マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

30.夜の動物園


 夜の動物園。 それは昼とは違う顔を見せる。 闇の中でこそ本来の生き方を取り戻す生き物もいるのだから。

 「いわゆる、夜型〜♪」

 「ヨルガタ〜♪」

 意味が違う……それはさておき。 妖品店『ミレーヌ』から姿を消したミスティとスーチャンは、重い畳を抱えて夜の動物園を

徘徊していた。

 パォー

 「おお、象だ」

 「ゾゾーダ!」

 はしゃいでいると、象が長い鼻を伸ばして、スーチャンを掴みあげた。

 「ワワーッ!?」

 「こら、やめぃ!」

 ミスティが、象からスーチャンを取り返しす。 ほっとしたのもつかの間、キリンが上からスーチャンに噛みつこうとする。

 「キキキリンー!?」

 ベテラン女優の名前を唱えながら逃げ惑い、畳の陰に隠れるスーチャン。 すると、キリンが畳に噛みついた。

 「ほぇ?……そーか、ゾゾーもキキキリンも粗食動物だっけ」

 訂正する。 ミスティは「象もキリンも草食動物だったのか」と言いたかったようである。 

 「ツマリ……ワー、すーちゃん食ベラレチャウ!!」

 スーチャンと、エミの使い魔スライムタンズは、植物に擬態できるスライム状の生物で、植物そのものではない。 しかし

彼女たちの体には、植物性の物質が多く使われているため、色体臭は植物のそれと酷似している。 マイナスイオンも出て

いるかもしれない。

 「キャー!」

 食われてはたまらないのでスーチャンが逃げ出した。 あとに残されたミスティは畳をかじろうとするキリンと攻防戦を展開して

いた。

 「返せ」

 ブフー!

 キリンが鼻息でミスティを威嚇する。 これだけ騒げば、動物園の警備員が気が付かないはずはない。

 「誰だ! そこで何をしている!」

 「忍者悪魔のミスティちゃんだ! キリンと戦っているぞ!」

 「……はあ、そうですか」

 答えが返ってくるとは思わなかった警備員は、頭を掻きながら背中を向けかけ、はっと気が付いた。

 「そうじゃない、そこの不審者の方! 畳を置いて退去なさい……畳?」

 警備員は、ミスティがキリンと取り合いをしている物が、畳であることに気が付いた。

 「君、何をしているのかい?」

 今度は答えがなかった。 キリンから畳を取り返したミスティが、畳を抱えて逃げ出したからだ。 警備員は慌てて警備室に

連絡を取る。

 「こちら警備員A! 警察に連絡を取ってくれ。 不審者が侵入して、畳を盗んでいったぞ!」

 『不審者が畳を盗んだ? 休憩室のか?』」

 「どこかは知らん!  あ、思い出した! あいつら昼間、パンダの檻に入って騒いでいた連中だ!」

 『了解、すぐ連絡する』


 「さて、いきますか」

 ことさら平静を装いつつ、麻美は妖品店『ミレーヌ』を後にした。 数歩後をエミが黙ってついてくる。

 ぉーほっほっほっほっ……

 鷹火車保険医の高笑いが、風にのって聞こえてきた。 麻美の背中が見てわかるほどに緊張する。

 「大丈夫よ、力を抜いて」

 エミの声に、麻美が振り返った。

 「判るの?」

 「彼女の使い魔達は、言われたことには忠実だけど、その分自分から行動していないわ」

 「……つまり?」

 「決まった行動は出来るけど、応用が利かないのよだから……」

 その時、右手の路地から大きな影が飛び出してきた、牛女だ。 エミは翼を広げて飛び上がり、牛女を難なくかわす。 牛女は

目標を見失い、壁に突っ込んで失神した。

 「行動が単純なの」

 「でも、あの部屋ではいろいろ……その細かい作業をこなしていたような……それに、男の子たちにも……」

 口ごもる麻美。 未経験と言うわけではないし、年下の彼氏と結構濃密な時間を過ごしている、 しかし、露骨な表現を使うの

には抵抗があるようだ。

 「あっち方面はね、繁殖の延長よ」 エミが肩をすくめて見せる。 「きっかけさえ与えてあげれば、後は自分で何とかできるわ」

 「なるほど」

  麻美は納得した様子で歩き出した。

 「じゃあ、このまま使い魔を片付けて行けば、あちらは手駒がいなくなる訳ね」

 「その前に気が付くでしょうね。 そして、守りを固めると思うわ」

 「守りを……」

 「ええ。 さすがに目の前にいれば細かい指示も出せる。 そうなれば、貴方の猫と互角、数が多い分あちらが有利。 策は

あるの?」

 「一応、奥の手を受け取ってきた」

 麻美は、胸元から何やらピンク色の物を取りした。 円筒形で、テープか包帯のように見える。

 「それは?」

 「魔包帯。 その改良版だって」

 「まさか!」

 『魔包帯』とは、『マミ』事件の発端となった魔法の道具で、過去に滅びた魔法使いが、この世に戻ってくるために用意した

手段の一つだった。

 「あれも『呪紋』の集合体で、原理的にはミレーヌのローブと同じ物だったらしいの。 これは、肉体強化系の『呪紋』で織り

上げたって」

 「ほー、マジック・バンテージとでも言うのかしら」

 一応感心して見せたエミだったが、厚味に聞こえないように呟いた。

 「最後はSM合戦にでもなるのかしらね……」


 その頃、ミスティは……

 「止まれ!そこの不審者!」

 「忍術、畳がくれ!」

 「畳の裏側だ! 確保しろ」

 警官、警備員を相手に立ち回りを演じていた。

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