マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

38.決まり手は『ニラミ出し』


 麻美が一歩前に出た。

 ズン 

 微かに床が震えた。

 ズン……

 ズン……

 ズン……

 三歩でベッドにたどり着くと、無言でベッドの三人を睨み付ける。

 (うっわー……)

 エミの立っている位置からは彼女の背中しか見えず、表情がわからない。 エミはその事を神(?)に感謝した。 何しろ、ベッドの

上に居る虎女とドラゴン女(鷹火車保険医)の顔は、恐怖にひきつっているのだから。

 「どきなさい」

 麻美の言葉に、二人は転がるようにベッドから飛び降り、部屋の隅まで逃げた。

 「ア……あれ?」

 二人から解放された学が、正気に戻りかけた。 部屋をぐるりと見回して、麻美の所で視線が止まる。

 「せ……ん……ぱ……」

 後は言葉が続かない。 硬直する学に麻美が無言で近寄る。

 「よかった?」

 「え?」

 「さっきまでの、よかった?」

 麻美の声にがやや湿っぽい。 学は麻美の顔を見かえした。 火の出そうな赤い瞳に自分が写っている。

 「正直に言えば……」

 視線を落とす学の先で、彼の息子が正直に気をつけしている。

 「そぅ……」

 「でも……」

 学はごくりとつばを飲み込んだ、次の一言で自分の運命が、いや寿命が決まる、と悟っていた。 一呼吸おいて、次の言葉を

口にする。

 「心が休まりませんでした」 

 麻美が身じろぎした。

 「心が……?」

 「はい、先輩との夜は、その朝になってときに、目が覚めるのがこんな辛いことがあったのかと言うぐらいの、安らかな目覚め

で……」

 学の言葉が途切れた。 かれの唇を麻美が塞いだのだ。

 「……」

 しばらくして麻美は、唇を離すと。 破れた上着を脱ぎ捨て、下着を優雅な動きで脱いでいく。

 「せ、先輩? 人が見ています」

 そう、この部屋にはエミ、虎女、ドラゴン女、そして使い魔の獣娘達と、その下僕男子達がひしめいていて、固唾をのんでベッド

の上の『光景』を見つめている。

 「かまわない……」

 そう呟くと、麻美は流れるような手つきで自分の肌に指を滑らせた。 赤い『呪紋』が優美な曲線を引いて少女の肌を彩り、

続いてその紋様に合わせるように、麻美の体が微妙に変化する。

 「センパイ……」

 途中で学の言葉が途切れた。 ほんのわずか体形が変化しただけだ。 しかし、受ける印象がまるで違う。 先ほどまでが

雛鳥であったなら、今は成長した親鳥だろうか。 そして彼女は翼を開くように両手を上げた。 赤い『呪紋』が学の眼を引き

付ける。

 「……」

 学は麻美の胸に顔を埋め、舌先で『呪紋』をなぞった。 肌に踊る赤い縞が喜びに震える。

 「!」

 舌先が麻美の肌に磁石の様に吸い付き、軽く引かれる感じを覚えた。 学は逆らわず、引かれるままに舌を滑らせる。

 「あっ……」

 麻美が喉を見せてのけ反り、学の頭を両腕で抱え込んだ。 学は、目を閉じて側頭部に麻美の温もりを感じ、舌の感覚だけを

頼りに麻美を愛する。

 「ああっ……」

 細い喉から歓喜の呻きが漏れ、赤い『呪紋』の上を輝きが走る。 輝きが走るたびに、麻美の体が少しだけ変わる。 蕾が

ほころぶように、麻美は花開いていった。
 

 「何か今までの彼女とは違うような、ふっきれたのかしら?」

 「結局は、気の持ち様だったりして〜♪」

 エミが横を見ると、ミスティが、最初からそこに居たかの様に立っていた。

 「気持ち?彼女の?」

 ミスティが頷いて、エミが手に持っている物を指さした。

 「そう思ったから、でしょ?」

 エミは黙って、手に持っていたスケッチブックを見た。 マジックで黒々とした文字が書きつけてある。

 『先輩といるのが一番です、みたいな事を言って褒めなさい!』

 麻美が学を追いつめていた時、エミは大急ぎでこれを書き、麻美の肩越しに学に見せたのだ。

 「私は……危ないものを感じたから」

 「自分に自信がないから、魔法に頼る。 その魔法も使いこなせないから、先に進めない」   

 エミははっと顔を上げる。 ミスティの顔つきが、普段からは信じられない様なほど凛々しく見えた。

 「自分に自信がつけば、魔法に頼らなくても先に進める。 そこまで行けば、今度は魔法で自分行く先を広げることができる……

なんてね〜♪」

 普段の調子に戻ったミスティに苦笑しつつ、エミは言葉を返す。

 「その為に? 『マニキュア』が麻美さんを魔女として育てる為に彼女達を利用したと?」

 エミの視線の先には、部屋の隅で身を固くしているドラゴン女以下、獣娘御一行がいる。

 「ん〜♪ 何の事かなぁ〜♪」

 踵を返し、ミスティは部屋から出て行った。 その後ろ姿を見送りながら、エミは呟いた。 

 「それとも……貴方の方かしらね。 彼女達を利用しようとしているのは」

 肩をすくめて振り向くと、ベッドの上の二人が互いのシンボルを一つに合わせ、輝く赤い『呪紋』が二人の肌を彩っている。 

その様は祝福の様でもあり、あるいは呪いのようにも見えた。 エミは二人から視線を外し、部屋の中を見回した。 そして、

机の上に目的の物を見つけると、机に歩み寄ってそれを取り上げた。

 「これが元凶ね」

 それは、ラベルの無いマニキュアの小瓶だった。

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