マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜
31.危機せまる学園
おぉーほっほっほっほっ……
「来た!」
敵の本拠地、学校の傍まで来るとさすがに防御が厚い。 馬女が校門から飛び出して来て……エミ達の脇を走り抜けていった。
「……何? あれ」
「フェイントよ!」
ジャンプ一番、ウサギ娘が二階から跳びおりざまに、蹴りを入れてきた。 のけぞって避けた麻美は、尻餅をついてしまった。
「リアルバトルじゃないの」
呟きながら、エミは宙へ飛び上がる。 が、その背中に別のウサギ娘が飛び乗ってきた。 重量オーバで、墜落するエミ。
「あいたたた」
ウサギ娘は、地面に転がったエミから離れ、くすくすと笑いながら塀を飛び越えて逃げた。
「だ、大丈夫?」
「なんとか……きゃーっ!?」
突然エミが悲鳴を上げた。 近くの茂みから、小さな影が次々に飛び出して来て、エミに襲いかかったのだ。
「こ、子供?」
なんと、ワンピース姿の幼児の集団だった。 なぜか全員金髪だ、それがエミにとびかかり、体を擽り始めたのだ。
コショコショコショコショ……
「あはは、やめなさい、た、助けて……擽られるのは苦手、あはははは」
なんだか楽しそうである。
「こんな子どもに悪事を働かせるとは……ヒェェェェェ」
麻美が格好をつけていると、背後に音もなく忍び寄ってきた蛇女が、冷たい舌を首筋に這わせてきたのだ。
「きゃぁぁぁ……」
「あーはっはっはっはっ、やめてぇ……」
なんだか楽しそうだった。
「せ、先生?」
「どうしたの?……こ・い・け・く・ん」
小池学は、困惑していた。 目の前に(そこそこ)美人で(正確に問題がある)鷹火車保険医が(とうがたっているが)しどけない姿
で彼を誘っている。
(第一、いつ僕はここに来たんだろう?)
学はさっきまで、自室で明日の予習をしていたはずである。 少なくとも、彼自身の記憶ではそうだった。 しかし今は見慣れぬ
部屋、いや、見慣れた学校の保健室にいる。
(18禁ゲームの濡れ場みたいだ、それもバグでいきなりクライマックスに飛んだみたいに)
そんなことを考えていると、鷹火車保険医が急に険しい表情になって窓を見た。 そして……
おぉーほっほっほっほっ!!
高笑いを始めたのだ。 どうみてもまともではないが、その声が学の記憶を呼び覚ました。
(そうだ、この声だ……)
「うーん……」
学は、プラスチックのシャーペンを噛みしめる。 この30分、微分式を相手に格闘しているが手ごわい。 追い詰めたと思うと、
するりと手の中をすり抜けて逃げられる。
「こんな式、役に立つのかなぁ」
役立つ、立たないでなく、自分がそれを使う立場になるか、使われる立場に回るかの違いなのだが、そこまでは考えが
及ばない。
コショ……
「?」
部屋の隅で物音がした。 そちらを見るが何もいない。
コショコショコショ……
「??」
確かに何か物音がする。 それもあちこちだ。
「ま、まさか……Gか!?」
最近のGは、温暖化の影響か大きく育ち、やたらに大胆だ。 Gホイホイを持ち逃げする奴までいるぐらいだ。 男としては
情けないが、彼はGが苦手だ。
「いるなよ……来るなよ……でたぁ!」
部屋の隅に白いものがうずくまっている、さては白いG!! と思ったら違った。
「ネズミ?……なんだ、ハムスターじゃないか」
ちょこんとお座りをしているのは、ペットショップなどに良くいる、ゴールデンハムスターだった。
「どっかで飼われていたのが逃げ出したのか?」
そっと手ですくおうとすると、自分から手にのってきた。 随分と人なつこい。
「しょうがないな」
ほっておいて踏み付けでもしたら大惨事だ。 学はハムスターを手に載せたまま机に戻り、机の上に離し、予習を再開した。
するとハムスターが近寄ってきて、ノートの端を咥える。
「おなか壊すぞ……」
シャーペンでつつくと離れ、すぐ戻ってくる。 それを繰り返しながら、学はこの後どうするかを考えた。
「どうしたものかな……?」
ハムスターが膨らんだような気がした。 目を擦って瞬きをする。 気のせいではない、確かに大きくなっている。
ズン、ズズン!!
さっきまで手のひらに乗るようなサイズだったのが、いまや子猫ほどの大きさだ。 それだけではない、毛が薄くなってきて、
地肌が見え始めている。 普通、驚いて逃げ出すべき現象だったが、学は驚かなかった。
「……さては! 先輩のイタズラだな!!」
学の彼女、如月麻美は世間一般で言うところの魔女だった。 彼女にどんなことができるのか、学が詳しく知っている訳では
ないが、彼女が飼い猫のミミを、人の姿に変えるところを見せてもらったことがあった。
「あの時はひどい目にあったなぁ」
ミミが色っぽい女の子に化けたと思ったら、いきなり学を押し倒し、ズボンを脱がそうとしたのだ。 その後、逆上した麻美とミミ、
学の追いかけっこになり、大騒ぎになったのだ。
「動物をいきなり人にしても、食欲と性欲ぐらいしかやることがないって言ってたものなぁ……いっ!?」
彼が物思いにふけっている間に、ハムスターは机の上で人の姿に変わっていた。 年の頃は、一桁か二桁か……しかも
金髪で全裸だった。 それが机の上にうずくまっている。 おそろしい状況だった。
「!!!!!!!」
声にならない悲鳴を上げ、学はハムスター少女、いや、ハムスター幼女からとび離れた。
「ニィ? ニィー♪♪♪」
ハムスター幼女が、嬉しそうな声を上げて、学にとびかかってきた。
「せ、先輩! いたずらにも程が……うわぁ」
ハムスターは、鼠の一種であり、繁殖力が強い。 つまり……
「犯されるー!!」
「ニィー♪♪♪ オカシチャウゾォォ♪♪」
彼にとって不幸だったのは、彼女が魔女であり、異常を認識するのが遅れたことだった。 彼にとって幸運だったのは、その
彼女がこの場に居ない事だった。
「ニィー♪♪♪」
「わっ、扉をふさがれた。 窓から出るしかない!」
慌てて窓を開ける学、そこに並んだ金髪ハムスター幼女の白い顔、顔、顔。
「団体様だ……」
『ニィー♪♪♪』
部屋の中に楽園が、いや修羅場が出現した。
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