マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

34.悪魔の助け


 エミは翼を広げて宙に舞った。 昼間なら学生の姿が途切れることのない場所だが、今は人の姿はない。 代わりに鷹火車

保険医側の使い魔の獣娘と、麻美に味方する悪魔と使い魔が対峙していた。

 「質はともかく、数が圧倒的ね」

 獣娘は馬、牛、ウサギ、ハムスターと種類も数も多い。 彼女たちの攻撃は、体当たり、噛みつき、跳び蹴りと単調だが、

とにかく数が多い。

 「一度に来られると、数で勝てそうにないわ。 何か策はない?」

 エミは、麻美とミスティに尋ねた。

 「ミミを使うわ」

 麻美は、足元をうろついていた黒猫を抱き上げる。 猫は何をされるか悟ったのか、じたばたもがいて彼女の腕から逃げ

出そうとしている。

 「猫娘一匹加わってもねぇ……」

 「貴方の使い魔たちは? 数だけは対等になるでしょ」

 期待のこもった麻美の視線を受け、エミは黙って首を横に振った。

 「スーチャンがウサギ娘に襲われたのを覚えている? あの娘たちは、みな草食系の使い魔、植物系の使い魔スライム

タンズの天敵みたいなものよ」

 「……」

 黙り込んだ麻美に、いつの間にか忍び寄っていたハムスター幼女が飛びついてきた。

 「きゃーっ!?」

 派手な悲鳴を上げる麻美のうなじを、ハムスター幼女がこしょこしょとくすぐり始めた。

 「やめてぇ、あーはっはっはっ、助けて!!」

 エミに助けを求める麻美。 しかしエミも襲われていた。

 「わっこら、やめぃ」

 翼を広げて、背中をガードするも正面から牛女、上からウサギ娘と次々に襲ってくる。 ウサギ娘の蹴りはなんとか避けたが、

牛女と力比べをする羽目になった。

 「ンモーッ!!」

 エミの力は、同じ体格の女性の2〜3倍はあるのだが、筋肉モリモリのグラマラスな牛女相手で分が悪い。 牛女と力比べを

しながら、さっき助けに現れたはずの小悪魔ミスティを目で探した。 ミスティは、先ほどハムスター幼女達を防ぐのに使った畳を

垂直に立て、その向こう側に隠れて手招きしている。

 「鬼さんこちら〜♪」

 ”コッチッチ”

 『ニィー!!』

 ハムスター幼女達が群れになって畳の向こうに突進する、がそこにミスティはいない。 

 『ニィー!!』

 ハムスター幼女達は、畳の周りをぐるぐると回ってミスティとスーチャンを捜していたが、やがて目を回してその場に座り込ん

でしまった。 

 「なはは!」

 高笑いするミスティ。 彼女は立てた畳の縁の上に登っていたのだが、背の低いハムスター幼女達は気がつかず、周りを

まわっていたようだ。


 「た、助けてぇ……」   

 はっと気が付くと、麻美がが息も絶え絶えの様子で悶えている。

 「しっかりなさい! そうだ、その子も使い魔なら、貴方の魔法で何とかできないの?」

 麻美は、エミのアドバイスにうなずき、笑いながらハムスター幼女の首筋に爪を立て、『呪紋』を肌に描き始めた。

 『ニィ!?ニッニッー!』

 ハムスター幼女は驚いて手を振り払い、素早く麻美から離れた。 しかし、『呪紋』が効いている様には見えない。 ちょっと首を

傾げたが、すぐに麻美にとびかかり、くすぐり攻撃を再開する。

 「き、効かない? ひゃーっ!」

 「あーらららっ。 駄目ですねぇ♪」

 ”ダメー、ダメー”

 畳の上から見物しているミスティが、肩をすくめて首を横に振った。

 「どうして駄目なの? 知っているなら、したり顔で見ていないで、彼女に教えてあげて!」

 エミが、牛女と汗だくで力比べをしながらミスティに言った。

 「使い魔を作る『呪紋』は、種によって違うのよ〜♪ 猫には猫様、犬には犬様ってね」

 「そ、そうなの?」

 「もちのろん、その子はハムスターっぽいから、鼠用のを使わないと」

 ミスティの指摘に、麻美が悲鳴を上げる。

 「み、ミミでしか練習してないから、ほ、他のは知らないわよ! きゃっーはははっ!」

 麻美の答えに、エミが眉をしかめる。

 「じゃぁ、貴方は猫娘しかつくれないの? うわぁ!?」

 馬女がエミに体当たりをかけてきた。 バランスを崩して転がるエミに、牛女が躍りかかった。 


 「しょーがないなぁ♪」

 ”ナイナァ♪”

