 
 「ほ、『床勝負』のはずが直接対決でけりがついたみたいね」

 視界の隅で、ドラゴン女が床に座り込んだのをエミは見ていた。 まだ麻美の体から催眠効果のある光が出て

いるらしく、直接麻美を見ることができない。

 「これで解決……え?」

 エミは虎女が立ち上がるのを見て戸惑いの声をあげた。

 「ちょ、ちょっと麻美さん?」

 背中の方にいる麻美に声をかけたが返事がない。 その間に虎女はエミの視界から外れて、麻美の所にいって

しまった。

 ”ふにゃアァァ……”

 でかい猫の様な声を上げ、虎女がよがっている気配がする。

 「ちょっ、ミスティ!!」

 「うーん。今度はあっちが暴走気味みたい〜♪」

 ピンク色の小悪魔はエミの方を見ると、チロリと舌を出した。

 「こういうのって日本で何ていうの? 『こちらが立てばあちらが立たず』?」

 「女同士じゃどちらも立たないわよ!」

 「ま、お下劣」

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