マニキュア2 〜ビースト・ウォーズ〜

29.強襲! 兎娘バニ


 ぉーほっほっほっほっ……

 「いっ!?」「げっ!」

 突然、どこからともなく高笑いが聞こえてきた。 『妖品店ミレーヌ』は、ミレーヌの結界で守られており、防音は完ぺきなはず

だった。 なのに、である。

 「……なるほど……」

 ミレーヌが、微かに頭を動かして高笑いの方向を見定める。 同時に、エミも頭を傾け、耳を澄ますようなしぐさをした。

 「また……ね、妙な『気配』がするのに、どこからくるのか判らないなんて」

 エミは、いらだたしげに頭を振った。 彼女は『魔力の波動』とでも言うものを感じることができ、今までは、その『魔力の波動』が

来る方向まで感じ取れた。 しかし、今感じている『波動』では、何故か方向を見定めることができずにいた。

 「方向が判らぬ……理由が……判りました……」 ミレーヌが呟いた。

 「え?」

 「この……高笑い……これ自体が……『魔力の波動』……」

 「え? えーっ!? そんなの、ありなの?」

 「別に……不思議ではありません……歌声に魔の力を込める……サイレンや……ローレライの例も……」

 「なるほど『魔性の歌声』と言うわけね」

 「これはさしずめ『魔女の高笑い』かしら? なんだか……」

 エミと麻美が渋い顔をする。 その時突然。

 ズン!

 『妖品店ミレーヌ』が揺れた。

 「何!?」

 「なんでしょう……」


 ミーッ!

 甲高い声を上げ、黒い影が宙に舞う。 その影は『妖品店ミレーヌ』の天井の上で、ピョンピョンと飛び跳ねては降りるという

行為を繰り返していた。 安物のトタンぶきの屋根が、影の足元でガンガンと音を立てる。 その屋根の一角、上げ蓋が下から

押し上げられ、下からエミが上ってきた。

 「くぉらぁ! 近所迷惑でしょう!」

 ミーッ? ミミーッ!!

 「兎娘ね。 確かバニとか呼ばれていた」

 「よいしょっと、きゃっ!」

 後から上ってきた麻美が、屋根の上で転び、その後からスーチャン、さらにミスティが続こうとしたが、エミがミスティを止めた。

 「これ以上上ると、重みで屋根が抜けるわ」

 「むー。 ミスティ重くないもん」

 「オモオモ、キャッハハ」

 スーチャンが、ミスティを指さして笑っている。 皆の注意がそちらに向いたタイミングで、バニが上から襲ってきた。

 ミミャー♪

 「キャー!!」

 バニがスーチャンにとびかかり、噛みついた。 スーチャンは悲鳴を上げ、ペタペタ音を立てて逃げ回る。

 「わっ、スーチャンが大変!」

 「スライムタンズ!……が上ったら屋根が抜ける」

 「私が! 『呪紋』で!」

 麻美は不安定なトタン板の屋根をヨタヨタと走り、バニにしがみついた。

 ミミーッ!?

 「おとなしくなさい!」

 麻美は、バニの体に爪を立てて引っ掻いた。 悲鳴を上げるバニの肌に、赤く光る爪痕が残る。

 「いいこと、おとなしく……きゃぁっ!」

 怒ったバニが麻美に蹴りをいれ、倒れた麻美にとびかかり、天井に押さえつける。

 「やめなさい……やめな……効かない?」

 苦悶する麻美の耳に、ミレーヌの声が聞こえてきた。

 ”……『呪紋』の効き目は……種が違えば変わります……”

 「そうか、私の知っているのは猫用なのね……」

 ミミミッ……ミーッ!?

 突如、バニが麻美を離して飛び上がり、そのままゴロゴロと屋根を転がって逃げ出す。 その隙に、麻美がケホケホと咳を

しながら立ち上がる。

 「た、助かった?」

 涙目でバニを見ると、彼女の腰のあたりに灰色の塊がくっつき、それを引きはがそうとしている。

 「ガンバレ!!」

 スーチャンが、どこから出したのか日の丸扇子を振って応援すると、灰色の塊は、ごつい鋏の様な手を振ってそれに応えた。

 「か、カニ?」

 唖然とする麻美にエミが耳打ちする。

 「スーチャンのお友達、ヤシガニ姫様おつきのヤシガニ・シークレットサービスよ」

 「な、なんなのそれ?」

 エミは無言で首を横に振った。 麻美が、その意味を考えている間に、バニはヤシガニを振りほどくのに成功した。

 ミーッ

 「あっ逃げた」

 「カッタ、カッタ!!」

 チャチャンチャ♪チャッチヤッチャッ♪

 逃げるバニを見送るように、ヤシガニシークレットサービスが勝利の舞を舞う。 かくして『妖品店ミレーヌ』は兎娘バニの手から

守られたのであった……


 「守られたじゃない! 向こうはこっちを敵と認定したのよ! 次は馬か牛が来るかも!」

 「元の動物だけを聞いても、切迫感はないわね」 エミが突っ込む 「とは言え、牛女が殴りこんでくると大変かも」

 「それに、あいつは複数の使い魔を従えている。 同時に来られたら……」

 「……防ぎきれないでしょう……」

 ミレーヌが呟く横を、ミスティとスーチャンが畳を抱えて通り過ぎる。

 「……どちらへ?……」

 「退却」

 「トンズラー」

 端的に答え、二人は店の外に出て行った。

 「……逃げた」

 「戦術的には、正しい選択というのかしら」

 「あの……」

 すがるような眼つきの麻美に、エミが応じる。

 「守るだけでは勝てない。 そして、敵はまた攻めてくる。 多分ここまでは正しいわ」

 エミはほうっと息を吐いた。

 「残る手は、攻めること。 選べるのは、いつ攻めるかだけ」

 エミは言葉を切り、麻美の答えを待つ。 麻美は、つばを飲み込み、一言。

 「これからすぐ」 

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