 ミスティは、ヒラリと畳の上から飛び降りると、ポンポンと牛女の肩をたたく。

 「ンモッ?」

 振り向いた牛女の眼前に、ミスティがずいっと顔を突き出す。

 「ほれ目玉がぐ〜ーるぐる」

 ミスティの瞳の中で、光の渦がぐるぐるとまわっている。 それを見た牛女は、動きを止めて彫像の様に立ち尽くした。 

 「ンモッ? ンモッ、ンモモモモ〜」

 牛女がよろよろとよろめいてばったりと倒れる。 ミスティの数少ない必殺技『目玉ぐるぐる』の威力であった。 ミスティは続いて

ハムスター幼女を昏倒させて、麻美を助け起こす。

 「あ、ありがとう。 馬とウサギは?」

 「あいつらは、牛女が倒れたのを見て、壁の向こうに逃げたは。 でも、すぐ戻ってくるわよ」

 「牛女もすぐ目を覚ますしね〜♪」

 「そ、そうなの? なんとかしないと…… あの〜」

 すがる様な眼つきでミスティを見る麻美。 その麻美に対して、ミスティは人差し指を振って見せた。

 「自分で解決しないとねェ〜♪ まぁ、ちょびっとだけ助けますかぁ〜♪」

 そう言って、ミスティは右手を突き出し、手に持っていた物を麻美に握らせた。 麻美は、渡されたものをしげしげと見つめる。

 「ロープ? これにどんな力が……」

 顔を上げるとミスティがいない。 はっとして辺りを見回すと、ミスティとスーチャンが畳を抱えたまま、小走りに去っていく。

 「あ、あのちょっと?」

 ”それを引っ張ってぇ〜……”

 遠くから、ミスティの声が聞こえてきた……が、それきりであった。  

 
 「えーと?」

 途方に暮れた様子の麻美に、エミが助け船をだす。

 「とりあえず引っ張ってみたら?」

 麻美は頷くと、ロープを手繰ってみた。 ロープの先は闇に消えていて、引っ張ると手ごたえがあった。 一瞬ロープがぴんと

張ったが、すぐに弛む。

 「何?」

 「先に何か結んであるのかな? 弛んだということは、固定された物じゃなくて、動くものだった様だけど……」

 麻美は、ロープを黙々と手繰り寄せる。 抵抗があったのは最初だけで、その後は何の抵抗もなくロープが手繰れている。

 「あれ? どういう……」

 「先の物が、こちらに近づいているんじゃないの……」

 エミが黙り込み、無言でロープの先を示す。 麻美が怪訝な顔でそちらを見ると、闇の中に光る点が二つ見えた。 ロープを

手繰る麻美の手が止まる。

 「……あれって」

 「多分……」

 こちらに近づいて来た光の点を、街灯が照らし出す。 黄色と黒の縞模様、太い足と尾、鋭い牙をむき出して唸りを上げる虎の

姿を。

 ”どうだ! これなら勝てるでしょう〜♪” と何処からともなくミスティの声が聞こえてきた。

 「と、虎じゃないの!」

 「いや、確かにネコ科だけど、あれを使い魔にって」

 二人の声に虎が反応した。 アスファルトを蹴って、一気に間合いを詰めてくる。

 『!!』 

 二人は回れ右をして、ものすごい勢いで走り出した、虎と反対の方に。

 「ほら、チャンスよ! あれを使い魔に」

 「私は魔法使いになったけど、猛獣使いになった覚えはありません!」

 『モオッ!?』

 『ニニィ!?』

 背後で、牛女とハムスター幼女達の悲鳴が上がった。

 「あちゃー」

 「尊い犠牲に……」

 速度を落としかけた二人がの横を、牛女とハムスター幼女がものすごい勢いで駆け抜けていった。

 「……」

 振り向くと、虎がものすごい勢いで追いかけてくる。

 『!』

 今度こそ二人は、死に物狂いで走り出し、学校に飛び込んだ。 校門のところで、馬女、ウサギ娘と鉢合わせしたが、彼女たち

も後ろから来る虎に気が付くと、物凄い勢いで逃げてしまった。

 ”おお、流石は大猫〜♪ すごい迫力♪”

 『この悪魔ぁ〜!!』

 二人の叫びが校舎に響き渡る。

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